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6.舞踏会の再会

社交界パートです。

ロンドンの夜は、カルカッタよりも冷たい。


王立音楽堂を改装した晩餐会場には、白い花と金の燭台、そして議会関係者の笑顔が並べられていた。


エレノア・ハーグリーヴス総督は、中央の席に立っていた。


その左隣。

婚約者。


Lady Charlotte Fairchild


象牙色のドレス。

首元の真珠。

完璧な姿勢。


「――皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」


拍手。


政治家の拍手。

投資家の拍手。

新聞社主筆の拍手。


それは祝福というより、承認音だった。


「このたび、フェアチャイルド家とハーグリーヴス家は――」


シャーロットが、わずかにエレノアの肘に指を添える。


優雅。

だが強い。

逃げ場のない圧力。


「――帝国の将来に資する結びつきを得ることになりました」


さらに拍手。


誰も「愛」など求めていない。

必要なのは票と港と兵站線だけだ。


会場の端。


アーシャ・ラオ少佐は、近衛将校として警備に立っていた。


制服。

剣帯。

無表情。


彼女の視線は、決して中央に向かない。


命令されていない。

見てはいけない。

そう定められている。


それでも、音だけは否応なく届く。


拍手。

笑い声。

祝辞。


すべてが、遠い砲声のようだった。


「あなたの副官、とても優秀ね」


シャーロットは囁いた。

口元は微笑んだまま。


「インド人将校をここまで引き上げるなんて、勇気ある決断だわ」


「能力を評価しただけ」


エレノアの返答は短い。


「素敵」


シャーロットは頷く。


「私、植民地投資委員会の理事も務めているの」


「知っている」


「兵站道路と徴兵制度の改革案、もう議会に提出しているわ」


一拍。


「あなたの署名があれば、来月には可決」


それは取引ではない。

所有権の確認だ。


「……私の政策に口を出す気?」


シャーロットは首を傾げる。


「いいえ」


微笑む。


「“共有”するだけ」


指先が、エレノアの手袋に重なる。


軽い接触。

しかし離れない。


「あなたは帝国の象徴。私は帝国の管理者」

「あなたの孤独も、あなたの罪も」

「すべて含めて、私の管理対象よ」


エレノアは微動だにしない。

だが、指は僅かに震えた。


「……私を愛しているの?」


「ええ」


即答。


「だから、国家に捧げるの」


その瞬間。


エレノアは、無意識に命じていた。


「……少佐」


声は小さい。

だが、軍人には十分だった。


アーシャが一歩前に出る。

視線は伏せたまま。


「私の後ろに立ちなさい」


命令。


彼女は従う。


一歩。

距離、半歩。


それだけ。

触れない。

触れられない。


「……顔を上げなさい」


命令。


アーシャは、初めてエレノアを見る。


ほんの一瞬。

そして視線を落とす。


それだけで、十分だった。


「……忠誠を」


シャーロットが微笑む。


「素晴らしい制度ね」

「命令がなければ、視線すら許されない関係」

「とても健全」

「帝国的だわ」


アーシャは何も言わない。

言えない。

命令されていない。


エレノアの声が震える。


「……少佐」


「はい、閣下」


「ここに立て」


命令。


「私の影として」


「……はい」


それは愛ではない。

庇護でもない。

配置だった。


政治的配置。

精神的拘束。


シャーロットは満足そうに頷く。


「完璧な配置ね」

「あなたも、彼女も、帝国の部品」

「それが一番、美しい」


音楽が再開する。


ワルツ。

笑顔。

祝福。


アーシャは、エレノアの半歩後ろで直立したまま動かない。


命令がない。

瞬きすら、慎重になる。


エレノアは前を向いたまま、低く言った。

誰にも聞こえない声で。


「……触れたい?」


アーシャは、呼吸だけ乱した。


「……命令があれば」


「……今は出さない」


「……はい」


それだけで、彼女は立っていられた。


帝国がそう設計しているから。

群衆の中でしか、近づけない距離もあります。

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