第16話:三人目の影、あるいは空からの来訪者
勇たちの旅は、ゆっくりとした歩みで隣町へと向かっていた。 「セレナの重力固定」と「ヒルダの物理補助」による密着歩行は、もはや一行の日常風景となり、町の人々からは「あまりに仲が良すぎて、一瞬たりとも離れられない熱愛三人組」として、半ば畏怖、半ば生暖かい目で見守られていた。
だが、その「重すぎる噂」は、風に乗って遠方まで届いていた。
「……信じられない。この世界に、一歩踏み出すだけで地脈を揺らす『重力王』が現れたなんて」
街道の上空、遥か高み。 そこには、透き通った青い翼を背中に携えた少女が、優雅に風を掴んで滞空していた。
彼女の名はリネット。 この1/1200の重力世界において、最も自由を謳歌する種族「天翼族」の若きエリートである。
「報告では、その男がくしゃみをすれば噴水が消え、歩けば大地が沈むというけれど……。そんな高密度の物体がこの世界に存在したら、大気の流れが乱れて、私たちが飛べなくなっちゃうじゃない」
リネットは琥珀色の瞳を細め、地上を走る「異様な引力」を探知した。 天翼族は風の機微に敏感だ。彼女にとって、勇の一行が移動している場所は、まるで巨大な渦が巻いているかのように、周囲の空気が不自然に吸い込まれているのが見える。
「……見つけた。あれが『不動の勇者』一行ね」
地上では、神輿……ではなく、今日は自分の足で一歩一歩踏みしめる勇と、彼を支える二人の美女が見えた。 リネットは好奇心と、風の乱れを正さねばならないという使命感に駆られ、急降下を開始した。
一方、地上。 「……なぁ、セレナ。なんか、急に風が強くなってないか?」 勇が足を止め、空を見上げた。1万4400倍の質量を持つ彼は、大気のわずかな「圧力変化」にも敏感になっていた。
「風? 別に普通だけど……。あ、待って。何か来るわ! 上からとんでもない速度で!」
「師匠、お下がりください! ……いえ、師匠が下がると地盤が沈むので、そのままお立つのです! 私が迎撃します!」
ヒルダが勇の右腕を抱えたまま、左手で「高密度短剣」を抜こうとした瞬間。 上空から一筋の青い旋風が吹き荒れ、勇たちの目の前に着地……いや、着地すらしない。
リネットは地面から数センチ浮いた状態で、羽を羽ばたかせ、不遜な笑みを浮かべていた。
「あなたが『歩くブラックホール』さん? 私たちの『空の道』を掻き乱している犯人は」
リネットの視線が、勇の全身をなめるように走る。 そして彼女は、勇の放つ「圧倒的な重力」に触れた瞬間、ゾクゾクとするような快感を覚えた。
(……何これ。この人のそば、風が……風が止まって、全部が『中心』に引き寄せられてる……!)
重力1/1200の世界で、誰よりも軽く生きてきた少女。 彼女にとって、勇の持つ「絶対的な重さ」は、抗いようのないほどに魅力的な「避風港」に見えた。
「……決めた。あなた、私の『重し』になりなさい!」
「……は?」
新たなヒロイン・リネットの唐突な宣言。 セレナとヒルダの「二人羽織」状態のリミッターに、空からの乱入者が加わろうとしていた。




