唯一無二の希少生物
公社の総旗艦がナミビフ恒星系の外に出現したという報は、それなりの驚きをラディーアにもたらした。
支社長クラスではなく、公社を統括する社長が現れたことになるからだ。連邦で言えば議員クラスの人物が突然現れたことになる。いかに人工天体の責任者と言えど、ストマトには少々荷が重かったようだ。
交渉役の宇宙クラゲがラディーアへの受け入れをストマトに進言したことで、混乱自体は早期に収束した。程なく公社側からラディーアへの寄港を希望する旨の連絡が来たが、ストマトは無難に対応している。
『公社の社長が来るとは。あれが本拠を動くとは思っていなかったが』
「何か因縁でも?」
『いや、いささか変わっているが悪い者ではないよ。彼らが連邦から離れたのは連邦議会と意見の相違があったからだが、実に円満な形で離脱している』
「ふむ」
宇宙クラゲは特別、公社に対して思うところはないようだ。それにしても、連邦から離れる決断をさせるほどの意見の相違とは何だったのか。連邦という組織は、実に寛容に市民の権利を守るという印象しかない。
そんな連邦でも背負い切れないと思った、公社の意見とは一体。
「社長が来るほどの要件となると、考えられるのはまあ……」
視線を向けたのは、ラディーアの外に佇むトゥーナだ。恒星系の外から近づいて来る船団とこちらを交互に見ながら、あれは敵ですかとテレパシーを送ってくる。どうやら敵ではないようなので攻撃しちゃ駄目ですよと伝えると、分かりましたと返事があってラディーアの後ろに移動するのが見えた。
『トゥーナ氏を引き渡せ、という内容であれば突っぱねるほかないのだが』
「そんなこと言いますかね? トゥーナ氏の意向を無視してまで連れて行こうとか考える方たちなんです?」
『うむ……どちらとも言えない。なんというか、こう。頑固なのだよ、ものすごく』
「頑固」
『言い出したら聞かないというかね。希少種族の保護が素晴らしいことだと信じてやまないのだ、自分が希少な種族として保護された経験から』
「まあ、素晴らしいことではありますよね」
言い淀む宇宙クラゲ。余程のことがない限り、相手を悪く言うことのない宇宙クラゲが言い淀んでいるということは、悪くはないが困った相手、という認識なのだろうと推察できるが。
カイトのそんな予測を裏付けるように、宇宙クラゲが続ける。
『そうだな。だが、保護への考え方が少々……カイト三位市民の星の言葉で表現するなら、ドライなのだよ』
「ドライ」
宇宙クラゲから地球的な表現を聞かされると、何となく脳がバグる気がするのは気のせいだろうか。いや、彼らは観察の間に地球の言語を勉強していたというから知っていても不思議ではないのだけど。
『例えば、公社は非合法なマーケットで希少種族を買い取ることも辞さない。君の同胞はそうやって公社に保護されたわけだが』
「はい」
『公社の中で希少種族が繁殖し、絶滅の危険性がなくなる程度の人数を保護するまでは、彼らはそれは熱心に金を費やす。だが、その定数を超えた時点で、公社は買取を打ち切るのだね』
たとえ、全員買い取ってしまえるだけの予算があっても、彼らはそうしないのだという。その事実が、保護した者たちに公表されることはない。予算があっても買わなかった、などと言えば反感を買うのは分かっているからだ。
そのため、希少種族の買取には、公社に強い忠誠心を持っているスタッフが当たるのだ。公社の持つドライさを受け入れられる精神こそが、公社に求められる人物像なのだろう。
『公社は、保護した希少種族に、自身の買い値を貸し付けとして返済させる。まあ、毎回の返済額は決して高くはないし手元に娯楽を楽しむ金額も残るようだから、特に嫌がられることはないようだが』
「でしょうね。あちらの船で出会った地球人はそうしてもらった方が安心するようでした」
貨幣経済に慣れていると、連邦の考えというのは異質に映る。軽々に信じられないのも無理はないと思う。カイトが比較的簡単に順応できたのは、自分に施された教育や環境の関係で、貨幣経済に向き合う機会が他より少なかったからかもしれない。
だが確かに、聞いているとあまり情を感じられない対応のように思える。保護するという行為自体が目的で、希少種族の顔には興味がないと言うような。
『それも仕方のないことではある。彼は我々が知る限り、この銀河に無二の希少生物だからね。そういう意味ではカイト三位市民と同じくらい希少だ』
「僕が引き合いに出される理由がよく分からないのですが?」
『うむ、連邦には『超能力研究会』を名乗る組織が存在するのだが』
「はあ」
『彼らの研究で先ごろ、アースリングは超能力への素養が高いわけではないことが立証された。つまり、カイト三位市民の我々に優るとも劣らない超能力適性は、カイト三位市民が特別に持っていた才能ということになる』
「……暇な人、多いんですね」
何だその研究。口ぶりからして、どう考えても宇宙クラゲが後援している。
『そのため、現在研究会ではカイト三位市民がアースリングの突発的突然変異体であるのではないかという研究が始まっている。アースリングではなく、銀河唯一の特殊知性体カイトとして種族登録すべきではないかと――』
「やめていただけませんか!?」
何を勝手に人のことを地球人から逸脱させようとしているのか。
確かに自分でも、超能力を使っている時は人間離れしているなあ、とか感じなくもないけれども。自覚するのと指摘されるのとでは感じ方も違うというものだ。
『まあ、そんなわけで。おそらく公社の社長はトゥーナ氏の件と同じくらい、カイト三位市民と会ってみたくなったのではないかな』
「……まさかとは思いますが」
『公社の社長は超能力研究会の外部顧問だ』
「あのですねえ」
公社の社長がここに現れる理由が、まさかの公私混同という可能性が出てきた。
宇宙クラゲの『どちらとも言えない』という言葉の意味するところが、まさか目的が宇宙ウナギかカイトか分からないという意味だとは。
なんだかとっととクインビーで逃げ出したい気分になりながら、カイトは大きな溜息をついてこらえた。
***
ラディーア港湾部。社長の乗ってきた船以外に、十隻程度がラディーア内部まで同行してくる。他の大船団は、ラディーアの外周部で待機だ。連邦側も公社に敵意がないことを示すためか、一時的に壁面を透明にしている。
トゥーナがどことなく公社の船団に警戒を見せているのが、奇妙にユーモラスに見えた。
「オヒサシブリデス、テラポラパネシオ」
聞こえてきたのは、テラポラパネシオよりもいささか機械音じみた声だった。
着陸した船団の中央、社長の船が開き、何かが率先して降りてくる。
一見するとそれは、どことなくタカアシガニに見えた。また海産物の類かと警戒したカイトだったが、近づいてくる音と様子に、そうではないと気付いた。
機械だ。足が何本もある、下半身だけのロボット。蟹のように奇妙にぎこちなく動きながらこちらに向かって来る様子は、端末に保存されている古典ムービーの一節のようで。
『ああ、久しぶりだなパルネスブロージァ』
「レンポウノ、ミナサマ。オハツニオメニカカリマス。コノミハぱるねすぶろーじぁ。コウシャのダイヒョウヲシテオリマス」
がしゃん、ごしょんと音を立てながら。パルネスブロージァと名乗る公社の社長がストマトに脚の一本を差し出した。
ストマトが恭しくその脚を握ると、パルネスブロージァの体が軽く上下した。
「オミグルシイトコロヲ、モウシワケナクオモイマス。コノミハ、アルクトイウキノウニツイテ、リカイガタリテイナイノデ」
「はい、お気遣いなく」
「ソレデ、カイトエネク・ラギフハドチラニ?」
連邦の全員の視線が、カイトに集中する。
まさか本当にこちらが目的だったとは。
「初めまして、パルネスブロージァ社長。カイトです」
「ハジメマシテ、カイトエネク・ラギフ。ワタシハアナタニオアイシテミタカッタノデス」
「お会い出来て光栄です」
今からでもクインビーを呼び出して逃げちゃおうかな。
強く迫りくる面倒ごとの予感。カイトは引きつる笑顔で差し出された脚を握りながら、かなり真剣に逃亡を検討するのだった。




