だべり部 001 今の時代のアニメは昔よりいい?
オタク二人が徹底的に語り倒す現代のオタク・サブカルチャー事情?
ここはとある大学の構内の一室。
「うぃーす」
「おう」
「昨日のジョジョ観たか?」
「ああ」
「最高だったよな。あのこだわり!」
「まあな」
「オレたちゃ漫画をリアルタイムで読んでた世代じゃねえけど、その世代がクリエイター側に回って作った鬼の様なこだわりが最高だよ!いや~80年代にアニメ化されなくて逆に良かったぜ」
「…?そりゃ一体どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。お前アニメ版の「北斗の拳」観たことあんのか?」
「ある。興味があってレンタルで観た。1巻に6話だったかな。恐ろしく詰め込まれてるんで作業しながらだが」
「どうだよあれ?」
「どうと言われても…古いアニメだからな。画面比率も4:3。今のワイドテレビだと左右が暗くなるし、場合によってはほぼ正方形のレターボックスって有様だ。何しろハイビジョン前提で作られてる最近のアニメと違って明らかに画質も良くない」
「だろ?」
「しかもフィルム撮影だ」
「…どう違うんだ?」
「昔はCG処理が使えんからな。木製の「撮影台」にタップを画鋲で打ちつけて撮影してた」
「馬鹿にするな。それくらい知ってる」
「なら、背景とセル画の下にカメラマンが自作した「クッション」を入れてたことは知ってるか?」
「クッション?」
「ほぐした新聞紙とかそんなんだ。硝子を押し付けて撮影するんで隙間が出ない様にする」
「…だから何なんだよ」
「要は手作業の手工業なんだ。背景には当然タップの位置指定もあるが、人間がやるんだからはっきり言って目分量。リテイク撮影されるたびに背景の位置は微妙にずれたりする」
「…そうなのか?」
「まあ、それ自体はいい。もっと大きな問題は、頭上に固定されたカメラのシャッターを足で踏んで撮影し、一枚撮影しては取り替えることを繰り返すんだが…」
「古いドキュメンタリーで観た。大変そうだな」
「実際大変だ。しかし一番の問題は…カメラ位置そのものがどうしても微妙にずれるってことなんだ」
「良く分からん」
「今度アニメ専門チャンネルで80年代以前のデジタルリマスターされてないアニメ見てみろ。画面が細かく「ぷるぷる」と震えてるのがハッキリ分かる。ちなみにこれ、テレビ放送された時点の「新世紀エヴァンゲリオン」ですら同じな。95年のアニメでもそんな状況だ」
「…余計にいいじゃないか。今のアニメ技術が進んだ状態でアニメ化されてさ」
「一応そう見えるな」
「だろ?」
「古いアニメの問題点はまだあるぞ。これも知ってると思うが当時はセルを使用してる。最も「セルロイド」は引火しやすいんで早々に廃れて実際に使われてた素材は塩化ビニールだが」
「詳しいな」
「ここ、オタク部だぞ。…ともかくこれは裏から絵具を塗るんだが、絵の具の色によっても素材感がまるで違うし、重ね塗りをしたところなんか相当に凸凹している」
「そうなんだ」
「だから硝子で押し付ける必要があるんだが、これがセル一枚ならともかく、何枚もあちこち重ねたりすると大変だ」
「力がいるな」
「それもそうだが、どうしても「背景」と「セル」の間が浮くことがあるんだ」
「…え?」
「80年代にブラウン管でアニメ見るぶんにゃあ問題無かったんだろうが、ブルーレイでリマスターされた「機動戦士Zガンダム」は余りにも画質が良くなったんで一部の「セル浮き」が視認できるそうだ」
「…アニメの根幹に関わってくるな」
「ちなみに「機動戦士Zガンダム(ぜーたがんだむ)」と「機動戦士ガンダムZZ」は記号の数も違うが入る位置も違うので要注意だ。「機動戦士ZZガンダム(だぶるぜーたがんだむ)」とか言っちゃう奴は粛清な」
「どうでもいい。というかさっきから古いアニメの問題点ばかり指摘してるじゃないか。いいだろ今の方が!」
「そうだな…アニメ版「北斗の拳」の感想はどうだ?新世代の原作漫画原理主義者としては」
「駄目だね。全然駄目。確かにアニメであんな細密画みたいなのを動かしたのは凄いたあ思うよ。しかしなんだよあのクソみたいなアニメオリジナルパートは!」
「やはり気になるか」
「“気になる”なんてもんじゃねえよ!勝手に新キャラ足したりエピソードの順番入れ替えたり…。適当に悪役キャラの描写をやるもんだから時代設定も考証もムチャクチャになってる!」
「まあ、確かにな。「北斗の拳」なんて一応は持ち直したその後は原作を追ってるからいいが、『デビルマン』なんてまるで別物だ」
「だろ?当時の原作アニメの扱いったらないぜ」
「確かにな。名前だけ借りた別物アニメなんて沢山ある」
「もしも80年代にジョジョがアニメ化されて、毎週やってくる吸血鬼を倒し続ける波紋戦士ものになってたら怒りで大暴れしてるな。きっとそんなことになるぜ。『デビルマン』みたいにさあ」
「かもな」
「そうだろうが」
「ただ、それは考え方による」
「何だと?クオリティ考えても今がベストだろうが。少なくとも八十年代よりはずっといい」
「だから考え方によると言っただろ。恐らく日本人で「北斗の拳」を知らない人間はいない。好き嫌いではなくて「タイトルは聞いたことがある」人間の統計を取れば控えめに言っても4割は知ってるだろう」
「十割だ!…いや、九割くらいか」
「まあそれでもいい。この頃は遊興施設のマシンの原作ネタとして使われてるからそっち方面からも知名度が高い」
「まあな」
「じゃあ聞くが『ジョジョの奇妙な冒険』はどれくらいの知名度があるんだ?」
「…っ!…それは…」
「同じような街頭統計調査をやれば…まあ5%。多く見積もっても2割くらいだろう」
「25年も連載してる漫画だぞ。もう少し多いだろうが」
「少ないことは認めるんだな?なら「アニメ化されてるのを知ってる人」「見たことがある人」という質問ならどうだ?」
「…それは」
「少なくともテレビアニメ版「北斗の拳」とはダブルスコアどころか100倍の差がついてもおかしくないだろうな」
「…そりゃそうだが、フェアじゃねえよ。そんな言い方は」
「どうしてフェアじゃない?ゴールデンタイムに何年も放送されたメジャーテレビアニメと、誰も起きとらん様な深夜だのインターネット配信でひっそり放送されたマイナーアニメを比較するのはフェアじゃないってのか?同じアニメだろうが」
「知名度だけ比較してどうする!原作リスペクトとかクオリティとか色々あるだろうが!」
「…だから価値観の違いだと言っただろ。そもそも2015年の今現在、家族団らんのゴールデンタイムにテレビ放送されているアニメそのものが殆ど無い」
「…サザエさんとか」
「あれがクールジャパンアニメだってか?まあ、一周回って楽しめるのは間違いないが、悪いが時計代わりだろ。少なくともアニメオタクがDVDだのブルーレイを買う気になるアニメじゃないのは確かだ」
「…結局一体何が言いたいんだよ!?」
「別に今の時代のジョジョアニメ化に反対とかそういうことじゃ全く無い。大賛成だしクオリティも最高だ。要するに「洗練」されてる」
「そうさ。その通り」
「だが、「洗練」ってのは「閉塞」とセットだ」
「何だと?」
「洗練されてはいるんだが、洗練され過ぎだ。状況が全く違う。八十年代といえばテレビは日付が変わる頃には砂嵐になって翌朝になるまで何も映らなかった頃だ」
「…そうなのか?」
「今時の子供には想像も付かないがそういうことだ。CSもBSもケーブルチャンネルも何もない。何と言ってもインターネットが無い」
「…当時の子供たちはどうやって過ごしてたんだ?」
「全く想像も付かん。だからこそテレビでやっていさえすればそれが多少洗練されてようが何だろうがみんな見たんだ。ぶっちゃけて言えば内容なんぞ二の次とすら言える」
「馬鹿な!そんなの作品性の否定だ!」
「別のテーマも絡んでくるが、そもそもテレビに映る映像ってのはそれ自体は『商品』じゃない。広告があって初めて機能する。広告こそメインであってオマケみたいなもんだ」
「じゃあ何か?映像そのものに商品価値はゼロだって言いたいのか」
「完全にゼロだ。「テレビに映る映像コンテンツ」の代表選手である「プロ野球ナイター中継」を考えてみろ。今現在、その内の「当時の」1試合を金払って観たいと思うか?」
「思う訳が無い。結果の分かりきったダラダラ続く試合なんぞ」
「だろ?しかしランニングタイムだけで言うなら超大作映画と同じ2時間以上だ。視聴率だって負けないくらい稼ぐ」
「スポーツ中継はまた違うだろうが」
「ま、流石にこれは比較対象としてフェアじゃないな。すまん。ともあれ我が国においてある段階まで特に「アニメ」というのはタダだったんだ。だからこそ普及した」
「普及?」
「よくゴールデンタイムでやってる「懐かしのアニメ」特集みたいなのがあるだろ。あそこで紹介される定番といえば、ルパン三世、ドクタースランプアラレちゃん、天才バカボン…感動枠のフランダースの犬とかだ」
「それが何だ」
「分かりやすいんでルパン三世で例えようか。彼らの知名度はまさに国民的だ。その理由は何だと思う?」
「それは…キャラクターに魅力があるとか…」
「全く話にならん分析だ。いいか、これらのキャラクターが登場するアニメってのは嫌と言うほど「再放送」されてるからだ」
「…っ!!」
「長年ソフトが発売されなかった『機動戦士ガンダム』だが千葉テレビではしょっちゅう再放送されて「千葉テレビのガンダム」というのがお馴染みだった時期もある。映像そのものは無料で、それによってお客(視聴者)を吊り、間のコマーシャルを見てもらうってのが構図だったんだよ。よく昔のアニメを評して「30分のコマーシャル」というが正にそういう関係だ」
「30分のコマーシャルって…」
「そのまんまだ。俺の知人の地方のアニメファンは子供の頃「ドラえもん」見ていて間に入ってくる野暮ったくてダサい近所の電気やだの葬儀屋だののコマーシャルがうざくて仕方が無かったらしい。いいか、映像ってのはタダなんだよ」
「…それと「北斗の拳」がどうつながる」
「まだ分からんかね。地方によってバラつきはあるが、この時代のアニメの特徴と言えばNHKでもないのにしょっちゅう再放送されることだ。要はこの時代のアニメを語るなら、クオリティ云々の以前に状況も併せて考えるべきなんだ」
「…」
「当時唯一の映像マスメディアだったテレビ…一応映画も入るんだろうが除外する…という『圧倒的支配力』を誇る媒体で、しかも足掛け何十年と再放送されて、タダで幾らでも見られるアニメは、洗練は全くされてないがその分プリミティブな力強さがある。何と言っても『実績』が圧倒的だ」
「じゃあ何で内容があんなことになってんだよ!どうして「北斗の拳」に吸血鬼だの爆撃機だのが出て来るんだ!」
「だからジャリ向けテレビマンガの内容なんぞどうだっていいんだよ。『大人』にしてみればな」
「…アニメがそうだってのか」
「そう思われてたって話だ。その状況下でどうにかして作家性らしきものをねじ込んでいた当時のクリエイターには賛辞を惜しまない。例え後年お前みたいなオタクにやいのやいの言われてもだ」
「…」
「ついでに言えばスポンサーやら局の関係者にもやいのやいの言われただろうな。そりゃそうだ。オモチャ売ろうとしてアニメ作ってるのに最後人類が絶滅するアニメなんぞ量産した日にゃな」
「殆ど特定してないか?」
「自伝やらインタビューやらでしょっちゅう書いてらっしゃるから構わんだろ」
「む~ん」
「我が国で語られてる「アニメ」議論はオレに言わせれば完全に分裂してる。七十年代のロボットアニメみたいな『無料時代』の洗練どころかジャガイモを泥がついたまま転がした様な野暮ったいが力強いアニメと、九十年代以降の『有料時代』の“気持ち悪いくらいに”極限まで洗練されたオタクアニメが同列に語られてる。明らかに別物なのに」
「…『有料アニメ』って何だ?」
「その話は長くなるんで又の機会に持ち越しだ。とにかく、粗雑に扱われて『映像ソフト』としての価値すら一顧だにされなかったが、人口に膾炙し、一時代を築いたアニメと、『洗練』とやらはされているが深夜にたった一時期…それも一回だけマイナーな媒体で…ひっそりと放送された『作品』と、どちらがより幸福なのか…それは誰にも結論は出せんといいたいんだ」
「俺は今の時代を選ぶね。例えアニメオタクしか観て無くても面白いからさ」
「その『面白い』アニメとやらは、どれくらい実際に売れてるんだ?」
「…っ!!…それは…」
「洗練ってのは確かに貴いが、反面「苦し紛れ」の裏返しでもある。この間終わっちまったが「闘劇」という格闘ゲーム大会があったな」
「え?あれ終わったのか」
「知らんのか…ともあれああいう大会があった」
「それで?」
「あれが経営が苦しくなったゲームセンター救済の側面が大きかったことは知ってるか?」
「え…」
「大会ともなればやりこむプレイヤーも出るからな。そもそもの売り上げが大きければ大会だの何だのと言ったカンフル剤は必要ない」
「しかし…」
「「闘劇」開催時点でのゲームセンターでの格闘ゲームの売り上げは全盛期の1/5だったそうだ」
「…っ!!」
「全盛期に「大会」があったか?全国、いや世界規模の。全く無い訳じゃないが今ほどは無かっただろうな。そんなもん無くてもみんなとり憑かれた様にプレイしていたってことだ」
「でも今のアニメソフトにはおまけ映像も沢山入ってるし、声優さんのイベントだってしょっちゅう開かれて…」
「だからそれこそが『付加価値を付けないと売れなくなってきた』何よりの証拠じゃないか。イベント開けばその聞いたことが無い様なマイナーアニメがルパンやアラレちゃん並みの知名度が出るのか?」
「じゃあどうすればいいんだ!」
「実際問題、かつての様なメジャータイトルはもう出ないだろう。マスメディアも乱立してるし。今の時代にどれだけ無料で再放送しても知れてる」
「お前の話を聞いてるとまるで回顧廚だ。昔は良かった昔は良かったってな!」
「別に回顧廚じゃない。ただ、お前が一方的に「今のアニメの方が優れてる」と言うから、アニメってのは洗練ばかりが能じゃないと言いたくてな」
「…つまんねー奴」
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