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第27話:浮遊大陸の朝、あるいは三色のお世話競争


 浮遊大陸エリュシオンの朝は、地上よりもずっと穏やかだった。  勇は今、拠点として定めた古代遺跡の中庭で、自らの手で「茶」を淹れていた。


「……ああ、これだよ。自分の重さでカップが砕けない。注いだお湯が重力異常で飛び散らない。なんて素晴らしいんだ……」


 平均的な日本人として、ごく普通のモーニングルーティンをこなせる喜びに、勇は人知れず涙を流していた。地上の拠点(地下倉庫)では、常に誰かに密着され、食事すら「あーん」で済まされていた日々が、もはや遠い昔のようだ。


 だが、その背後に忍び寄る三つの影があった。


「勇! そのお茶、茶葉の選定が甘いわ! 女神である私が淹れた『聖水茶』を飲みなさい!」


 セレナが魔導書を片手に、光り輝くティーポットを差し出す。


「いいえセレナ様! 師匠の健康を管理するのは、一番近くでその筋肉を支えてきた私の役目! 師匠、この私が野山を駆け回り、自らの手で絞った新鮮な魔牛バイコーンのミルクをどうぞ!」


 ヒルダがジョッキ並みのコップを勇の鼻先に突き出す。


「……二人とも、朝から暑苦しいわよ。勇、こっちに来て。私の翼で、夜の間に冷えた貴方の身体を温めてあげる」


 リネットは当然のように勇の背後に回り込み、ふわりとした翼で彼を包み込む。  以前は「飛ばされないための重し」だった彼女の抱擁は、今や「100%純粋な愛情」による拘束へと進化していた。


「……みんな、ありがとう。でもさ、俺、もう一人で歩けるし、食事もできるんだ。そこまで世話を焼かなくても……」


「「「それがダメなのよ(であります/のよ)!!」」」


 三人の声が重なった。


「いい? 勇。貴方の重さは、私たちの『絆』だったの。重さがなくなったからって、ハイそうですかって離れられるわけないでしょ!」 「左様であります! 物理的な重さが消えた今こそ、心の重み……すなわち愛の深さを証明する時なのです!」 「……そうよ。貴方が軽くなった分、私たちがもっともっと、貴方に『重い』愛情を注いであげないとね」


 勇は、三人の熱っぽい視線にたじろいだ。  物理的な重力からは解放されたが、彼女たちの「お世話」という名の独占欲は、重力1/1200の世界においてはあまりにも「重すぎる」ものだった。


 その日の昼下がり、勇は「一人でトイレに行く」という、長年の悲願を達成しようとした。  しかし、トイレの扉の前には、なぜか三人が整列していた。


「……何してるんだ?」


「何って、護衛よ。貴方、一人で入って中で転んだりしたらどうするの? 浮遊大陸の反重力が急に乱れるかもしれないでしょ?」 「私が中で、師匠の服の着脱をお手伝いいたしますぞ!」 「……私は、外で風の流れを監視して、貴方が『飛ばされないか』見守ってあげる」


「……だから、もう飛ばされないって言ってるだろ! 平均的なプライバシーを返してくれ!!」


 勇の絶叫が、美しき浮遊大陸の空に響き渡る。  物理的な「一万倍の質量」というハンデを克服したはずの勇だったが、彼を巡る三人の「愛の包囲網」は、重力中和クリスタルをもってしても解決できない、世界で最も難解な工学的問題となっていた。

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