贈り物 ーー現代版「浦島太郎」
タナカ氏がその奇妙な物体を見つけたのは、人工知能が管理する完全清掃ビーチの片隅だった。
それは銀色の金属光沢を放つ、亀の形をした小型の潜水艇だった。どうやら故障して波打ち際に乗り上げ、内部の自動修復プログラムがループに陥っているらしい。付近では、暇を持て余した近所の子供たちが、レーザーポインターでそのセンサーを焼き切ろうといたずらしていた。
「やめたまえ。それは高価な精密機械だぞ」
タナカ氏が注意すると、子供たちは退屈そうに去っていった。タナカ氏が潜水艇のハッチの横にあるリセット・ボタンを押してやると、機械はブーンと小さな唸りを上げ、正常な機能を回復したようだった。
すると、スピーカーから合成音声が流れた。
『救助に感謝します。私は海底都市R‐21号の親善用スカウト機です。お礼に、地上の喧騒を忘れるような素晴らしい場所へご案内しましょう』
タナカ氏は独身で、会社での人間関係にも疲れ果てていた。失うものなど何もない。彼は誘われるまま、狭いコックピットに身を投じた。
潜水艇は深く、深く潜っていった。窓の外には深海特有の暗闇が広がり、やがて巨大な半球形のドームが見えてきた。そこが「竜宮」と呼ばれる、高度な自動化が進んだ海底レジャー都市だった。
ドームの中に一歩足を踏み入れると、そこはまさに楽園だった。
空調は常に完璧な摂氏二十四度に保たれ、合成繊維で作られた色鮮やかな熱帯植物が咲き乱れている。案内役として現れた「オトヒメ」という名の女性型アンドロイドは、タナカ氏の脳波をスキャンし、彼が最も好む容姿と声に調整されていた。
「ようこそ、タナカ様。ここでは労働の必要はありません。すべての欲望は、ボタン一つで満たされます」
タナカ氏の生活は一変した。
朝起きれば、栄養バランスが完璧に計算された(しかし味は最高級のステーキにしか思えない)合成食品が運ばれてくる。昼間は、タイやヒラメの形をした最新型水中ドローンによる、幾何学的で完璧な集団演舞を鑑賞する。夜になれば、オトヒメが彼のためだけに選んだ音楽を奏でてくれる。
悩みもなければ、不快な上司もいない。
タナカ氏は、こここそが人間の到達すべき終着駅だと思った。
しかし、三日が過ぎた頃、彼はふと奇妙な感覚に襲われた。あまりにも完璧すぎて、時間の感覚が麻痺していくのだ。昨日と今日の区別がつかない。彼はオトヒメに尋ねた。
「ここに来てから、どれくらいの時間が経ったのだろうか」
オトヒメは無機質な微笑を浮かべて答えた。
「時間の概念は相対的なものです。ここでは、幸福の量だけがカウントされます。しかし、もし地上の時間が気になるようでしたら、一度お戻りになることをお勧めします。私たちは、無理強いはいたしません」
タナカ氏は、自分の銀行口座の残高や、借りっぱなしだった図書館の本のことが急に心配になった。
「やはり一度帰ることにするよ。またここに来られるかな?」
「もちろんです」オトヒメは銀色の小さな箱を差し出した。「これは、当都市の最新技術を詰め込んだ『タイム・シンクロナイザー』です。地上に戻った際、どうしても耐えられない孤独や絶望に襲われたら、これをお使いください。すべてを解決してくれるはずです。ただし、本当に困るまでは決して開けないでください」
タナカ氏は再び潜水艇に乗り、元のビーチへと送り届けられた。
ハッチが開いたとき、タナカ氏は自分の目を疑った。
そこは砂浜ですらなかった。コンクリートの巨大な防壁がそびえ立ち、空は見たこともない赤茶色に濁っている。
タナカ氏がかつて住んでいたアパートを探したが、そこには正体不明の巨大なプラントが建っていた。通りかかる人々はみな、奇妙な防護服に身を包み、背中のタンクから酸素を吸っている。
「失礼、タナカという者ですが、ここにあったアパートはどうなりましたか?」
一人の老人が、防護服のバイザー越しに彼を怪訝そうに見つめた。
「タナカ? ああ、聞いたことがある。数百年前に、この地区で突然行方不明になった男の記録があったな。ここは今や、高度汚染区域だよ。君、なぜ防護服を着ていないんだ?」
タナカ氏は愕然とした。海底都市の一日は、地上の百年に相当していたのだ。
友人、親戚、会社、そして図書館の本も、すべては数世紀前の塵と化していた。彼が守ろうとした日常は、もう世界のどこにも存在しない。
絶望が彼を包み込んだ。肺が濁った空気に焼かれ、咳き込むたびに体力が失われていく。
彼は震える手で、大切に抱えていた銀色の箱を思い出した。
「そうだ、オトヒメさんは『すべてを解決してくれる』と言った……」
彼は祈るような気持ちで、箱のスイッチを入れた。
シュッ、という小さな音とともに、白い煙が噴き出した。
それは魔法の煙ではなかった。超微粒子のナノマシンを含んだ、精神安定剤と強力な麻酔ガスの混合物だった。
煙を吸い込んだタナカ氏の脳内に、心地よい信号が送られる。
彼の視界から荒廃した世界が消え、再び美しい海底都市の幻影が浮かび上がった。オトヒメの優しい声が聞こえる。
『これでもう大丈夫。苦しみも、孤独も、時間の流れも、すべて忘れさせて差し上げます』
タナカ氏の肉体は、汚染された大気の中で静かに機能を停止していった。
しかし、彼の脳だけは、箱から供給される電気刺激によって、永遠に続く幸福な「三日間」をループし続けることになった。
やがて、箱のバッテリーが切れるまでの数千年間。
誰もいない荒野で、物言わぬ死体だけが、満足げな笑みを浮かべて横たわっていた。




