表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

落とした包丁

作者: ウォーカー
掲載日:2026/05/31

 ある神社の裏山に、神の湖、と呼ばれる湖があった。

その湖は浅いところは水が澄んでいて美しいのだが、

実は底が深く、底なし沼のように下は水が濁っていて湖の底が見えない。

神の湖に沈んだものは決して再び浮かび上がることが無いという。

この湖の底はあの世に繋がっていて、神の居場所に通じている。

そんな言い伝えから、この湖は、神の湖と言い伝えられていた。


 神の湖の底はあの世に繋がっている。

そんな言い伝えを信じているような信心深い人ばかりではない。

中には不埒者もいて、神の湖に沈んだものは決して浮かんでこない、

という言い伝えをいいことに、大小様々な廃棄物や工場廃液など、

簡単には捨てられないものを捨てる者が絶えなかった。

しかし神の湖は不埒者に神罰を与えたりすることもなく、

放り込まれた廃品を吐き出すでもなく、

ただ静かに投げ込まれたものを飲み込んでいくのだった。


 神の湖がある山を下った先には街がある。

電車の路線がいくつも合流する大きな駅があり、大きな繁華街がある。

ところが、一歩繁華街を離れると、途端に野や山が増えて、

人の気配が感じられない静かな場所になる。

よく見れば住宅の明かりがあるのだが、一軒一軒の間が広い。

それが売りで、ここには大きな家を持つ人達が多く住んでいた。

しかしどんなに富が集まる場所でも、貧しい者はいるものだ。


 ここにある貧しい男がいた。

その男も、金を求めてきらびやかなこの街へやってきた。

しかし学のないその男が得られる仕事など、ろくなものではない。

働いても働いても金は貯まらず、金持ちになるなど夢の話。

根は正直者だったその男を、環境が変えてしまった。

ある日の夜遅く。

その男は、人気ひとけのない通り道で、若い女を襲ってしまった。

「キャー!止めて!ギャッ!」

騒ぐ女の喉に包丁を刺し、声を出せないようにした。

若い女はすぐに大人しくなって、二度と動かなくなった。

「金・・・!金・・・!」

その男は、若い女の遺体を漁って、金目の物を手に入れた。

財布、クレジットカード、キャッシュカード、飲食店の割引券の数々。

豊かな中にも一片の貧しさを感じさせる内容だった。

その時になって初めて、その男は自分が犯した罪に気が付いた。

「俺としたことが、なんてことをしてしまったんだ。

 金目の物を目当てに人を殺すなんて、強盗殺人じゃないか・・・!」

しかも相手は大富豪でもない、ただの一般人の女。

震える手は血にまみれていた。

後悔してももう遅い。

「どうする?警察に自首するか?・・・いや、それはできない。」

男は動揺して反省しつつも、芽生えた良心は一片でしかなかった。

犯した罪は消せない。しかし警察に自首するつもりはない。

ではどうしようか?

その男はまず、死体を隠すことを思いついた。

「死体をこんな道端に置いてたんじゃ、

 すぐに見つかって通報されちまう・・・!」

その男は殺した若い女の死体を抱えて、山の中に入っていった。

何も無い道端にはただ、真っ黒な染みだけが遺されていた。


 その男は若い女の死体を担いで山を歩いていた。

若い女は華奢な体をしているのに、死体になるとやけに重たかった。

それに死後硬直が始まっていて、持ち難いことこの上ない。

その男は死体を山の地面に埋めてしまおうかと考えた。

しかしシャベルも無いのに掘れる穴など、たかが知れてる。

腐臭からすぐに見つかってしまうだろう。

では、どこかの使われていない山小屋に捨てていくのはどうだろう。

そうすれば、山小屋で事故にでも遭ったと思わせられるかもしれない。

「いやいやいや!喉に包丁の刺し傷があるんだぞ!

 山の事故に見せかけるなんて無理だ!」

男は無能な自分の頬を叩いた。

では山の中の人気ひとけのない倉庫などに隠すのはどうだろう。

これもやはり腐臭ですぐに見つかってしまうだろう。

「クソッ、殺し方を早まったな!

 喉にこんなでかい刺し傷があったんじゃ、

 事故や病死に見せかけるのは不可能だ!」

その男は頭を抱えていた。

初めての強盗殺人だった。

殺し方を選んでいる余裕なんて無かった。

犯行中に誰かに姿を見られなかっただけでも良しとせねば。

それからその男は、山の中を無心で歩き回った。

担いだ若い女の死体は全身が固くなって、

もうすぐ日が明けてしまいそうだ。

その時。その男の行く手に、輝く何かが見えた。

「何だ?あれは・・・」

朝の光に美しく輝く水面。それは神の湖だった。

その男は山の中を一晩歩いて、神の湖にたどり着いたのだった。

もちろん、神の湖の言い伝えはその男も耳にしていた。

「しめた。この湖は底なしで、一度沈んだものはもう浮かんでこない!

 死体をこの湖に隠してしまおう。」

よいしょ、よいしょ、ぽい。ザブーン。

と、その男は若い女の死体を神の湖に投げ込んだ。

死体を運んだ汗を、湖の冷気が覚ましてくれた。

冷静になって、その男は自分がしたことに気が付いた。

なんて愚かなことを、ではない。

それとは対局にある考え方だった。

「これ、もしかして死体の処分方法に使えるんじゃないか?」

その男が湖の底を覗く。

もう若い女の死体は奥深く沈んで見えなくなっていた。

と、思ったら、何かがスーっと浮かび上がってきた。

「うん?なんだあれ・・・うわっ!」

音もなく湖に若い女が浮かび上がってきた。

今は湖の上に手を揃えて立っている。

「な、な、な?」

その男は混乱していた。

確かに殺して湖に沈めたはずの若い女が、

飲み込んだものを吐き出さないはずの神の湖から浮き出てきた。

その男が慌てるのも無理はない。

全てが超常現象。信じるには時間がいる。

よくよく見てみれば、湖から浮き出てきたのは、

その男が殺した女とは別人。歳も背格好も違う。

殺した女よりはもう少し大人で、薄い羽衣のようなものを纏っていた。

神の湖から浮き上がってきた女は、無表情に話し始めた。

「私はこの湖の精霊。あなたに問います。

 あなたが投げ込んだのは、ただのネックレスですか?

 それとも、金のネックレスですか?」

頭がどうかなってしまったのか?

湖から女が浮き出てきて、湖の上に立って喋ってる。

その男はそこで、もう一つの言い伝えを思い出した。

こちらの言い伝えは、神の湖の言い伝えではない。

よくある童話にもなっている言い伝えだ。

湖に斧を投げ込み、正直に答えれば、金の斧が貰えるという話だ。

もちろん、その男にも純粋な子供だった時代はあり、

子供の頃は夢中でそんな童話を読んだものだった。

「これは、あれか?

 正直に答えれば金の斧が手に入るってあれか?」

そうしてその男はまた思い出した。

先ほど殺して神の湖に投げ込んだ女の首元を包丁で刺した時。

首にネックレスが巻かれていたことを。

あれは確かそのまま死体と一緒に湖に投げ込んだのだったか。

だから精霊が出てきたのか。

そしてその男は答えた。

「えーと、あれは、うん。

 確かにただのネックレスだったな。

 金のネックレスではなかった。」

すると、湖の精霊と名乗る女は、優しく微笑んで答えた。

「そうです、その通り、あなたがこの湖に投げ込んだのは、

 ただのネックレスでした。

 正直なあなたに報いるために、この金のネックレスを差し上げましょう。」

こうしてその男は、死体を投げ込んだ結果、金のネックレスを手に入れた。


 湖の精霊なんて、誰かのいたずらじゃないのか。

どうせイミテーションだろう。

その男は半信半疑で金のネックレスを慎重に扱い鑑定に出した。

結果は。

「こちらのお品、純金で間違いございません。」

「な、なんだって!?」

湖の精霊がくれた金のネックレスは本物だった。

と、いうことは、湖の精霊も本物ということだ。

あそこは霊験あらたかな神の湖。

精霊の一人や二人、いてもおかしくないだろう。

そしてさりげなく街の様子を探ってみる。

するとニュース番組で、若い女が一人行方不明になっていて、

帰り道に血痕が発見された、とまでは報じられていたが、

山に痕跡があったとか、神の湖から死体が発見された、

などということは情報として挙げられていなかった。

「どうやら今のところ、完全犯罪らしいな。」

その男は内心、ホッとしていた。

死体が見つかる可能性は少ない。

そして死体が身につけていたアクセサリーは金になる。

その男にはもう、毎日汗水垂らして働くような考えは消し飛んでいた。

「昨日と同じ様にやるだけで金が手に入る。

 まとまった金を作って、この街からおさらばしよう。」

それはつまり、犯行を重ねるという決心だった。


 それから、その街では若い女の行方不明事件が複数発生していた。

警察はまだそれらの事件が連続事件なのかを決めかねていた。

というのも、どの事件も死体が見つからず、詳細がわからないからだ。

そうして警察が二の足を踏んでいる間にも、被害者は増えていた。

真っ暗な夜。神の湖。

ザブーンと何か大きなものを投げ込む音がする。

するとしばらくして、神の湖の水面に、輝く精霊が姿を現した。

「あなたが今、湖に投げ込んだのは、このただの指輪ですか?

 それとも、金の指輪ですか?」

「もちろん、ただの指輪さ。ただし3つはあったと思う。」

「その通りです。正直者のあなたには、金の指輪を3つ与えましょう。」

「よし!今回の仕事もまずまずだ。」

その男は夜の闇に紛れて、もう何度も強盗殺人を繰り返していた。

貯まった金も相当な金額で、生きていくには十分なほど。

しかしその男は、贅沢がしたかった。

「まだまだ、この仕事は止めるわけにはいかないな。」

次の獲物を求めて闇に紛れて消えていくその男を、

神の湖の精霊は、哀れみの眼差しで見つめていた。


 ザブーン。

今夜もまた、その男は若い女を毒牙にかけ、

死体を神の湖に運んで投げ込んだ。

するとしばらくして、いつもと同じ様に、

湖の中から水面に輝く精霊が姿を現した。

神の湖の精霊が問う。

「あなたが投げ入れたのは、ただの包丁ですか?

 それとも、この血まみれの包丁ですか?」

いつもと違って、金のアクセサリーが答えに無かった。

そこでその男は、自分がうっかりしていたことを思い出した。

「しまった。

 さっきヤッた女、飾りっ気がない奴だったな。

 もしかして、アクセサリーを何も身につけていなかったのか。」

それにもう一つ、その男は重大なミスを犯していた。

死体に包丁を突き刺したまま、死体を湖に投げ込んでしまったのだ。

この二つの条件が重なって、精霊はこの問いをすることができた。

精霊はこの時を待っていたのだが、顔は無表情のまま。

だからその男は何の考えもなく答えた。答えてしまった。

「俺が放り込んだのは、ただの包丁だよ。」

その男の答えを聞いて、湖の精霊はいつも通りに微笑んだ。

その微笑みに影が差していることに、

ギラリと輝く瞳に、その男は気が付かなかった。

「・・・なるほど、わかりました。

 あなたがこの湖に放り込んだのは、ただの包丁ですね。

 正直者のあなたには、この血まみれの包丁をあげましょう。

 今まであなたが欲望のままに殺めてきた女達の恨みとともにね。」

「あ?金の包丁じゃないのか?」

「包丁は体に刺して使うアクセサリーではありませんよ。

 ・・・ほら、もうお迎えが来ています。」

ブクブクと神の湖に無数の泡が浮き上がってくる。

そして湖の水面に姿を現したのは、

その男が今までに殺してきた女たちの亡骸。

亡骸だが生きている。

生きた亡骸となって、その男の手足に、体に、まとわりついた。

「止めろ!放せ!こいつら、幽霊か!?」

神の湖の底はあの世に繋がっている。

どうやらその言い伝えは事実だったようだ。

無念の死を遂げた女たちは、神の湖の底、

あの世とこの世の狭間で、あの世に行くこと無く、

憎きあの男を引きずり込む機会を伺っていたのだ。

「放せ!放せ!」

無数の手がその男の体を掴み、湖へと引きずり込んでいく。

あの世へ連れて行くために。

幽霊となった亡骸にすら乱暴に暴力で引き剥がそうとするその男。

しかし後ろから精霊が迫ってくるのには気が付かなかった。

ズッ・・・。

「血まみれの包丁、確かに渡しましたよ。」

精霊の手には、血まみれの包丁が握られていた。

果たしてその包丁が最初から血まみれだったのか、

それとも、その男の血で血まみれになったのか、もうわからない。

その男は口から血を吐きながら、

自分が殺してきた女達の亡骸によって、

神の湖の底へと引きずり込まれていった。

後には波紋一つ立たぬ水面。

湖の中では、精霊に女達の亡骸が感謝の涙を流していた。

涙は湖の水に混ざり、神の湖の一部となっていった。


 こうして連続強盗殺人事件は終わった。

終わってみてから、これが連続事件だったと警察にはわかった。

被疑者不詳、被害者多数。

やりきれない、残酷な犯行の結果だった。

ただ一つ、女達の涙によって、神の湖は少しだけその美しさを増していた。

透明な水面はあの世の入口。精霊が見張っている。

もう誰もこんな目には遭わないようにと願いを込めて。



終わり。


 湖に斧を落とす童話は、誰もが耳にしたことがあると思います。

しかしもしもそんな湖があったら、いいゴミ捨て場にされるのでは。

それがエスカレートして、今回の話になりました。


最悪のゴミと言えば、公害になるような廃棄物か遺体かのどちらかでしょう。

廃棄物が金になるのは良いとして、遺体が金になっても救いにはなりません。

どうすれば被害者達の救いとなるのか。

その結果が、血まみれの包丁でした。

悪人をせめて道連れに。それが被害者たちの願いでした。

湖の精霊はただ願いを叶えるだけ。

正しい願いが行われるのを待っていたのでした。


お読み頂きありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ