僧兵の資質
——そういうことだったのか。
朱利はようやく、この寺と夫の関係を知った。
夫が他の女とどこかへ行ってしまったのは知っていたが、
——逃げていたのか。
借金。
3千万。
保証人?
「……その」
「はい」
「借用書、あるんですよね?」
「ありますよ。こっちで保管しています」
そう言って金城は、部屋の奥にある金庫のほうを見た。
朱利はすぐに尋ねる。気になって仕方がない。
「保証人というのは、誰なんですか?」
「旦那さんのお母様です」
「……!」
なんてことを。
なんてことをするんだあの人は。
「旦那さんのお母様——朱木典子さんには持ち家がありますね」
「はい……」
義母と義妹が二人で暮らす家。
義母がその家をどれだけ大切に手入れしていたか、朱利はよく知っている。昨年、典子が入院してからは、義妹よりも時間に余裕のある朱利が、掃除や庭仕事をしに行っている。そのたびに、典子が家に注いできた手間と愛情を思い知らされてきた。
「妹さんがおっしゃるには」と金城が言った。「その家だけは取り上げないでほしいと。こちらとしては、お母様と直接お話ししたいのですが」
「義母は今、入院しています」
「ええ。退院はいつごろになりますか?」
「……わかりません。わからないんです」
いつか義母が病院を出た時、どこに帰るのか。
あの家に帰らせてあげたい。
「わたしが返します」
と朱利は言った。
「その借金はわたしが、少しずつ、働いて返します。待っていただけますか?」
「長く待つわけにはいかないんですよ。他の寺から差し出された債権をいつまでも回収できないようではカッコウがつかない。血を流して取った獲物は残さず食い尽すのが我々の流儀です」
そう言って金城は凶暴な笑顔をつくり、歯をむきだした。
太い首の皮膚を、太い腱が押し上げている。
これが、僧兵の本当の顔か。
膝が震える。脚が逃げたがっている。
それでもやはり、
「できるだけ早く返せるようにします」
「どうやって? 奥さんに財産がないことは知ってます。働くと言ったって、早く返してもらうなら辛い仕事になりますよ。耐えられる保証もない。こちらとしては、すぐに土地と家をもらったほうが面倒がなくていい」
「なぜそうしなかったんですか? 借用書を見せてください。本当に、本人のサインがあるんですか?」
義母は最近、意識がはっきりしていることもあまりない。夫の保証人になったのがいつのことなのかは知らないが、夫もしくは「A社」とやらが不正な書類を作りあげた可能性がある。
「奥さん」
金城が冷たく重い声を発した。
「我々は回収すると言ったら必ず回収する。これは絶対だ。法律より重い。だが、病人を打ちのめすようなことは避けたいと思っているし、できれば互いに納得の上で、禍根を残さずに終わらせたい。だからこっちはまず、妹さんとアンタに話をしてるんだよ」
「その点については感謝しかありません。ありがとうございます」
「お、おう」
「よくわかりました。これはもう、法律の話じゃないんですね」
「そういうことだ」
「じゃあ、夫の借金はわたしの借金だということにしてください。必ず返します。そのかわり、お義母さんと栞さん、それからお義母さんの息子には手を出さないという条件で」
「……アンタ正気か?」
「お寺の方は、口約束を信じませんか? 正常なことしかしませんか?」
「いや、口約束は重いよ。わかってるのか?」
「お義姉さん!」
栞が割って入った。朱利の右手に自分の手を重ねて揺する。
「やめてください! おかしいですよ! なんでお義姉さんがそこまで」
「栞ちゃん。わたし、80歳までは生きるつもりなんだよ」
「え……?」
「これからあと50年以上。ここでお義母さんと栞ちゃんを見捨てて、それから50年生きてくの? 守さんのこと、見て見ないふりをしていた責任を感じながら? ムリでしょ」
「……」
「栞ちゃんは、お義母さんのことをしっかりね。なるべくショックを受けないようにしてね。大丈夫?」
栞は朱利の手を握ったまま、理解できないという顔をしている。
まだ付き合いが短い。
いや。朱利自身も、自分がこんな場に直面するとこんな気持ちになる人間だとは知らなかった。




