第26話:浮遊大陸の平均生活(ただし愛情は質量一万倍)
浮遊大陸エリュシオン。 ここでは勇の「1万4400倍の質量」が完全に中和され、彼はついに一人で大地を踏みしめ、一人で立ち、一人で歩けるようになった。
「……はぁ。やっぱり、こうして一人で散歩できるのが、一番落ち着くな」
勇は大陸の中心にあるクリスタル広場の周りを、ゆっくりと散策する。 足元が沈むことも、地面が震えることもない。空気を吸っても体が浮き上がることもなく、ただ平均的な男としてそこに存在できる。
だが、安寧は長く続かなかった。
「勇! どこに行ってたのよ! 朝食の時間なんだから、勝手にうろつかないで!」
セレナが仁王立ちで駆け寄ってきた。その手には、湯気の立つ焼きたてのパンが乗ったトレイが。
「師匠! 私が朝食の支度を任されている間、無駄に徘徊なさるとは! 師匠のお世話は、私の神聖なる任務でありますぞ!」
ヒルダもまた、勇の右腕をがっしりと掴む。かつては物理的な「密着」だったが、今は完全に「お世話役」としての密着だ。
「勇……。私がいなかったら、また一人で寂しくなっちゃうじゃない。ほら、私の膝の上でいいから、座って食べなさい?」
リネットが勇の正面に立ち、優しく膝を叩く。 物理的な重力からは解放された勇だが、三人の「愛情の引力」は、以前にも増して強くなっていた。
「……俺、一人で座って食べられるぞ? ここならテーブルも椅子も壊れないし」
「ダメよ! 貴方が一人でポツンと食べてたら、私たちが寂しいじゃない!」 「左様であります! 師匠は私たちが温かく見守らねば!」 「それに、私が膝枕してあげないと、貴方、またうっかり居眠りして空に飛ばされちゃうかもしれないじゃない」
結局、勇はリネットの膝の上に座らされ(これも平均的な成人男性の体重とはいえ、リネットにとってはかなりの重圧だが)、セレナとヒルダが左右から競い合うようにして、彼の口に朝食を運び始めた。
「ほら、勇。ちゃんと野菜も食べないとダメよ」 「師匠! この卵料理は、私の母直伝のレシピでありますぞ!」
物理的な束縛がなくなったことで、三人の「お世話欲」は爆発した。 入浴も就寝も、もはや「物理的な必要性」ではなく、「勇を一人にさせたくない」という純粋な感情による密着へと変化していた。
「……はぁ。一人でトイレに行けるようになったのは嬉しいんだけどな……」
勇は、三人の熱視線と、過剰なまでの世話を受けながら、浮遊大陸での「平均的とはほど遠い」新生活の始まりを噛み締めていた。 物理的な重さからは解放されたが、今度は「愛の重さ」という、別の意味での一万倍の質量に囲まれる日々が始まったのだ。




