第23話:逆転の風、抱きしめる重り(風の回廊と、逆・密着)
浮遊大陸エリュシオンへと続く唯一の道。そこは、常に下から上へと猛烈な上昇気流が吹き荒れる「風の回廊」と呼ばれる巨大な断崖の谷だった。
「……あ、あはは。なにこれ、すごい風……!」
勇は、これまでにない解放感に驚いていた。 この谷に足を踏み入れた瞬間、四六時中彼を苦しめていた「地面を突き破るような重圧」が、下からの強風によって完璧に中和されていたのだ。
「勇、油断しないで! 貴方の自重なら大丈夫だと思ってたけど、ここは地脈の反発係数が異常なの! 術式を少しでも緩めたら、貴方、このまま宇宙まで打ち上げられちゃうわよ!」
セレナが必死に勇の腰のベルトを掴み、自分の身体を「錨」にするように地面へ踏ん張る。
「師匠! 私が、私が重りになります! 私のこの筋肉、そして武人の誇りをかけて、師匠を地面に繋ぎ止めますぞ!」
ヒルダは勇の正面から抱きつき、その太ももを勇の腰に回してガッチリとホールドした。彼女の怪力ですら、風に煽られる勇を固定するには全力を出す必要があった。
「ふふ……ねぇ勇、私にとってはここが『ホーム』なの。でも、今の貴方はちょっと『軽すぎ』て危なっかしいわね」
天翼族のリネットは、逆風を巧みに翼で受け流しながら、勇の背中から両腕を回して密着した。彼女は風を操り、勇の周囲の気圧を下げて「吸い付くような力」を発生させている。
「……なぁ、これ。いつもと逆だよな。俺が三人をおんぶしてるんじゃなくて、三人が俺を『重石』にして地面に縫い付けてるみたいだ」
「その通りよ! ほら、一歩ずつ慎重に歩いて! 足が地面から離れたら、その瞬間に全員セットで星になっちゃうんだから!」
一万倍の質量を持つ男が、風に煽られて「ふわふわ」と浮きそうになる。 それを防ぐために、三人の美女が全力で彼にしがみつき、自らの体重と筋力で彼を大地に押し留める。 客観的に見れば、**「一人の男に三人の女が必死にぶら下がり、風に飛ばされないよう人間団子になっている」**という、これまた異様な光景だ。
「……でも、不思議だな。いつもは三人が重く感じることもあるのに、今は……三人の体温だけが、俺をここに繋ぎ止めてくれてる実感がするよ」
勇がふと漏らした言葉に、三人の顔が赤くなる。
「な、何言ってるのよ、この鈍感重力! 私はただ、術式が壊れるのが嫌なだけなんだから!」
「師匠……! それはつまり、私たちの密着が、師匠の魂の拠り所になっているということでありますな!?」
「……もう。そんなこと言うなら、もっと強く抱きしめてあげなきゃいけないじゃない」
リネットが勇の首筋にさらに深く顔を寄せ、翼で全員を包み込むように閉じる。 猛烈な風の音。だが、その中心にある勇の周囲だけは、三人の温もりと微かな香りに満たされた、静かで濃密な空間となっていた。
勇は、風によって少しだけ軽くなった身体と、それ以上に重く、温かい「絆(と物理的な密着)」を感じながら、一歩一歩、確実に断崖の先へと進んでいく。 平均的な散歩とは程遠いが、それは確かに、彼がこの世界で見つけた「新しい居場所」への歩みだった




