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社交怪談 ~夜職には〈その先〉がある~  作者: 水山天気
第1章 夜の店、ラビットコーナー

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面接試験

 金城が口を開く。

「ならここからは、金を貸した側と借りた側の話になるよ。まずは返済計画だ」

「はい。わたしは今、無職です」

「知ってる。仕事について話そうか。できるだけ早く返せるようにします、と言ったな。だったら夜の仕事になる。おれが直接紹介するわけじゃないが、選択肢については——」


「待て」


 声。

 おそろしく深い、重みのある声が部屋に響いた。

 声の出た方向がわからないほど響く。

 金城が即座に口を閉じて右を向いた。

 机で書き物をしていた老人の声だったらしい。


 老人は左に顔を向けて言った。

「テンカ、おまえの意見は?」

 テンカと呼ばれた男——脇の机でキーボードを叩いていた背の高い男が顔を上げ、「まあ、度胸(どきょう)の他に何があるのかって話になりますが」と言った。

 そして、こちらを見た。

 朱利の眼をまっすぐ見ている。眼が合ってしまった。

 (くら)い眼だ。

 金城よりずっと怖い。

 距離は離れているはずなのに、間近で顔を観察されているような気がする。

 相手の感情はまったく読み取れない。この男に、交渉の道具としてのサングラスは必要ないだろう。

 冥いところから一方的に見られている。

 体が動かない。情報を与えたくない。

 その真っ黒な瞳から、視線を切ることもできない。


「目を閉じろ」

「え?」

「そのまま目を閉じろ」

 とテンカが言った。

 朱利は言われたとおりに目を閉じる。

 闇。

 むしろ安心する。

 テンカの声がまぶたに当たる。

「目を閉じたまま、この部屋に何があったか言ってみろ」

「……え?」

「おぼえている物を全部」

「あ、はい。ソファ。テーブル。アームチェア」

「テーブルの上には何がある?」

「スマホ。湯呑み。布巾。手帳」

「湯呑みの数」

「三つです」

「よし。それから?」

「日本酒の瓶が1本。灰皿が1枚」

「灰皿の中には?」

吸殻(すいがら)が2本」


「おお」という声が聴こえた。金城の声だ。


 テンカが言った。

「続けろ」

 動画はまだ頭の中に残っている。

 奥の老人の手元にある物を並べあげていくのはなんとなく気が引けたので、それ以外の物から手をつけることにした。

「エアコン。時計。金庫。キャビネット。ロッカー。鍵束。鍵の数はわかりません。傘立(かさたて)に傘が4本。隣の筒に木刀が2本。壁にカレンダー。東アジアの地図。周期表」

「奥の壁には?」

水墨画(すいぼくが)。舟の絵、ですか?」

「字も書いてある。読めたか?」

「みわたせば花も紅葉(もみじ)もなかりけり」


「おいおいおい」

(きも)がすわってるなんてもんじゃないですよコレ」

 また周囲から声が聴こえる。


「床の上に、ちがったらごめんなさい、黒いゴミ箱みたいな物が一つ。それから壺が二つ。岩が一つ。あと、バス停?にあったりする標識の、下の部分だけみたいな……」

「わかった。もういい。終わりだ」

「はい」

「目も開けていい」

 朱利は目を開け、答え合わせをした。

 周囲の男たちの表情が変わっていた。にこやかな、楽しそうな顔になっている。


 しかし、テンカの顔だけはそのままだった。無表情なまま、こちらをじっと見つめている。

 彼はそのまま口を開き、老人に言った。

「オヤジ。この女、おれの店にください」

「ほしいか」

「はい」

「そういえばおれも、有能な秘書がほしかったんだよなあ」

「勘弁してください。それに、有能かどうかまではわかりませんよ」

「とはいえ、ほしいんだろ?」

「はい」

「物おぼえがいいだけで、キャバ嬢がつとまるか?」

「おれの店はキャバクラじゃありません」

「あー、そういうテイな」

 老人の声は楽しそうだ。普通の人の声とはまったくちがう、深くて強い声。大きな動物が気持ちよさそうに(のど)を震わせている。そんな声だった。

 彼は言った。

「よし。おまえの思うようにしてみろ」

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