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3:特訓

 


 反応する間もなくフロアに打ち付けられた弾丸。

 ちょっと割と結構、早まったかもしれない。


「師走。これ返せなきゃ不味いぜ」

「わわわ分かってるよ!」


 四月の末に開催される球技大会。

 にっくき生徒会長がバレーに出るという情報を聞きつけ、男子バレーに参加すると息巻いていたのがつい昨日。

 球技大会までの間は体育がその練習に当てられるという事で、早速練習し始めたのはいいのだけど。

 『会長の長っ鼻へし折る同盟』副会長の黄島芙由実君のスパイクの鋭さに、私の心が先に折れそうだ。


「黄島ー。それ俺も無理だわ」

「速すぎだろ」

「けどあの会長、これくらい打ちそうじゃないか?」

「まー、確かに」

 チームメイトが一様に頷く。しかし逆に私の闘志に火がついた。

 そうだよ。悔しいがあの会長は何でも出来るオーラに溢れている。あの球が取れなければ勝つなど不可能だ。


「黄島君。もう一回お願い」

「え。師走さんマジでやるの?」

「会長の鼻っ柱を粉砕してやらなきゃ気が済まない!」

「一体会長に何されたわけ」

 バカにされたんだよ!

 迸る憤怒のオーラが見えたのか、チームメイトが慄いて後退った。


 さあ来い黄島。

 今から熱血スポ根漫画の始まりだ。

 BGMはロッキーのテーマソング。


 次々と繰り出される速く重たいスパイクに必死に手を伸ばすが届かない。

「師走!打った後じゃ遅い!俺をよく見て、球の軌道を予測しろ!!」

「はい!!」

 

 姿勢を低くし、どの方向にも動けるように構える。黄島君を睨み付け、来るであろう攻撃を見定める。

 ここだ。

 駆けだす。しかし失敗して顔面からスライディングしてしまった。手足を伸ばして沈黙する私に、チームメイト達が駆け寄って来る気配がする。


「師走さん!」

「師走!」

 そう言えば会長も顔面スライディングしてたな。私がさせたんだけど。


「おい、大丈夫かっ?」

「わっ、やめっ、ひっくり返さないで!」

 ぐるりと仰向けにさせられたので慌てて鼻を摘まむ。

「鼻血か?」

「うわー……」

 チームメイト達が痛ましそうにする中、黄島君の行動は素早かった。


「立てるか?」

 頷く。片手は鼻を摘まんでいたため多少バランスは悪かったものの、ちゃんと立ち上がった。

 はずなのに。

 気が付いたら視界が一変していた。


「悪い。少し抜ける」

「黄島!その持ち方はやめたげて!!」

「ん?」

 は、鼻血が頭に上りそう……。


 了解もなく私を持ち上げたその持ち方は俵担ぎ。鼻血出してる人間を逆さにするたぁどういう了見だ。

「やっべ!悪い、これマズいよな!」

 黄島君も相当テンパっているようだ。慌てて下ろして抱き直す。今度はお姫様だっこだった。

 これはこれで恥ずかしいな!


「き、黄島君、だいじょうぶ、だから」

「大丈夫、すぐ着くから」

 全然大丈夫じゃない。色んな意味で大丈夫じゃない。

 体育で怪我した女子にした事はあっても、やられたのは生まれて初めてだ。

 鼻血が垂れるのを阻止する事に意識を集中させ、何とか保健室までの道のりを乗り切った。


「すいませーん。手当てお願いします」

「なになに。お姫様がどうかしたの?」

 先生、その声完全に面白がってますよね。

「鼻血?……と、打ち身ね。そこのソファーに下ろしてあげて」

 黄島君がソファーに下ろしてくれる。ようやく生きた心地がした。

 お姫様抱っこってやられる方は恐怖だね!


 ティッシュを持ってきた学校医が私の鼻の様子を見る。

「えーっと、黄島君はこの子の代わりに利用票書いてあげてちょうだい。それで師走さんは鼻摘まんでおいてね。上向いちゃダメよ。アイシングの用意してくるから」

 体操服に刺繍された名前を確認して指示を出し、彼女は奥の方へ行った。黄島君は渡された利用票を書き始める。


「“しわす”ってどう書いたっけ」

「師匠が走るだよ」

「ししょーが走る。はいはい」

 壁を机代わりにして彼は淀みなく書いていく。

 それを見守りながら出るのは、大きな溜息だ。


 折角協力してもらっているのに、このままではあのにっくき会長に負けてしまう。

 残り二週間ちょっと。時間がないのだ。

 私は腹に力を込めた。黄島君に向き合う。


「師匠!朝と昼も、出来れば土日も練習に付き合ってください!」

 土下座する勢いで頭を下げた。鼻血が垂れそうだったため慌てて鼻を押さえて顔を上げる。

 目が合うなり黄島君はニヤリと笑った。


「いいぜ」

 黄島君。あんた本当に良い人だね。その厚意、遠慮なく受け取らせてもらいます。

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」


 そういえば男子とは日常的に話していたのに、優しくされた事はなかった。ましてや怪我が心配だから保健室にまで連れて行ってもらうなんて。

 何せ明らかに男扱いでしたからね。

 うおっ。何だろう、めちゃくちゃ照れる。

 鼻を摘まむ手でさりげなく口のにやけを隠しながら俯く。


「先生ー。書きました」

「ありがとう。そこ置いておいて。黄島君はもう帰りなさい。後は私が見てるから」

「はーい。じゃあ俺先戻ってるから。先生にはちゃんと言っとく」

「ありがとう」

「気にすんな。むしろ俺こそ悪かったな」

 黄島君は爽やかに笑ってみせた。米俵扱いしたうっかりを帳消しにする程の好印象だ。

 いい人だ。

 大きな背が去ったドアにしみじみした面持ちを向ける。


「師走さんって、漢字は“師匠が走る”でいいのよね」

「そうですよー」

「漢字間違ってたから」


 黄島君……。



 *****



 肌の至る所に貼られる絆創膏の数は日に日に増えていく。好奇の目を向けられっぱなしだが、この傷の分だけあの弾丸さながらの球を受けられるようになっていたので、勲章みたいなものだ。


「師走ちゃん、すっごい傷だね」

 塾でのトレーニングにひょっこり顔を出した金髪先輩、もとい生徒会会計の前沢侑夜先輩がニヤニヤ笑った。


「球技大会、男子バレーに出るから特訓してるんだって?是非とも会長のクラスに当たってもらわないと」

「当たり前です。会長に勝つまでは死んでも死に切れません」

「あっはっはっはっはっ!いいね、その根性。ほんといい!」


 腹を抱えて笑い出した前沢先輩。鬼熊教官がこっち睨んでるから構ってらんない。というわけで放っといてランニングに入った。


 ランニングの後は50mダッシュに腕立て腹筋。

 先日の模擬試験の後からは、これらメニュー全て重りを着けてやる事になった。

 ライフジャケットみたいなもので5kg。私の場合始めは3kgスタートで徐々に重たくしていっている。


「師走さん、ペア組まない?」

「いいですよ」

 声をかけてきたのは二年生の先輩だ。

 始めこそメニューをこなす事に必死で、他人と触れ合う余裕はなかった。だけど慣れてきた今では他の塾生と交流を図れるまでになっていた。


 打ち解けるキッカケがドロップキックなのだから、まあ会長の憎まれ口も無駄ではなかったという事か。


 今まで気付かなかったけれど、体力作りをしているのは一年生だけではない。候補生になれていない二年生もまた必修だった。

 先輩に足を押さえてもらって腹筋をする。顔立ちに取り立てて特徴がないながらも柔和な雰囲気を持つその先輩は、塾のちょっとした情報をくれた。


「塾生の体力作りが厳しいのは、昇級試験がアレだからだよ。候補生に上がっちゃえば後は自己管理。だから生徒会幹部の面々はたまにしか顔出さないだろ。まあ忙しいってのもあるだろうけど」

「幹部はみんな候補生なんですか?」

「そう。でも会長と副会長は三級」

 くっ。会長め。小癪な。


 模擬試験の時に見た嘲笑を思い出したらまた腹が立ってきた。

 何としてでも球技大会で会長の鼻を明かさなくては気が済まない。



 *****



 体育の授業のため体育館へ移動する道すがら、呼び止める声があった。

「雪野ちゃん雪野ちゃん」

 金髪会計の前沢先輩だ。


 見た目が派手なだけではなくどこか色っぽさの滲み出ている先輩は、女子の視線を奪っていた。

 ボタンを開けたままのブレザーを揺らしながら私の前にやって来て、じゃんとスマホを見せる。


「メアド教えて。いいものあげる」

「いいもの?」

 首を傾げながらアドレスを交換したら、早速メールが送られてきた。動画が添付されている。

 動画を開き、驚いて先輩を見上げた。


 なんと先輩が寄越したのは、体育の授業と思しき、会長がバレーをする姿だったのだ。

 前沢先輩がニヤリと笑う。

「会長に勝つヒントにしてね」

「ありがとうございます!」

 いいもん手に入れたぞ。早速作戦会議だ。


 うっひょひょーいと機嫌が良かったのも、動画を見るまでだった。

 スマホの小さな画面を、体を寄せ合って凝視する。

 見終わった後の沈黙は重たい。

 詰めた息を吐き出すタイミングは、黄島君によってもたらされた。


「会長とトナカイ先輩のコンビネーション、抜群だな」

 トナカイ先輩。またの名を湯川柚流。生徒会副会長である。

 始めこそトナカイの被り物をした先輩に笑っていた面々も、動画が進むにつれ言葉をなくした。

 会長とトナカイ先輩は三年A組の攻撃の要だった。

 トナカイ先輩のここという位置に上げたトスを会長が打つ。会長のスパイクは予想通り鋭く、画面越しでも鳥肌が立った。


「勝つとか難しくないか、コレ」

 誰かがぽつりと呟いた。

 不安は波紋のように広がり、空気はさらに重量を増す。

 このままではいけない。

 根性論を打ち出そうとした時だ。

 自信に満ちた声が皆の耳を打つ。


「無理じゃない」


 黄島君がゆっくりと、強い眼差しで面々を見回した。


「無理じゃない」


 同じ台詞をもう一度繰り返す。

 私もまた頷いた。

「そうだよ。私も黄島君の球取れるようになったし」

「だけど会長のはそれ以上に速そうだぞ。無理だって」

 私は返事に窮した。


 確かに会長のスパイクの速さは黄島君のそれ以上だ。今のレベルで拾えるかと問われたら厳しい。

 私まで沈黙してしまった。

 しかし頼りになる黄島師匠だけは違う。

 彼はニヤリと笑って、バレーボールを片手で鷲掴みにする。


「俺はまだ本気で打ってないぜ。本気なら俺の方が早い」

「おぉっ!敵役っぽい!」

「倒される方かよ!縁起でもねーな!」

 はっ。本当だ。


 それに漫画でその台詞を口にした者は、倒される法則があるのだ。

 これでは志気が下がってしまうのではないか。

 懸念を抱いたところ、一人がぽつりと落とした。


「でもまあ。悪くはないな」

 何が?問う前に同意の声が挙がる。

「俺さぁ。会長の事ちょっとムカついてたんだよ」

「分かる。ファンクラブとかあるんだぜ。芸能人気取りかよって話だよな」

「ヒーローの前に立ちはだかる悪の組織か。いいんじゃね?」

 立ち込めていた靄が次第に晴れていく。

 どちらかといえばやけくそな開き直りとも言えたけれど、細かいこたぁどうでもいい。


「練習するのはいいけど、俺、朝と放課後は無理だ。バスケ部は朝練も絶対参加だから」

「俺んとこ朝は自由参加だから平気」

「こっちは帰宅部だから放課後も空いてるけど。てかお前ら二人、部活入ってんの?」

 お前らとは、私と黄島君の事だ。私達は顔を見合わせ、へらりと笑った。


「部活っていうか、塾?」

「そうそう。塾塾」

「わざわざ山の下まで行ってんのかよ」

 チームメイト達は揃って感心とも言えない微妙な反応をした。

 怪しまれなくて良かった。


 サンタクロース塾については秘密になっている。

 曰わく、サンタクロースとは夢の国の住人であり、決して現実と結び付けてはならない。

 塾で口酸っぱく言われているのだ。


 確かにサンタクロースが会長みたいな嫌みな奴だと知ったらイメージも崩れる。サンタクロースとは良い子に一年のご褒美をあげる存在であって、他人を見下す視線をプレゼントする奴ではないのだ。

 悪役は向こうではないのかと思わんでもないが、それはこの際寄せておく。


 目指してみせよう悪の華。


 やる気をたぎらせる顔触れを見渡し、私はヒールに笑った。


「ぶっつぶせヒーロー!」

「イーっ!」


 体育館の高い天井に向かって、拳が突き上げられた。



 

 


 一応4話まで更新する目処は立っていますが、それ以降は未定のため、4話を更新し次第非公開設定にします。

 次に公開する時は……完結した時です……(遠い目)。


 

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