第4話:重圧の錬金術(あるいは、握力だけで稼ぐ方法)
地下生活が始まって一週間。 勇とセレナの間には、ある「切実な問題」が浮上していた。
「……勇。言いづらいんだけど、我が家の家計が火の車よ」
勇の膝の上を定位置にしているセレナが、手元の小さな羊皮紙を見つめて溜息をついた。
「え、女神なんだから金くらい魔法で出せないのか?」
「無理よ。天界の通貨とこの世界の通貨は別だし、勝手にお金を作ったら偽造罪で神罰が下るわ。それに、貴方のための特注の石材や、高カロリーな食事のせいで、私のなけなしの貯金が底をつきそうなの……」
勇の12倍の身体は、燃費も最悪だった。ただ座っているだけで凄まじいエネルギーを消費するため、セレナは毎日大量の肉や野菜を買い込んできているのだ。
「……何か、俺にできることはないか? 一歩も動けなくても、手だけならなんとか動かせるし」
「手? ……そうね。貴方のその『12倍の密度』と『異常な筋力』。これを活用しない手はないわ!」
セレナはパッと顔を輝かせると、地下倉庫の隅からゴロゴロと「石炭の塊」をいくつか持ってきた。
「はい、これ。これを全力で握ってみて」
「石炭? 何に使うんだよ」
「いいから! 私が腕にしがみついて位相を安定させてる間に、ありったけの力で、ギュッと!」
勇は半信半疑ながら、右手に黒い石炭の塊を乗せた。セレナが勇の右腕を全力でホールドし、衝撃波が外に漏れないようにリミッターを全開にする。
「……いくぞ」
勇が指に力を込める。 ミシミシ、という嫌な音が勇の指の骨から……ではなく、握られた石炭から響いた。 勇にとっての「全力」は、この世界の物理法則を容易に無視する。一平方センチメートルに数千トンという、深海をも超える超高圧が、石炭という炭素の塊に叩き込まれた。
バキィィィン!!
勇の拳の間から、まばゆい光が漏れ出した。 恐る恐る手を開くと、そこにあったのは黒い石炭の欠片ではない。
「……透明な、石?」
「ビンゴ! ダイヤモンドよ! しかも、この世界の天然物なんて比較にならないほど高純度なやつ!」
セレナが飛び上がって喜んだ。 炭素に圧倒的な圧力をかけて結晶化させる――地球の科学知識と、異世界の物理を超越した「12倍の重力」が成し遂げた、力技の錬金術だった。
「これ一つあれば、しばらくは特注の石造りハウスも、最高級のステーキも買い放題よ! すごいわ勇! 貴方は歩く造幣局ね!」
「……勇者っていうより、もはやただのプレス機だな」
勇は苦笑しながら、手の中の輝きを見つめた。 自分は世界を壊すだけの厄介者だと思っていたが、この重さにも使い道がある。その事実は、平均的な男としての自尊心を少しだけ回復させてくれた。
「よし、じゃあ次はこれを試しましょう! この鉄屑を握って、世界一硬い『釘』を作ってみて! 地下の床を補強するのに必要なの!」
「おい、調子に乗るなよセレナ。……リミッター、外れてるぞ」
「あわわっ! ごめん、つい嬉しくて! ほら、もう一度ぎゅーってしてあげるから!」
再び訪れる、女神の密着と柔らかな感触。 ダイヤモンドよりも、今の勇にとっては彼女の体温の方が、ずっと価値があるように感じられた。




