第2話 魔弾と射手 その1
引き金を絞り込むと、乾いた破裂音が鳴って鈍い衝撃が掌から骨を伝わって肘と肩に届いた。泣いているような、恐怖が張りついたままの相手の顔が後ろへ折れ、一拍おいてから首から下の肉体が崩れるように倒れていく。すでに誰の目からも生命活動を停止したと見えるそれに対し、人影は再び狙いを定めて引き金を絞った――。
嵐が桜の花びらと共に春を連れ去ってしまうと、一年で最も快適だといわれる時季がやって来た。火山の噴火口のような巨大な『クレーター』のある高台の公園にも、湿度の少ない涼風が緑濃い木立の中を吹き抜けてくる。高台である分その爽やかさは街中とは比べ物にはならなかった。しかしその爽快感も文字通りどこ吹く風のごとく、人気の少ない『クレーター』を囲う遊歩道の脇でしゃがみこむ浅黄色の作業服を着た若い隻腕の男は黙々と作業を続けていた。男は遊歩道の所々に備えられた足元を照らす外灯装置を一つ一つ開けながら、点灯のチェックや断線の有無、切れた電球の交換などをしていく。左手だけで器用に工具を使いこなし、その仕事振りは決して速くはないが丁寧な手つきだった。
「もしもし、シオくん? お疲れ様。今どこにいるの? 君にお客さんが来てるよ」
黙々と手を動かし続けていた男の携帯電話が鳴り、スピーカーの向こうから事務所の上司が男の名を呼んだ。
「うん、あのね、中央の福祉事務局の方だって。とりあえず事務所に帰ってきてくれるかな」
了解の返事をして通話を切ると、シオは携帯電話の待ち受け画面に映るデジタル画像の熱帯魚に視線をやりながら記憶の糸を手繰った。しかし、どこにも来客の予定も約束の覚えもない。そもそも福祉事務局という機関とは生まれてこの方関わった事が無かった。確かにシオは隻腕の障害者であり今の公園管理事務所にも二ヵ月ほど前に障害者枠で採用されたのだが、斡旋してくれたのは国防省の退役軍人局だった。ちなみに、そこからも就業以来連絡は無かった。
「まあ、いいか……」
上役が戻れと言っているし、行けば分かることだ。どのみちもう少しで戻るつもりだった。散らばった工具を工具箱に片付けながら、シオはひとりごちた。