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第12話:女神の執念、重力(マナー)を制す

 噴水を消し飛ばし、広場の石畳をひっくり返した大騒動の後。  一行は町外れの頑丈な岩山の麓に、一時避難していた。


「……もうダメだ。セレナ、俺は一生この神輿から降りない。いや、むしろ地下倉庫に帰って、そこで一生座って過ごすよ」


 勇は完全に自信を喪失していた。平均的な日本人として、自分のくしゃみで地形が変わるという事実は、あまりに精神的負荷が大きすぎた。


「弱音を吐かないの! 貴方がそんなんじゃ、私の管理女神としての評価がガタ落ちじゃない!」


 セレナは神輿の上で、勇の背中にしがみつきながら、必死に魔導書と計算式が書かれた羊皮紙を睨みつけていた。


「……そもそも、原因は明確なのよ。貴方の『質量』と、この世界の『脆弱さ』が直接ぶつかり合ってるからいけないの。だったら……貴方の身体の周りだけ、地球と同じ重力場を常に展開し続ければいいのよ!」


「そんなことできるのか?」


「私を誰だと思ってるの? 恋する……じゃなくて、担当女神よ! ヒルダ、ちょっとこっちに来て、勇の右腕を支えて! 魔力の循環回路パスを作るわ!」


「はっ! 御意に!」


 ヒルダが神輿に飛び乗り、勇の右腕を力強く、かつ慎重に抱え込む。  セレナが背中から、ヒルダが右腕から。勇を挟み込むようにして、膨大な神力が練り上げられていく。


「……書き換えるわよ。勇の皮膚から数ミリの範囲、その座標軸における重力定数を――1200倍に固定ロック!!」


 キィィィィィン……! という鼓膜を刺すような高音が響き、勇の身体が淡い黄金色の光に包まれた。


「……勇、ゆっくり足を下ろしてみて。大丈夫、私が全力で貴方の『存在』を世界から浮かせてるから」


 勇は恐る恐る、神輿から地面へと足を伸ばした。  これまでは足が触れた瞬間に岩が粉砕されていたが、今はどうだ。


 ――サクッ。


 土を踏みしめる、懐かしい感触。  地面は数センチ沈み込んだが、クレーターができることも、地震が起きることもなかった。


「……立てる。俺、自分の足で、地面に立ってる!」


「大成功でありますな、師匠! 流石はセレナ様、神のわざです!」


「ふふん、当然よ。……でも、これ、すごく魔力を消費するの。だから……」


 セレナは勇の首に腕を回したまま、顔を真っ赤にして小声で続けた。


「……一瞬でも私かヒルダが貴方の肌から離れたら、その瞬間に術式が解けて、貴方の足元から地球の裏側まで貫通する大穴が開くからね。絶対に、離れちゃダメよ?」


「……えっ、つまり、歩く時も寝る時も、ずっとこのままなのか?」


「そうであります! 師匠、これからは私が左腕を、セレナ様が背中を……あるいはその逆を、24時間交代で密着維持いたします!」


 自由を得るための代償は、さらなる「密着」だった。  勇は自分の足で歩ける喜びに浸りつつも、左右から美女に挟まれ、肌を寄せ合うという「平均から程遠い」異常事態が恒久化することに、嬉しいような、恐ろしいような溜息をつくのだった。


「……よし、勇。まずはその足で、あそこの宿屋まで歩いてみましょう。……あ、急に走ったら慣性で宿屋が消し飛ぶから、一歩一歩、慎重にね?」


「……分かってるよ。平均的な、おじいちゃんの散歩くらいの速度でいくから」


 一万倍の重力を女神の愛で包み込み。  勇は、ついに「地面」を歩き始めた。

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