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第11話:くしゃみ一つで噴水が消えた(あるいは、歩くブラックホール一行)

 神輿に乗って数分。勇たちは町の中央広場へと差し掛かっていた。  地上は、地下倉庫よりもさらに過酷な「自制」を勇に強いた。


「おい、セレナ……。さっきから俺、息をするだけで周囲の空気が喉に吸い込まれてくる気がするんだが」


「当然よ! 貴方の質量は、この世界ではもはや小さな天体なの。じっとしているだけで周囲の空気を引き寄せる『引力』が発生してるんだから! ほら、ヒルダ、もっとしっかり担いで! 師匠の重心が左に寄ると、左側の民家が重力で引き寄せられて倒壊しちゃうわ!」


「わ、分かっております! ぬぅぅん……! 地面が……地面がスポンジのように柔らかい! 師匠の重みを支える足場が足りぬ!」


 ヒルダは歯を食いしばり、一歩踏み出すごとに膝まで石畳に沈み込んでいた。見た目は頑丈な石の床だが、1万4400倍の相対質量を持つ勇の一行にとっては、水溜りを歩いているのと変わらない。


 そんな中、広場に集まっていた町の住人たちが、異様な一行に気づいて集まってきた。


「おい、見ろよ! あの豪華な神輿……乗ってるのは神様か?」 「いや、見てみろ。あの男が座っているだけで、周りの埃が吸い寄せられてるぞ!」


 住人たちは、地球の1/1200という弱重力下で、ふわふわと軽快にジャンプしながら近づいてくる。彼らにとって、数メートルの跳躍は平均的な動作なのだ。


「うわっ、来るな! 近寄ると危ない!」


 勇が慌てて手を振った。  その瞬間、勇の腕が空気を切り裂く速度は、この世界の音速を容易に突破した。


 ――ドォォォォン!!


 ただ手を振っただけの風圧が、広場の中央にあった巨大な石造りの噴水を直撃した。  噴水は粉々に砕け散る間もなく、そのまま「塊」として空の彼方へと弾き飛ばされ、雲を突き抜けて見えなくなった。


「「「………………」」」


 広場に静寂が訪れる。  住人たちは、自分たちのシンボルだった噴水が、一瞬で「消滅」した現実が理解できず、口をあんぐりと開けて空を見上げている。


「……あ」


 勇が凍りついた。その時、鼻の奥に広場の花の蜜の香りが飛び込んできた。  急激な引力で吸い込まれた大量の花粉。  勇の平均的な鼻粘膜が、限界を迎える。


「……は、ハ、ハックシュン!!」


「まずいわ! 全員伏せなさぁぁぁい!!」


 セレナが叫ぶのと同時、勇の口から放たれた衝撃波が、扇状に広場を駆け抜けた。  重力が弱すぎるこの世界において、勇の全力のくしゃみは、もはや「指向性爆弾」だった。  幸い、セレナが瞬時に展開した多重障壁で威力を殺したが、それでも広場の石畳は綺麗に剥がれ飛び、並木道の木々は一本残らず「引っこ抜けて」後方へ吹き飛んでいった。


「…………な、なあ。セレナ。俺、やっぱり地下に戻った方がよくないか?」


 勇が青ざめた顔で、背中の女神に問いかける。  セレナは乱れた髪を直しながら、半泣きで勇の背中を叩いた。


「……戻らないわよ! こうなったら、この『重すぎる事実』を、この世界の新しい『神話』にしてやるんだから! ほらヒルダ、行くわよ! 止まると地面が底抜けるから!」


「はっ! 了解であります! 師匠、お見事な一撃でありましたな!」


「褒めてねーよ!」


 噴水が消え、地形が変わった広場を後に、神輿一行は逃げるように突き進む。  「不動の勇者」が動くたび、世界はその重さに耐えかねて悲鳴を上げる。  勇の異世界行脚は、文字通り「世界を震わせる」大騒動と共に幕を開けた。

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