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第28話:高密度の波紋、あるいは嫉妬する花々


 浮遊大陸エリュシオンでの生活が始まって数週間。勇は、この大陸特有の「重力中和」の恩恵を受け、かつてないほど穏やかな日々を送っていた。  だが、平均を愛する勇の願いとは裏腹に、彼の周囲では「平均外」の現象が起き始めていた。


「……なぁ、セレナ。気のせいか、この広場の花、昨日より三倍くらいデカくなってないか?」


 勇が、毎日午後に腰を下ろして読書をしているベンチの周りを指差した。  そこには、もともと可憐な高山植物が咲いていたはずだが、今や勇の背丈ほどもある巨大な極楽鳥花のような植物が、毒々しいほど鮮やかに咲き誇っていた。


「……あら、本当。それどころか、この子たち……さっきから勇の動きに合わせて、花の向きを『追っかけ』てない?」


 セレナが魔導書をかざし、その植物を解析する。


「驚いたわ……。勇、貴方の身体からは、リミッターで抑えきれない『高密度の魔力(生命力)』が常に微漏洩しているのよ。この大陸の植物は、その圧倒的なエネルギーを吸収して、数百年分の進化を数日で遂げちゃってるみたい」


「師匠! 見てください、この雑草を! 私が踏んでも千切れないほど、鋼のように硬質化しております! まさに師匠の密度に感化された、武人の草でありますぞ!」


 ヒルダが抜こうとした草は、勇の質量を模倣したかのように「超高密度化」しており、引き抜くどころか地盤と一体化していた。


「……ちょっと、この子たち。図々しいわよ」


 リネットが琥珀色の瞳を険しくして、巨大化した花に詰め寄った。  花は、リネットを威嚇するように「シュッ」と甘い香りの霧を吹きかける。


「……勇。この花、貴方が移動するたびに花びらを震わせて、寂しそうな音を出してるわ。完全に貴方を『養分』じゃなくて『太陽』か何かだと思ってるわね」


「俺、ただの人間なんだけどな……」


 勇が困り顔で、巨大な花の茎をそっと撫でた。  すると、花は悦びに震えるように発光し、勇の手にすり寄ってきた。その様子は、まるで主人の帰りを待っていた犬のようだ。


「……ムカつくわね。植物の分際で、勇に甘えるなんて百年早いわよ!」


 セレナが嫉妬を剥き出しにして、勇の背中に飛びついた。


「左様であります! 師匠に触れて良いのは、私たち特権階級の仲間たちだけ! 花ごときに師匠の貴重な質量を分け与えるなど、言語道断!」


 ヒルダも対抗するように勇の右腕を抱え込む。


「……ふふ。じゃあ、私がこの花たちを風でどかしてあげる。勇に触れていいのは、私だけなんだから」


 リネットが翼を広げ、冷たい突風を巻き起こす。  だが、勇のエネルギーを吸った植物たちは、リネットの風すらも「心地よい」とばかりにさらに葉を広げ、勇を囲むように「天然のシェルター」を作り始めた。


「おい、待て! 囲まれてる! 出られないぞ!」


「いいじゃない、勇! このまま植物たちに隠れて、四人で仲良くお昼寝しましょう?」


「……セレナ様、良い提案ですな! 師匠を独占できる天然の寝室……悪くありません!」


「……私も、賛成。外から見えないなら、もっと大胆になっても大丈夫だものね」


 植物の異常成長さえも、三人は自分たちの「独占欲」のために利用し始める。  物理的な重さから解放されたはずの勇だったが、今度は「巨大化した生態系」と「三人の愛」という、二重の過密状態に閉じ込められることになった。


 勇の周囲で狂い咲く花々は、まるで彼の数万倍の人生を祝福するように、いつまでも強く、重く、甘い香りを放ち続けるのだった。

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