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第2話:地下倉庫の密着(シンクロ)生活は、平穏とは程遠い

 石造りの天井から、わずかに埃が舞い落ちる。  重田勇が指先で軽く床を叩くだけで、地鳴りのような「ゴゴッ」という音が響く。ここは町外れの地下倉庫。かつて聖遺物を保管していたという伝説がある場所だが、今の勇にとっては「世界を壊さないための檻」だった。


「ねぇ、勇。そんなに隅っこで縮こまってなくてもいいじゃない。もっと真ん中に来なさいよ」


 背中からかけられる、鈴を転がすような声。  そこには、勇の背中に文字通り「へばりついている」女神セレナがいた。彼女は勇の腰に細い腕を回し、顔を肩に乗せて覗き込んでいる。


「……無理言うな。さっきから一ミリ動くたびに床から悲鳴が聞こえるんだ。平均的な日本人として、これ以上器物損壊を重ねたくない」


「もう、真面目ねぇ。私がこうして全密着リミッターになってるんだから、立っている分には大丈夫よ。……座る時は別だけど」


 勇は溜息をつき、細心の注意を払って石のベンチ(といっても巨大な岩の塊だ)に腰を下ろした。  ドスン、という重量感のある音が地下室に反響する。勇の体重は変わらないが、セレナがシンクロすることで、その「圧力」が世界に伝わるのを防いでいるのだ。


「……なぁ、セレナ。これ、いつまで続けるんだ? 食事とか、トイレとか……」


「当然、24時間よ。貴方がこの世界のことわりに馴染むまでか、私が過労で倒れるまでね!」


 セレナは胸を張って言い放つが、その表情には少しだけ疲れが見える。  神の力をもってしても、12倍の質量を抑え込むのは並大抵のことではないらしい。勇の広い背中に顔を押し当てながら、彼女は小さく「ふぅ」と息を吐いた。


「……疲れてるのか?」


「べ、別に! 管理女神の私にとって、これくらい朝飯前よ。……でも、そうね。貴方の背中、意外と広くて落ち着くわ。日本人はもっと貧相だと思ってたけど、貴方はなんだか……『詰まってる』感じがするわね」


「密度がな」


 勇が苦笑すると、背中の温もりが少しだけ強くなった。  密着しているせいで、セレナの体温や、かすかな鼓動まで伝わってくる。勇の「平均的」な理性が、かつてないほどの危機に瀕していた。


「あ、そうだ。はい、これ。今日の晩ごはんよ」


 セレナが魔法で取り出したのは、町で調達してきたらしい串焼きの肉とパン。  だが、問題があった。


「……セレナ。俺、手が動かせない」


 勇が右腕を動かそうとすると、その肘が壁に当たり、石壁がミシミシと音を立てる。下手に動けば、この地下室ごと崩落しかねない。


「あ……そうだったわね。貴方が動くと危険だわ。……仕方ないわね、はい。あーん」


 女神様による、至近距離での「あーん」。  プラチナブロンドの髪が勇の頬に触れ、スカイブルーの瞳が間近で見つめてくる。


「…………」 「な、なに見てるのよ。管理責任の一環よ。ほら、食べなさい!」


 恥ずかしさを隠すように、少し強引に肉を口に押し込まれる。  味は平均的……いや、このシチュエーションのせいで、何の味もしないほど緊張していた。


 夜が更け、二人で一つの石のベッド(岩板)に横たわる。  勇の腕の中に収まったセレナは、小さな寝息を立て始めた。


(……一歩も歩けない勇者、か。俺の人生、どうなっちまうんだ)


 腕の中の女神は、寝言で「もう、重いわよ……勇……」と呟きながら、さらに密着を深めてくる。  平均を愛した男の、異常で、重厚で、そして少しだけ騒がしい地下生活。  外の世界では、勇の「足踏み」による地震の原因を突き止めるべく、自警団の女騎士が動き出していることなど、今の彼はまだ知る由もなかった。

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