少年少女は空を見た
空飛ぶ岩の塊が飛び去った後、ネシェレカは慌ててその場を離れた。空飛ぶ岩が怖くなってしまったからだ。もしかすると、自分もあれに飲み込まれていたのではないかと思うと更に。
どこをどう歩いたものか、ネシェレカは森の中で奇妙な物体を見つけた。先程見た、空飛ぶ岩によく似たものだ。そういえば少し前に、空から火の玉が落ちてきたと誰かが騒いでいたような。もしかすると、これが空の果てから落ちてきたのだろうか。
初めて見たもの、理解の及ばないものに出会ったことで、ネシェレカは今までにない空想をしながらその岩を眺める。あの大人たちは、空の果てからやってきたのではないか。迎えが来たので立ち去った者と、この土地に残った者。
残ったあの大人は、これからどうするつもりなのかな。そんなことを考えていたネシェレカは、ふと足元にきらりと光るものを見つけた。
拾い上げる。紫色に輝く、透き通った石。
「きれい……」
見たことのない石だ。もしかすると空飛ぶ岩を動かすための大事なものかも、なんて想像をしながら、石をそっと握り締める。
ごう、と音がした。驚いて空を見ると、空飛ぶ石がさらに二つ現れていた。そのうちのひとつに、さっきの大人が乗っている。やっぱり空の果てから来たんだ!
「あ、あの!」
声を上げるが、ネシェレカの声は届いていないようだった。こんな時、声の小さい自分のか弱さを恥じる。
と、岩から何かが飛び立った。虫のようにも思えたが、ネシェレカの目ではそれが何かを判別することは出来なかった。
空の上へと飛んでいく小虫。そちらを見ると、空の上に何か黒っぽい点があるように見えた。何だろう。また空飛ぶ岩が落ちてくるのかな。
どきどきしながら、様子を見守る。すると、空の上で何かがぴかりと光った。しばらく光が続いたあと、ぱっと消える。綺麗だ。もしかすると、小虫が空の上で何かをしているのだろうか。ネシェレカには何も分からなかった。
「きゃ!」
突如、凄まじい音が響いた。思わず首を竦める。
純白の光が、空飛ぶ岩から放たれたのが目の端に映る。ネシェレカはうるさくて眩しくて、思わず目を閉じてしまった。
音がやみ、恐る恐る目を開けると、光は既に消えていた。空飛ぶ岩が怒った。何となくネシェレカは、そんな風に思うのだった。
***
ネシェレカは、あの大人が乗っている岩がこちらに近づいてきたのを見て思わず木の陰に隠れてしまった。
次は何をするのかな。どきどきして、わくわくして、ネシェレカの空想は止まらない。空飛ぶ岩の上で、大人が両手を挙げるのが見えた。
「あっ」
壊れていた岩が、ふわりと空に浮かんだ。大人の乗っている岩からたくさんの小虫が飛んできて、壊れた岩に群がっていく。壊れた岩が小さくなっていくのを見て、ネシェレカは目を円くした。小虫はあんなに小さいのに、ゴルトゴのお父さんより力が強いんだ。
小さく縮んだ岩が引き延ばされ、何かが取り分けられるのも。取り分けられたものが綺麗に組み立てられて、筒のようになるのも。ネシェレカは目をきらきらと輝かせながら観察する。
「わあ」
小さくなった岩と、筒が空飛ぶ岩に吸い込まれる。
じっと見ていたネシェレカは、何故か岩の上に立っている大人と目が合ったような気がした。
その証拠に、大人が岩の上からゆっくりと降りてくる。不思議な動きだ。木よりも高いところから、ゆっくりと降りてくるのだから。子供たちが木から落ちる時には、落ちる速さを変えることなんてできないのに。
大人は音もなく地面に降り立つと、何かを探すように視線を動かす。
もしかしてネシェレカを探しているのだろうか。
自分に対して悪いことはしないはずだと思って、ネシェレカはそっと木の陰から体を出した。やっぱり怖い感じはしない。
「〇×◇」
「え?」
やっぱり何を言っているのかは全然わからない。
何て返事をすればいいのかな。ネシェレカが困っていると、向こうの方から聞き覚えのある声が。
「ネシェレカ! 無事か!」
ゴルトゴだ。愛用の棍棒を振り回して走ってきた彼は、そのまま大人に棍棒で殴りかかった。
大人は全然驚かなかった。何度も叩きつけられる棍棒をそれぞれ受け止めて、反撃するでもなくゴルトゴの様子を見ている。
「逃げろネシェレカ! こいつ強いぞ!」
「駄目だよゴルトゴ! 私を助けてくれたのよ」
「はあ?」
ゴルトゴは驚いたように手を止めた。まじまじと大人の顔を見て、ネシェレカに聞いてくる。
「あれ、さっきの奴とちょっと違う?」
「そうよ。こっちは私を助けてくれたの」
「そうか。悪いことしたな」
ゴルトゴは棍棒を背負うと、ネシェレカの所に歩いてきた。ネシェレカに怪我がないことを確認して、ふうと息をひとつ。
どうしよう。ゴルトゴは自分を助けようとしてくれたのだけど、殴りかかったのは良くないことだ。どうにかしてお詫びをしないと。考えたネシェレカは、さっき拾った綺麗な石を差し出すことにした。
見たこともない紫色の石だ。これならきっと、満足してくれるはず。
事実、大人はそれに手を伸ばしてきた。許してくれるのだなと安心したところで、その手がぴたりと止まる。
「〇△×」
何か気に障ったのだろうか。体毛豊かな民と少しだけ似ている顔だちが、少しだけ歪んだ。
「×〇△」
誰かと会話をしているような言葉。こちらに問いかけているようには見えない、近くに誰かがいるのだろうか。
と、ようやく大人がネシェレカの手から紫の石を取り上げた。
何故か石を二つに割って、片方をネシェレカの、もう片方をゴルトゴの手に握らせる。
「これからも仲良くするんだよ」
「!?」
突然、大人の言葉が自分たちの言葉に変わった。
ゴルトゴも驚いているが、ネシェレカもびっくりだ。
じいっと見つめると、大人は困ったような顔をしてふわりと宙に浮き上がった。
大人が空中にずっと佇んでいた空飛ぶ岩の上に乗ると、突然岩の姿が変わった。岩ではなく、何かを彫り上げたような形。どう表現すれば良いのか、ネシェレカには分からないけど。
「お、おいネシェレカ。何だあれ」
「わかんない……」
大人を乗せた岩だったものは、ネシェレカとゴルトゴの周りをぐるりと回ると、そのまま空の果てへと上がって行く。
「お、おいネシェレカ! 行っちゃうぞ!」
「そうだね。帰るのかな」
どちらも小さくなって見えなくなるまで、じいっと見送って。
もう戻ってこないことを確認して、ネシェレカとゴルトゴは顔を下ろした。
「何だったんだ、あれ」
「わかんないよ」
残されたのは、掌に乗っている紫色の石と、仲良くするんだよという言葉だけ。
まじまじと見つめ合うネシェレカとゴルトゴだったが、ふいにゴルトゴがあっと声を上げた。
「そうだ。皆心配してんだ。帰らないとな」
「うん」
何が起きたのか、きっと聞かれるだろうなとネシェレカは思う。
どうやって説明すればいいだろう。空飛ぶ岩の話も、アザーガンよりも強そうなやつのことも。上手に説明できる気がしない。
「みんな、信じてくれるかな」
「わかんねえ。でも、あの凄い光とか、見たのは俺たちだけじゃないからなあ」
「そうだよね」
ゴルトゴは光を見て、ネシェレカの居場所が何となく分かったのだという。
この辺りはアザーガンの縄張りだったはずだけど、どうやら逃げてしまったみたいだ。あんな凄い光と音がすれば、びっくりして逃げてしまうのも分かる。
アザーガンが戻って来る前に帰ろう。ゴルトゴの言葉に頷いたネシェレカは、少しばかり足早に家族の待つ集落へと向かうのだった。




