さらばラディーア
パルネスブロージァは、小型ボディを手に入れてトゥーナが宇宙を旅する時には、自分の一部を切り分けてガイドするなどという約束まで交わしていた。
気の早い話だが、ふたりの情熱を見るとそんな日もそう遠くないかもしれない。
さて、状況はほぼ解決したと見て良いだろう。後から後からややこしい話が追加されたものだが、もう後はないはず。
何度目かのトゥーナ・ラディーア往復便を終えたカイトは、そろそろ自分のここでの役割が終わりつつあることを自覚した。
既に交渉役の宇宙クラゲから連邦議会への連絡は終わっていることだろうが、自分の報告書が連邦の他の議員から喜ばれていると知るカイトは、用意された私室で議会への報告書を仕上げる。
「じゃ、頼むよエモーション」
「了解です、キャプテン」
端末ごとエモーションに預けると、カイトは部屋の設備から連邦議会へとコンタクトを取る。
「済みません、少し遅れました。今回の宇宙ウナギの一件、報告書を送付しましたのでご確認ください」
『助かる、カイト三位市民。テラポラパネシオの方々の報告はどうしても口語での説明になるから事態の把握が困難でね……』
分かる。
むしろこれまでそんな状態でどうしていたのかと思うが、やり方は今回のカイトとそう変わらないらしい。だが、それでもカイトの報告書が喜ばれる理由は。
『特にあの方々にはファンが多い。ことさらに功績を過大に報告しては、ご本人たちからの詳細な修正が入るのはもう……』
この話も何度目だったか。報告先の窓口が変わるたびに同じような話が繰り返される。議員の皆さんは日々の職務とは無関係のところで気苦労を抱えているようだ。
『反面、カイト三位市民の報告書は公正公平と評判だ。テラポラパネシオの方々もその辺りには異論がないようだ』
「それはどうも」
カイトの場合は、自分の評価を上げる理由も、テラポラパネシオからの覚えをめでたくする理由もない――むしろこれ以上めでたくしたくない――だけなのだが。
ともあれ、これで今回の役割は全部終わった。あとは次の地球人の情報を預かってそちらに向かうだけだ。
『ああ、そういえばストマトが随分と褒めていたよ』
「ストマト代表が?」
当たり前だが、ラディーア側からも報告書が上がっている。カイトは意外とあれこれ最前線で関わっていたから時間がかかったが、ストマトは基本ずっとラディーアにいたから、報告書を仕上げるのも早かったのだろう。
それにしても、褒められたとは。ストマト代表をそこそこ顎で使った自覚のあるカイトとしては、あまり心当たりがない。
『うむ。公社との交渉で一歩も譲らない手腕や、宇宙ウナギへの対応の果断さ、ラディーアを護るための献身的吶喊。今回の平和的解決はカイト三位市民の力がなければ成し遂げられなかっただろう、とね』
「持ち上げすぎですよ。大したことはしていません」
『そうかね? だがその報告書はテラポラパネシオの方々からの修正はひとつもなかったのだが』
何でそこだけ評価基準がガバガバなんだ宇宙クラゲ。
カイトは内心で頭を抱えながら、解決には皆さんの力があってこそです、と窓口の議員に念を押すのだった。
***
「いやあ、英雄との別れは寂しいものです」
「持ち上げすぎですよ、ストマト代表。報告書でも随分と大げさに書かれたようで」
「何を仰る。類まれな名文だと議会からも絶賛されましたよ? ラディーアからの映像も添付しておりますが、特に修正はされていないはずですが」
「……そうですか」
駄目だ、このキラキラとむやみに輝く瞳には勝てる気がしない。
ストマトへの反論を諦め、エモーションを伴ってクインビーの元に向かう。
港湾部には何隻かの船と、その乗組員。せわしなく走り回る整備員たちの中に、見慣れた顔がひとつ。
「ゴロウ先生。見送りかい」
「君の見送りだよ、キャプテン」
「それはどうも」
ゴロウは随分と慣れたようで、交渉役のテラポラパネシオと何やら談笑していた。さすがにテラポラパネシオの顔の見分けはつかないが、名目上はすべて同じ個体のはずだから見分けがつかなくても大丈夫だ。多分。
『やあ、カイト三位市民。サイトー博士からは地球のクラゲについての話を聞いていたのだよ。彼は生物学者なのだってね? 彼がこれから連邦で積み上げるキャリアに興味が尽きないよ』
「クラゲ研究に連れ回すのはやめてあげてくださいね。研究テーマに地球と宇宙のクラゲの遺伝的差異とかねじ込まないように」
『何故分かった!?』
分からいでか。
隣でゴロウが苦笑しているのを見ると、どうやら既に打診済みか。
学者のテーマは自由であるべきだ、というのがカイトの持論だ。それは自由と権利を愛する連邦であればこそ特に。
『ま、まさかどこかで聞いていたのかね!? しゅ、趣味が悪いと思うのだが』
「そんなことしませんよ。皆さんの地球のクラゲへの愛着を考えれば容易に導き出せる答えだってだけで」
『ぐっ。否定したくても出来ない』
「ま、まあまあ。そのテーマにも決して興味がないわけではないし……」
「甘い顔をするべきじゃないな、先生。テラポラパネシオの皆さんはそういうところ、遠慮しないよ」
『何を言う! ちゃんと興味を持っているのは分かっているぞ!』
「勝手に心を読むんじゃないですって、嫌われますよ?」
心を読む!? と目を剥くゴロウ。やはり言っていなかったか。
いいかい、冷静になって聞いてくれと前置きをひとつ。
「超能力を駆使するテラポラパネシオと、不思議と言えば不思議だけど常識の範囲内の地球クラゲ。共通点とか調べたい?」
「い、いや。済まないが私にはちょっとレベルが高過ぎるようだ。出来ればもう少し勉強してから……」
『そんなぁ。他の個体も楽しみにしてたのに……』
触腕をだらんと垂らし、落胆する宇宙クラゲたち。いちいち欲求に対して行動がストレート過ぎるのだ。もう少し段階を踏めと思うのだが、連邦の人々はおおむね宇宙クラゲに甘いから今後も改善は望み薄だろう。
「さて。それじゃ僕は先に行きますね」
『おや、どこへだね?』
「どこへって、次の地球人を探しにですよ」
『まだ仕事は終わっていないだろう?』
「え?」
首を傾げるカイトに、宇宙クラゲは触腕を頭上に向けた。見上げた先には当たり前だがトゥーナの巨体。
融和的共存の道も開けた。公社との対立方針もなくなった。ついでに公社からの連邦への移住確認も取れた。報告書も提出した以上、カイトがこの場でするべきことはひとつもない。
「トゥーナさんがどうかしました?」
『ここに待機させておくわけにもいかないからね、中央星団まで送り届けることになった。随伴の依頼が出ていると思ったが?』
「はぁ?」
エモーションの方を振り返ると、エモーションが首を横に振りかけてぴたりと止まった。
「キャプテン・カイト。今しがた依頼がねじ込まれました。公社と連邦の連名での、正式な依頼です。連邦議会の承認も……今来ました」
「うげ」
先手を打たれた。顔がないくせにドヤっている宇宙クラゲが憎い。
なるほど、テラポラパネシオがここにいたわけだ。クインビーがここにある以上、カイトを必ず捕まえることが出来る。
まあ、少しばかり仕事が増えただけだ。ゴロウと姉君の感動の再会を冷やかしてから出ればいいかと意識を切り替える。
「ゴロウ先生は連邦までどうやって行く予定だい?」
「うん。一応まだ公社の籍があるからね。旗艦に乗せてもらうことになった」
「そっか。それじゃ、もうしばらく一緒になるかな」
「?」
首を傾げるゴロウと、器用に体を斜めに傾ける宇宙クラゲ。あんたそれ必要ないだろう。
「宇宙ウナギに随伴するなら、どうせ公社の船に乗せてもらうことになるからね」
何しろ、連邦まで宇宙ウナギを送るのは公社の仕事になるからだ。




