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記憶の扉  作者: 西河 玲志
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風使いと風魔士の終幕

 中学だったか高校だったか、漫画家に憧れ挿絵の様な感じでプリントの裏紙や落書き帳などに少しずつ書き溜めていたものをある時から漫画用にまず小説のように書いてみようと書き始めた初めての作品です。

 プロットの作り方などまったく小説を書くための技術や知識がない頃に書き始めたものなので、イマイチ小説らしくないとは思いますが最後まで読んでいただくと光栄です。

 暖炉の前で一人の老婆が子供たちに囲まれていた。

 年齢を感じさせない程力強く、透き通る声で一言一言丁寧に話し始めた。


「私は若い頃、ある女性と一緒に暮らしていたのよ。その人はとても不思議な力を持っていてね、私達はとても仲が良くて……

 ウフフ、たまに恋人同士と間違われた事もあったわね。

 今夜は、その人の話をしましょうね」


……


 彼女の名前は楓嶋零子。 風を読み、自在に操れると言われる風使い一族最後の子孫だったのよ。

 スラッとした長身で、腰まであるとても美しい髪を一つに束ね、毎朝ベランダに立って風を読んでいたわ。 その時の零子は、朝日に照らされとても綺麗で……まるで天使の様だったわ。 彼女との生活は毎日が平穏でとても幸せだった。


 そんな日々が永遠に続くと思っていた矢先、あの出来事が起きたの。


 その日、零子は何だか落ち着かない様子でいつものベランダで風を見つめていた。


「零子……どうしたの? さっきから険しい顔しちゃって……」


「ん……何だか風の様子がおかしいんだ。 まるで目隠しされてるような……」


 その瞬間突風が吹いて、零子は私を庇うように駆け寄り抱き締めた。 すると突然ベランダの方から聞き覚えのない声がしたの。


「このような所から失礼かとは思ったのですが、お邪魔しますよ、紘美さん」


 突然現れたその男性は深々とお辞儀をした。 同時に零子がその男性に向かって叫んだ。


「誰だ!」


 警戒する私達に向かい、含み笑いを浮かべその男性はゆっくりと近づきながら答えた。


「これは失礼しました。 私は風間裕二と申します」


「かざま……?」


「ゆうじ……さん?」


 その名前を聞いて私は突如思い出したの。 幼い頃から両親に聞かされていた許婿の名前――それが『風間裕二』その人だったの。


「そんな……何故今頃……?」


「貴方が大学院に行かれたと聞きまして、是非ともお会いしておかなければと……よもや両家の約束をお忘れになったのではないかと心配し、本日参上した次第なのです」


 裕二の言う通り、私はすっかり忘れてしまっていた。 十八歳の誕生日を迎えたらその許婿と結婚しなければいけなかった事を……。


「どうやら、お忘れになっていたようだ。 いけませんね。 先程忠告をしたはずですよ? 楓嶋零子さん」


 裕二は静かに語る口調とは裏腹に鋭い視線を零子に向けた。

 零子は怯える様に裕二に振り向いた。


「どうなさいましたか? まさか聞き取れなかったのですか? 私の風の声が」


「風の声ですって?!」


「何故お前が!」


「何故私が風を使えるのか不思議ですか?」


 一時の沈黙を置いて、裕二は小さく溜め息をつくと、まるで零子を挑発するかの様に嘲笑した。


「『風を使えるのは貴女方風使いだけではない』と言うことですよ」


 それを聞いた零子の顔つきが変わった。 まるで何かに怯えるような、怒りを抑えているような目つきだった。


「我らの名は『風魔士』と言えばお判りになりますかな?」


『風魔士』

 その名前を聞いた瞬間、私達の周りを強風が巻き始めた。

 飛ばされそうになるのを必死に堪えながら零子を見ると、そこには怒りに我を忘れている彼女の姿があった。

 私はなんとか止めようと揺すりながら何度も名を呼んだけれど、彼女には届いていないようだった。


「やれやれ……これくらいで怒りに狂うとは……。

 まだまだ未熟者ですね」


 そう言うと何やら呪文の様なものを唱えた。 次の瞬間、零子の周りに風が集まり球体の様な空間になった。


「零子! 貴方! 何をしたの? 零子を離して!」


「心配しなくても、彼女はちゃんと生きてますよ。 ただあの怒りを鎮める為に彼女を空間隔離して気絶させただけですよ。」


 そう言い指を鳴らすと、球体の様な空間がゆっくり地に着くとかききえ、零子がその場に倒れこんだ。

 慌てて抱き起こすと、裕二の言った通り、ただ気を失っているだけのようだった。


「今はまだその方に貴女を預けておきましょう。 日を改めて貴女のお迎えに参ります。その時は……」


 零子を見つめながらそう言い終わると、すぐに私を直視して脅しとも取れる言葉を投げた。


「必ず従ってもらいますよ。でないと――。 それでは、今日のところはこれで……」


 会釈をすると裕二はまた突風と共に姿を消した。



 彼の出現と残していった言葉は、これから起きようとしている悲劇の幕開けだった事にその時の私は気付きもしなかった――。


 あれから零子は部屋にこもる日が多くなり、日課だった風読みもしなくなってしまったの。

 私も何だか気まずい雰囲気の中、裕二の去り際の言葉が頭から離れずにいた。


 不安が解消されないまま数日が過ぎ去ったある日、零子から話し掛けてきてくれた。


「紘美……ずっと話すべきかどうか迷っていたんだけど……」


 零子はいつもと違って私と目を合わそうとせず、少しの沈黙の後、ゆっくりと言葉を続けた。


「……私達の一族の話は前にしたよね?」


「ええ、風を読んだり、操ることが出来たって話でしょ?」


「うん」


 零子は言葉を選びながら淡々と話しを続けた。


――今から話す事は言い伝えの様に母から聞かされてた話なんだけど……。

 私のお祖母様達がまだ幼い頃の話しらしいんだ――


 その頃、風使いの一族はかなりの人口だったらしく、幾つかの集落に分かれてそれぞれ暮らしていたそうだ。


 そんなある日、一つの集落に事件が起きた。一夜にしてその集落が消えてしまったらしいのだ。


 原因を突き止めようと生き残りを探したが一人として見付からず、集落の長達を集めて情報収集しようとしたが、数日経っても手掛かりすら掴めず困り果ててしまった。

 そんな矢先、生き残りだという一人の青年が現れた。深傷を負っていたため、必死に看病しながら情報を聞き出そうとしたが、青年は傷が治るまで一言も話さなかったそうだ。

 その上、全快するとその青年は突然姿を消してしまったのだ。

 慌てて皆で周辺をくまなく捜索したが見つからず、また手掛かりが無くなってしまった。


 だが、その翌日からまた次々と事件が起き始めた。

 奇怪に思った一人の集長が、事件の起こった集落の生き残りを再び捜索したがやはり見付からなかった。そこで一族でも指折りの力を持つ者達を集め密偵団を作り、原因究明の為に動き出した。


 数日が過ぎ、一族でも凄腕達の集まりであったはずの密偵達が、見るも無惨な姿になって戻ってきた。

 数人は辿り着いたものの目覚めることなく死んでしまい、数人は行方不明で生死さえ分からず、そして生き延びた人々は半狂乱になってしまっていた。

 その中に、一番の使い手だった私の曾祖父だけがなんとか正気を保っていた。

 その話によれば、突如裏切者と思われる男が現れ、その男の言うことに従わない者達は次々に始末されて、生き延びた者達は何処かへと連れ去られていたのだったという。

 その男は自分は『風魔士』と名乗っていたそうだ。


 そうして着実に彼等は人数を増やし、それと共に我ら一族達は仲間を失う恐怖心と、仲間を殺された復讐心とを増幅させていった。


 やがて我ら一族は集結し討伐と言う名の敵討ちを決意し、決闘する事になった。


 決戦当日、一族達は信じ難い光景を目の当たりにする事になった。

 想像していた通り、そこには密偵として送った行方不明の者達を含め、同じ一族だった者達が相対していた。

 その中心には、あの看病していた青年の姿があったのだった。


 青年は苦笑した後、一言吐き捨てた。


「わざわざそちらから戦いを挑んで来るとは、何とも愚かな者達だろうか」


「愚かなのはどちらだ! この……裏切り者めが!」


 長老の言葉に相手方に就いた者達がざわめいた。その瞳は光を失い、まるで操られているかの様に虚ろだったという。

 男は高笑いをし、片手を高々と上げるとある場所を指差した。

 その先に目をやると、そこには子供達が大きな鳥籠の中に閉じ込められているのが見えた。


「何とも卑劣な……子共達を人質に仲間にしていたのか……」


「子供達は宝ですよ。 後々我等の力を広げてくれる大切な駒ですからね」


 その言葉にどよめきがわきあがった。

 子供を駒扱いする男に対しての怒りが頂点に達したのだった。


「貴様だけは許しがたい! 死して罪を償うがよい!」


 そして戦いは始まった。

 しかしこの決闘は想像以上に残酷なものだった。


 双方がお互いの弱点を知り尽くしていたために、単なる殺し合いの様になっていった。

 その上、お互い寝食すら許さず、戦いは三日三晩続いたそうだ。


 そうして最終的に生き残ったのは一族は長老と巫女を除いた精鋭五人、相手はあの青年のみとなってしまった。

 長老は、最後の慈悲を見せ戦いを終わらせようとした。


「お前の強さは認めよう。 どうだ? 悔い改めて、我等と共にまた平和な集落を築いて行こうではないか?」


 だが、青年はその慈悲をはねのけ叫んだ。


「集落だと!? 笑わせるな! 我は帝国を創るための駒を集めていたに過ぎないのだ!」


 七人の目に、その姿はとてつもなく邪悪なモノに映ったそうだ。

 男は嘲笑し、何やらか呪文を唱え始めた。反射的に五人は身構えたが、同時に男は術を発動させた。

 その術は禁術として封印されていたものだった。

 五人は防ぎようもなく術に捕らわれてしまった。

 それを見た巫女は、唯一その術を封じたと言う剣と言霊を思いだした。

 男が油断している隙にその剣を召喚し、言霊を用いて術をはね除けた。


「なかなかやりおるの……だが何人たりとも我は殺せぬ! 我は神、いや魔王となりて、この世を支配するのだ!」


 呪いとも取れる言葉を叫ぶと、男は高笑いと共にそのまま谷底へと消えていったという。



 こうして、風使い一族はなんとか生き残ったものの、また同じような事が起こることを恐れ、数を制限し、そのうち人に紛れ、混ざりながらひっそりと暮らす事を選んだのだという。

 それは、あの男から姿を隠す為でもあるのかも知れない――


「そうして、風魔士は絶えたはずだった…… なのにアイツは風魔士と言っていた……」


 話し終わると、何故と呟き暗く悲しげな表情を浮かべたまま黙りこんでしまった。

 私はどう言葉を掛ければ良いのかわからず、窓の外を眺めるしかなかった。


 それから数日が経ち、零子も大分落ち着いてきた。

 私の誕生日が一週間後に迫った日、私の前にまた彼が現れた。


  リンゴーン


「誰かしら? はい、どちら様?……!!」


「本日は玄関から失礼しますよ」


「裕二さん……今度は何のご用ですの?」


 零子には会わせたくなかった。

 私は外に出て用件を聞くことにした。

 するとその事に気付いたのか、一度零子の居る部屋の方を見ると私に近付き、耳元で囁いた。


「そろそろお家にお帰りになってください。 でないと……」


私の肩を掴み扉の向こうを直視しながら低く重い声で囁いた。


「彼女の身の保証は……出来ませんよ?」


「!!」


 私は咄嗟に手を払いのけ、怒りと憎しみを込めて裕二を直視した。


「そんなに怖い顔をしないで下さいよ。 私はただ、貴女に義務をきちんと果たしてもらいたいだけなんですから」


 そう言い終わると含み笑いを浮かべ一礼して、そのまま車へと戻っていった。

 ふと立ち止まり少し振り向くと、嘲笑うかの様に言葉を続けた。


「あぁ、言い忘れてましたが、婚礼は貴女の誕生日に執り行いたいので遅れることのないよう、お願いしますよ。」


 それは一週間しか猶予がない、ということを示していたのだった。


 部屋に戻ると、零子から誰だったのか聞かれたけれど、適当に誤魔化してしまった。

 私は彼女に初めて嘘をついた。


 それからは零子にどう説明しようかずっと悩み、彼女との会話を避けるようになってしまった。

 何度か話そうと試みてはみたものの、どう話せばいいのかわからず違う話ではぐらかしてしまった。


 そうしているうちに、零子から誕生日パーティーの話題が出たけれど、結局きちんと話せずに、またはぐらかしてしまった。


 そしてとうとう誕生日前日になってしまった。


 私は話しをきちんとすることが出来ないまま、零子が買い物に出ている間、そっと出ていくことにしたのです。


 一言『ごめんなさい。さようなら』と書いた手紙を残して……


……


 誕生日プレゼントを買い終え、部屋に戻ると紘美の姿が忽然と消えていた。

 部屋を覗いてみるとあまり変わりはなかったが、身の回りの必需品は見当たらなかった。

 机の上には一通の手紙が置いてあった。 ただ一言『ごめんなさい。 さようなら』とだけ書かれてあった。


 数日前から、何だかよそよそしい態度だったから、何か私には言いにくい事でもあるのだろうとは思っていたけれど……こんなにも急に居なくなるとは思っていなかった。

 だからきっと紘美は裕二に脅され連れ去られたのだと思っていた。


 次の日から私は紘美を探すことにした。

 風に問い掛けてもやはり霧が架かった様な答えしか得れず、ほとんど手掛かりがない状態だった。


「何処に居るんだ……裕美」


 ただ一つの手掛かりは『高倉』という苗字だけだった。

 電話帳で探すにも『高倉』という名は以外と多くて、片っ端から探すには時間が惜しかった。


 そんな時一通の手紙が届いた。

 それは裕二からの手紙だった。


『紘美さんを探しているようですが、諦めなさい。

 紘美さんは貴女より家柄を選んだのですから――

 どうしても、納得がいかないのでしたら、特別に会わせてさしあげますので、下記の日時に次の場所へおいでください。』


というものだった。


「罠かも知れない……」


 それでも、行って確かめたかった。

 本当に私を切り捨てたのか……それとも……


――指定の日:郊外のとある豪邸前――


「ここが……紘美の実家……」


 私は指定された場所に来てみると、そこは高倉グループの豪邸だった。

 高倉グループといえば大手三大グループの一つでいわゆる大財閥だ。

 紘美は今まで一言もそんな話を私にしたことはなかった。

 私は紘美の仕草や話し方で、薄々何処かのお嬢様なのではないかとは感じてはいたが、まさかこんな大財閥のお嬢様だったとは……


「やはり、来てしまいましたか……」


「!!」


 突然の声に驚き目をやるとそこには少し残念そうな表情の裕二が腕組をし立っていた。


「裕二……やはりとは、どういう意味だ?」


「そのままの意味ですよ……罠と……わかっていたのでしょう?」


「やはり、罠だったんだな……紘美には……会えるのか?」


「それは、これからのあなた次第です。」


「私……次第……?」


「そう……あなたの選択次第です」


 裕二はそう言うと右手を高々と挙げ勢いよく降り下ろした。

 すると足元から柵のようなものが飛び出した。


「なっ!」


  ガシャン!!


「なんだ!?どうするつもりだ!」


「どうするもなにも、これはあなたを……いや、風使いの生き残りを捕まえるための罠ですから……」


「生き残り?まだ他にも……」


そういいかけて私は言葉に詰まった。


 私の視線の先に見覚えのある人々によく似た石像の様なものが並んでいたのだ。


「あぁ気付きました? あれは私に敗れた者達の成の果てですよ。 記念に石像として飾らせているんです」


「あれは全部、風使いの……?」


「えぇ、あなた以外の一族の方々ですよ。 あなたの両親も何処かに有るのではないですかね?」


「貴様!」


 その言葉に私は怒りを覚え飛び付こうとしたが、頑丈な鉄格子に阻まれ身動きをする事すら出来なかった。

 裕二は私が怒ったのを確認するとゆっくりと近づきながら私に問いかけた。


「ところで……話は戻りますが、紘美さんに会いたいですか?」


「紘美には手を出すな!」


「わかってないようですね。 紘美さんは私の婚約者ですが……私にとってはあなたを誘き出す為の餌でしかないのですよ。」


「貴様というやつは……!!」


「あなたが私との決闘を受けて頂ければ、紘美さんには手出ししませんよ。 それに、会うことも許可してあげますよ。 いかがですか?承知して頂けますよね?」


「決闘だと……? それを受ければ紘美は自由なんだな?」


「自由……とは、少し違うかも知れませんが……大切に扱いますよ。 あなたの代わりに……ね」


「……」


 私は少し考えた。

 紘美には幸せになって欲しかった。

 しかし、裕二のことは信用出来なかった。

 私が悩んでいるのを見て、裕二が念を押すかのように繰り返した。


「あなたが勝てば、あなたにお返しします。 要はあなたが私に勝てばいいんですよ。 それとも……私に勝つ自信が無いのですか?」


 その言葉は私の逆鱗に触れた。


「私が貴様などに負けるはずがない!! いいだろう! その決闘、受けてやる!」


「……良かった。 それでは後日、日時をお知らせしますので、それまでに体調を整えておいてください」


 そういうと、私を囲んでいた柵がバタンと大きな音をたて倒れた。


「待て!! 紘美にはいつ会える?」


立ち去ろうとした裕二に尋ねた。

 すると振り返ることなく裕二は答えた。

「その日に会えますよ。 最後になるかも知れないので、それまでにきちんとお別れの言葉を考えておいてくださいな。」


 そう言い残し姿を消した。

 私は紘美が居るであろう屋敷の高い塀を見上げ、その日は一端その場を去った。


「私は負けない……風魔士なんかに負けはしない。決して……」


 何故か私はずっと自分に繰返し言い聞かせていた。

 まるで一抹の不安をぬぐい去るように……


 数日後、裕二から決闘の日時が送られてきた。

 それは奇しくも紘美の結婚披露宴会場だった。

 しかも会場は高倉グループが所持する“風の谷”と呼ばれる闘技場であった。


……


――ここは風の谷。


 風の止むことの無いこの谷間の北側に、今回披露宴開場にもなっている高倉家の闘技場が建っていた。


 そしてその向かい側には慰霊碑らしき物がそびえ立っていた。


 闘技場の閲覧室では、じっとその慰霊碑を見つめる裕美の姿があった。


「あれが何だか分かりますか?」


 不意に掛けられた問い掛ける声の方に振り返ると、そこには少し恐い表情の祐二が腕を組み壁に持たれるように立っていた。


「いいえ………何かの慰霊碑だと言うことしか……」


 裕美がそう答えると、祐二はフッと失笑したのち裕美の方に近付きながら話しはじめた。


「私が何故この場所を選んだかと言うと、あの慰霊碑があるからです。 あの慰霊碑こそ、我が一族が存在した証なのですから……」


「証……?」


「そう……こここそ……この場所こそがあの忌まわしい決闘の地であり、私の先祖の怨念が宿る地でもあるのですよ。」


 慰霊碑をバックに裕美を正視しながら大きく両手を広げた。

 その顔は憎しみに歪んでいて、笑顔のようでも哀しみにも見える表情だった。


 だが同時に、ここで全ての決着を着けるつもりだと言うことが、裕美にもわかった。


「じゃあ、ここに零子も来るのね?」


「お察しの通り……この場所へ来るよう伝えてあります。 が、彼女が来るかどうかは……」


 ニヤリと笑う祐二の横に立ち、空を見つめながら強く答えた。


「来るわ。 本当は来てほしくないけれど……零子は必ずここへ来る。 貴方との決着を着けるために……そして」


「貴女を救いに……?」


「……」


 裕美は複雑な思いだった。

 零子を巻き込まない為に戻って来たのに、逆に零子を巻き込んでしまった。

 いや……その逆で私が囮にされたていたのだ……と、今になって気付いた。


「零子……ごめんなさい。 でもお願いだから来ないで……」


 そう裕美は心の中で呟いていた。


 そんな願いも虚しく刻限が来、闘技場の門の前には、零子の姿があった。


 その姿を確認した祐二は門を開けるよう指示をし、闘技場へと降り立った。


「ようこそ! 我ら一族の因縁の地へ」


 微笑を浮かべながら道化士の様な一礼をし、零子を迎い入れた。

 それの言葉を聞いた零子は祐二を一睨みし、門をくぐって入場した。


「零子……」


 隔離された観客席からは、裕美が祈るように零子を見つめていた。

 この場所が新たな運命の地となると判らずに……



 こうして最後の決戦が始まった。


 開始の合図など二人には要らなかった。

 ただじっと何かを待っいてるかの様に、二人とも向かい合ったまま、微動だにしなかった。


 何時経っただろうか、一陣の強風が駆け抜けた瞬間、二人が同時に動いた。

 それからは激しい攻防戦が繰り広げられた。


 裕美はその壮絶な闘いを遠くで見守るしか出来なかった。

 零子は裕美の自由の為に、裕二は一族の無念を晴らす為にこの闘いを始めたと言うことを知っている為に、どちらも応援すら出来ないでいた。

 ただ一つ、どちらにも死んでほしくない……という想いのみだった。


 闘いが始まってから、何時が経っただろうか……

 激闘を続けていた二人の動きが再び止まった。


 二人とも荒い息遣いで、体中傷だらけになっていた。

 その様子を見た裕美は、このまま闘いが終わればいいと思っていたが、二人にとってはやはりそういう訳には行かなかった。


「これでは……決着が着きそうにないですね……」


 息を切らしながら裕二が一つの提案をした。


「どうですか? お互い次の一手で勝敗を決めるっというのは……」


「……良いだろう。 お互い次の一手に賭けよう……」


 次の瞬間、二人の周りを風が巻き立ち辺りの砂が舞い上がって姿が見えなくなった。

 何が起ころうとしているのか、裕美は不安感が強くなっていった。


「お願い! 二人共無事でいて!」



 数秒間その状態が続いた次の瞬間、爆発したかの様な爆音と共に衝撃波が辺りを吹き飛ばした。

 裕美も例外なく、その衝撃波で飛ばされてしまい、二人の決着を確認する事なくそのまま気を失ってしまった。


――あの闘いから数ヶ月が経った。


 私はまだ高倉家の屋敷にいた。

 でも、私の傍には零子の姿はなかった。


 あの日からの裕二さんは、まるで火の消えた様に何に対しても無気力になっているようでした。


 そんなある日、突然裕二さんがあの闘技場に行こうと言い出した。

 私はあの日の決着を見ていなかった上、零子の生死も知らされていなかった。

 だからこそ、真実を知るのが怖かったの。


 でも、このままでは二人共、先へ進めない……だからこそ確認しなければいけないっと考え直して、付いて行く事にしたの。


――再び、またこの風の谷に来ることになるとは思ってもいなかった。


 前に見た時よりも、もっと殺風景になってしまっていた。

 でもよく見ると、以前慰霊碑が建っていた場所には、新たに十字架が建てられていた。


「あれは……」


「……零子の墓です」


「!?」


『零子の墓』……その言葉を聞いた私は一瞬目眩を覚えた。

 でも、裕二さんは十字架を正視したまま話を続けた。


「あの日……貴女は気絶してしまっていたみたいなので、彼女の最後をちゃんと伝えなければっと思いまして、今日連れて来たのです」


「零子の最後……」


「あの時、お互いに最終にして最大の術を繰り出したんです」


……その術はお互い秘術中の秘術でした。

 そのため、かなりの衝撃波で辺りを破壊してしまいましたが……

 その術は光と闇という相反する性質を持っていた為、力は均衡していたんです。


 しかし、私の体力が限界に達した瞬間 、彼女の術が解けたのです。

 その時、何故か私と目が合った次の瞬間、彼女は微笑みを浮かべ闇に飲まれていきました。

 最後に『裕美を頼む』と言い残して……

 私は瀕死の傷をおい、すぐに立ち上がることが出来ませんでした。

 そして彼女の姿はそこには在りませんでした。

 私は目を懲らして辺りを見渡しました。

 すると、今十字架が建っているあたりに光るモノを見付けたんです。

 私は身体を引きずる様に近づいてみると、それは小さな小さな命の珠でした。


 彼らの一族の中には滅亡を防ぐ為に秘術により転生を繰り返す者が居ると聞いた事が有ります。

 きっと彼女にはその秘術が施されていたのでしょう。


 私はその珠をある場所に隠しました。


 それからは度々様子を見に行っていましたが、その珠の中で徐々に人の形を成していきました。……



「そして、今日あたり新たな命として誕生するはずなのです。」


 私は耳を疑った。

 じゃあ、あの墓と言っていた十字架は何なのだろうか……


「あの十字架は『零子』と言う人格の墓なのです」


「でも、転生したんでしょう?」


「“転生”と言っても記憶までは受け継がないんですよ。」


「じゃあ……姿形は同じでも別人って事?」


「もしくは姿すら違うのかも知れません。 私もこの瞬間を見るのは初めてですから」


 そう語りながら二人でその珠を隠したという場所に向かっていた。


「ここです。」


「こんな処に部屋があったなんて……知らなかったわ。」


「ええ、この場所は私しか知らないと思いますよ。 なにせ、建てられた後で私が密かに造らせたんですから。」


 そこは、ちょうど十字架が建っている辺りの真下にあたる場所だった。

 一見ただの突き当たりの様だが、そこには隠し扉になっているようだった。


 扉を開けると、奥の方から赤子の泣き声が聞こえた。

 近付くと、そこには小さな男の赤子が顔を真っ赤に染めて元気良く泣いていた。


「これが……零子の生まれ変わりの赤ちゃん……」


 私がそっと抱き上げると、ピタリと泣き止み、私の顔の方へ両手を突き出してきた。


「貴女の事を気に入ったみたいですね。 その子に名前を付けてあげて下さい。」


「私が……?」


「ええ、これからは私達がこの子の親代わりをするのですから。」


「私達が……」


 一時の沈黙の後、決心が付いたかの様に、そっと子供の顔を撫でながら裕美は言った。


「この子は零子の忘れ形見……だからこの子の名前は零二……どうかしら?」


 私は微笑みながらその赤ちゃんに尋ねると、その子は万遍の笑みを浮かべた。


「気に入ったみたいですね。」


「これからよろしくね、零二。」


――こうして、新たに零二という赤子を加えた三人での生活がはじまったの。


「生まれ変わりとは言っても、全く別の人間だから、始めは流石に戸惑ったけれど、育てていくうちに愛情も湧いてきて本当の親子となっていったわ」


「零二って……あの零二叔父ちゃまの事?」


「そんなお歳には見えないよ?」


 子供達は不思議そうに口々に疑問を投げかけた。

 その言葉を聞きつつ、老婆は微笑み宥めるように囁いた。


「そのお話はまた次の機会にしましょう。」


 人差し指を口元に当てながらウインクをすると、子供達に寝るように促した。


「今夜はもう遅いわ。 続きはまた次の機会にね。 おやすみなさい」

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 小説らしくない小説であったと思います。この作品は今ならばまだまだ追記したいシーンや膨らましたい箇所が多数あるのですが、あえて投稿・掲載した頃のもののままこちらに転載させていただきました。

 この作品は連載物として作ってあるのですが、そちらの方はまだ完成していないので、手を加えてからの投稿となりますので、完成までお待ちください。

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