第10話:神輿、大地に立つ(一万倍の質量差)
「……よし、最終調整完了! 行くわよ二人とも!」
地下倉庫の中央。勇が握り潰して成形した超高密度合金と、セレナが魔力を注いだ聖木で組み上げられた「移動式神輿」が、ついにその全容を現していた。 勇はその中央の玉座に座り、背中にはセレナが密着し、担ぎ棒にはヒルダが陣取っている。
「師匠、ご安心を。このヒルダ、全霊を賭してこの神輿を支えてみせます!」 「いや、無理するなよヒルダ。……セレナ、本当に外に出ても大丈夫なんだろうな?」
勇の不安げな問いに、セレナは今まで隠していた、この世界の「絶望的な真実」を告げた。
「……勇、落ち着いて聞いてね。貴方の身体がここまで破壊的なのは、密度だけのせいじゃないの。……この世界『ルミナス』はね、見た目こそ地球と同じだけど、重力が『1200分の1』しかないのよ」
「……1200分の1? でも、見た感じは普通の岩や木だし、建物だってしっかりしてそうだけど……」
「そこが罠なのよ! 物質の構成は地球と同じなのに、重力だけが異常に弱いの。だから、この世界の住人にとっては普通でも、地球の12倍の密度の貴方が来ちゃえば……体感的には普通の人の1万4400倍の重さが、一点に集中してる状態なの。貴方がその辺の石畳を普通に踏むのは、地球でいえば『薄氷の上に戦艦を乗せる』ようなものなのよ!」
勇は戦慄した。 見た目が「普通」だからこそ恐ろしい。自分にとってはこの強固に見える石造りの地下室さえ、実は「マシュマロ」でできているに等しいのだ。平均主義の彼にとって、これほど気を遣う世界はなかった。
「だから、この神輿には私の神力による『空間固定魔法』と、ヒルダの『物理耐性』が不可欠なの。さあ……地上へ出るわよ!」
地下倉庫の巨大な扉が、重々しく開放された。 セレナが魔力を全開にし、神輿の周囲の重力を無理やり捻じ曲げる。ヒルダが「おおおおお!」と咆哮を上げ、全身の筋肉を鋼のように硬化させて神輿を担ぎ上げた。
――ズゥ、ゥゥゥゥゥン……!!
神輿が地上に出た瞬間、大気が「ミシミシ」と物理的な音を立てて軋んだ。 勇の目に飛び込んできたのは、地球と何ら変わらない、見慣れた中世ヨーロッパ風の街並みだった。
だが、勇には分かる。 風に舞う木の葉が、まるで真空中の羽毛のようにいつまでも落ちてこない。歩く人々は一歩ごとにふわふわと数メートルも跳ね上がり、ゆっくりと着地している。
「……全部が、偽物みたいだ」
勇が小さく呟くと、背中のセレナがぎゅっと腕に力を込めた。
「偽物じゃないわ。これがこの世界の『普通』なの。……さあ勇、顔を上げて。一万倍の質量を持った貴方の旅が、ここから始まるんだから!」
ヒルダが神輿を支え、地面に一歩を踏み出す。 その瞬間、頑丈そうな石畳が「フカフカの砂」のように沈み込み、凄まじい衝撃波が周囲の建物の窓ガラスをビリビリと震わせた。
「ひっ、地震か!?」 「いや、あそこを見ろ! 巨大な……神輿だ!」
街の人々が驚愕の声を上げる中、勇は「不動の玉座」に座したまま、世界のあまりの脆さに眩暈を感じていた。 1万4400倍の「重すぎる存在」を乗せて。 不動の勇者一行は、見た目だけは強固な、ガラス細工の街へと進軍を開始した。




