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第1話 ふたりとひとり その2

 くぐもった炸裂音にシオは思わず目を覚ました。あるはずの無い右手があるはずの無い鉄帽と自動小銃を掴もうと延ばされた刹那、二度目の破裂音とカーテンの隙間から色鮮やかな光が部屋に差し込んできた。反射的に体が壁に密着した。続けて三度目の音。

 「花火かぁ……」

 暗く小さな部屋の片隅で、シオは呟いた。全身の力を抜くと座ったまま開けていた窓を閉め、カーテンをきっちりと引き、扇風機のスイッチを押した。羽が風を回す機械音が鳴る。花火の音は、もう聞こえなかった。

 世間に衝撃を与えた半島での「高地事件」で戦闘中に受けた砲撃により、シオは右腕を無くした。右隣にいた同期の戦友は、体ごと消し飛んだ。ついさっきまで会話をしていた人間の死。あっけない死。突然に降りかかる死。「誰に対しても平等であるもの、その名は死」と昔の詩人が言ったという。中学か高校の授業中に聞いたのか、テレビで見た事だったのか、記憶は曖昧でシオにはもう思い出せなかった。

 あの時、自分の中の何かが、吹き飛ばされて無くなってしまった気がしていた。右腕という肉体と共に。一般的に魂と呼ばれるもののような、そうじゃないような、とにかく何かが吹き飛ばされた。抜けたのでもなく、消えたのでもなく、吹き飛ばされた。そしてそれは、詩人の名前のように思い出す事も見つける事も、二度と出来なかった。

 「……さん、おやすみ」

 亡くなった友人であり同期であった年上の戦友の名を小さく呟き、シオは再び体を横たえた。薄い布団の上に、体を丸めながら。壁を背にして。




 病室の窓からも花火見えてるかしら?

 川べりから夜空に打ち上がる光の花を眺めながら、ナツミは姉を想っていた。傍らでは浴衣姿の30歳くらいの女性と小学生くらいの男の子が嬌声を上げていた。

 「ナツミちゃん、すごいねー」

 男の子が舌足らずな声でナツミの浴衣を引っ張った。子供の持つ生温い独特な匂いがした。同時に女性が怒る。

 「だから引っ張るんじゃないの、バカ!」

 団扇で思い切り叩かれた男の子の頭を軽く撫でながら、

 「まあまあ、セーコさん」

と苦笑しながらナツミは男の子の母を宥めた。

 普段人見知りのくせに仲の良い人にはやたらくっつくのよ、この子。ナツミちゃんも遠慮なくぶっ叩いてやって。こういう事は体で覚えさせないと。

 若い母親セーコさんは顔に似合わず躾には厳しい。シングルマザーは相当な覚悟が無いとやっていけないと仕事中もよく話していた。結婚はもうこりごり。男ってホントにバカなのよ。ナツミちゃんもじっくり相手を見てから決めた方がいいわよ、男は変わるから。などなど。五つ年上の同僚セーコさんは、ナツミが入社した時には既にバツイチで、幼い男の子を母親に預けながら酒屋の事務員として働いていた。童顔だけどハキハキして姉御肌で、納品に来る問屋の人たちはもちろんお客さんにも人気があった。抜けたところの多いナツミの面倒も何かと見てくれ、プライベートの相談にも乗ってくれた。今日も浴衣を着付けさせてくれ、花火大会に誘ってくれたのもセーコさんだった。まさにナツミにとってもう1人の姉のようだった。本当の姉とはだいぶ性格が違ったが……。

 花火はさらに打ち上がった。男の子は興奮してその後も何度かナツミや母親の浴衣を引っ張っては怒られ、最後には母親から顔が変形するくらい頬をつねられた。その度にナツミは苦笑しながらセーコさんを宥め、男の子を慰めた。

 繰り返し。繰り返し。

 まるで毎日の生活と同じだ。ナツミはふと思った。気分転換の場所でさえ、結局はいつもの生活と何ら変わる事は無いんだ。死ぬまでずっと繰り返し、繰り返し。私も、この世界も。でも、あの人とは繰り返しじゃなかったのかな。

 仕事が忙しいと最近は電話で話す事も少なくなった彼氏の事を、ナツミはいつしか想っていた。


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