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始業式(2)



【新暦68年1月6日(木)】side:小田原遥

 

 

「初めまして。私、国立魔法技術研究所より来ました松尾と申します。」

「私は中井と申します。こちらが名刺になります」

 

「はぁ⋯⋯」

 

 言われるがままに、差し出された名刺を受け取る。

 名刺。存在は知ってる。でも貰うのは初めてだから、ほんのちょっぴり眺めた。

 

 視線を戻す。松尾さんと、中井さん。

 二人共スーツを着ていて、気難しそうなオジさんが松尾さん。香水かな?いい匂いのお姉さんの方が中井さんだ。

 

 

「そしてあなたは、小田原遥さんで間違いありませんね? 本日は突然な訪問になってしまい大変申し訳ございません」

「ただ、どうしてもお話しなければならないことがございまして。我々もこちらに座ってよろしいですか?」

「あっ、はい。全然」

 

「ありがとうございます」

 

 

 クールな中井さんと、それについてきびきび、びしっと動く松尾さん。なんかいいコンビって感じだ。

 そしてこの場の進行は中井さんの方が進めるらしく、彼女が切り出した。

 

 

「さて。で、ですね⋯⋯小田原さんのお母様もお呼びしているんですが、お仕事の事情で少し遅れるそうなので⋯⋯一先ずこちらをご覧ください」

「ん?⋯⋯はい」

 

 

 あれ。今さらっと母親呼んだって言ってたか?と疑問に思いつつ、流れを中断してしまいそうで言えなかったので、一旦スルーする。

 その間に中井さんは鞄から一枚の紙を取り出し、私に手渡した。

 

 

「あっこれ⋯⋯!」

「はい。こちら小田原さんが昨年11月頃に受けられた、魔力検査の結果になります」

 

 手渡された紙を流し見ると。

 言われたとおり、紙面上部に『魔力検査結果』と堅い字で書いてある。

 そこから下はら色々ごちゃごちゃ書いてあったり、六角形のステータスグラフみたいなのがあったりして目が散るけど、間違いなく検査結果であるのは理解できた。

 その中でも『魔力量』『魔力活性度』『属性』の三項目については、太字で強調されているためパッと見で場所がわかる。 

 

 

 ん⋯⋯?

 属性⋯⋯⋯『仮称:陽光』?




「これって⋯⋯⋯」

「はい。えー⋯⋯伝え方が難しいのですが。単刀直入に申し上げますと、小田原遥さん。あなたは検査の結果、『新規』の特異属性保持者であることが確認されました」

 



「新規の特異属性⋯⋯すなわち『新属性』の発見は、日本では実に20年ぶり、世界でもおよそ8年ぶりのこととなります。⋯⋯⋯私達は、あなたの『これから』についてのお話を、本日はさせていただきたいと考えております。」

 

 

 これからの話。

 それは、なに? どういうこと。

 余りにも突然、唐突にやってきたそんな話に、私ぽかんとする他なかった。

 なんていうんだろうな。現実感のなさ?

 

 

 

 いつのだったか。あまり思い出せないけど、習ったのは1年生の頃だったと思う。


 ───『新属性』。それは要するに、新しく発見された特異属性のことである。

 そして私はその概念を、魔法学ではなく『歴史』の授業で習った。



 それはつまりどういうことか。

 『新属性』とは、それそのものが歴史に残るような代物だということだ。

 


「──────」



 本当なのか。ドッキリなのか。でもこんなドッキリをわざわざする? 人気者でもない私に。そんな風に頭の中を、ぐるぐると色々な考えが回る。

 思ったよりもその時間が長かったのだろう。しばらくの間口をつぐんでいた二人が、心配そうに眉を下げた。

 それがなんだか、遠ざかったように他人事だった世界に色をつけ、ハッとなって我に返る。

 

 

「あっ、す、すいません」

「いえ。いきなりこんなこと言われても困りますよね。本当であればもっと然るべき場で、然るべき手続きをとってお伝えすべきなんですが、実に20年ぶりの『新属性』ともなると、それだけで正直、動く人間の数や必要な調整の量が変わってきまして───」

 

 

 中井さんが流暢に話す中で、部屋の外から何やら物音が聞こえる。

 焦ったような、足の裏全部で床を踏みしめるように走る音。

 それは段々と大きくなり、少しして、ドアのスモークガラスに人影が写る。

 

 

「───っすいません! 遅れましたっ!!」

 

 

 がらら、とドアを開けて入ってきたのは、お母さんだった。

 肩で息をして、髪は少し乱れている。

 血相を変えて、みたいな言い方がぴったりの、そんな母親の様子に、何故かざわ、と心が不安になるのを感じた。

 

 

「お母さん?」

「遥⋯⋯! っはぁ、っごめんね。一回隣座るね⋯⋯」

 

 

 お母さんは着ていたコートを手早く脱ぎ、折りたたんで抱え込むと、隣の席に腰を下ろした。

 私のお母さんは、普段はおっとりとしていて、こんなふうに焦ってる姿を見せることはあまりない。

 だからこそ。その母の様子を見て、現実感というか、物事のリアリティみたいなものが、一気に襲い掛かってきた。





 

 


 母の息が整うのを待ってから、中井さんは説明を再開した。


 

「───それでは、改めまして。本日は私中井と、こちらの松尾が説明・案内を担当させていただきます」



 眼鏡をくいっと。

 先程私にだけ話していたときとは違って、その口調はさらに硬く、空気も重い。

 


「お母様にはもう電話で、遥さんにも先程簡単にはお伝えしましたが、改めて申し上げますと、今回の検査の結果、遥さんが、『新属性』であることが確認されました」


「属性名は遥さん本人の正式な承認があるまで仮称となりますが、検査結果から鑑みて、国立魔法技術研究所の現最高責任者である神宮寺により、現在は『陽光』とさせていただいております」


「以降、遥さんの属性については、便宜上『陽光』として話を進めさせていただきます。ここまではよろしいですか?」



 隣の母をチラリと見る。

 そしたら母は真剣な顔を崩さず、何を聞く様子もなかったので、私も同じように小さく頷いた。



「⋯⋯はい。そして詳しい結果はこちらになります。先程遥さんにお渡ししたものですね」


「ありがとうございます」


「いいえ。また、こちらの詳細な説明については、一旦省略させていただきます。全体的な傾向として、遥さんの魔力は『温度』と『光』に異常に高い親和性を見せたこと、それ以外の魔法系統に対しては逆に活性度が極端に低くなる傾向が見られました」


「それで、『陽光』なんですね」


「ええ。結構良いネーミングだと思いませんか? 遥さんが拒否されるのであれば、別のものになりますが」



 そこで言葉が途切れると、母と中井さん、あとついでに松尾さんの視線が揃ってこっちを向いた。



「うえっ」



 検査結果を解読するのに必死になっていた私は、びっくりしてうえ、なんて声を上げてしまい。

 でもそしたら、皆が緊張を崩して笑い、空気が穏やかになったような気がした。



「いいと思います⋯⋯」

「あはは、言わせてしまったみたいですね。ごめんなさい。属性名については改めて考えてみてくださいね」

「あっ、はい」



「───で、話を戻しまして。遥さんは、特異属性所持者に生じる、義務と権利の話をご存じですか?」

「え? それって労働とか納税みたいなやつのことですか?」

「そうです。といっても『労働』『納税』『教育』については、日本国民として生まれた全ての方が果たすべき義務、ということになりますが」


「特異属性所持者には、それに追加して『技術協力』という義務が発生します。国からの要請があった場合、魔法研究に対して協力しなくてはならないというものですね」

「そうなんですか」



 私は知らないことだったので、母の方を見てみる。すると、母は同意するように頷いた。

 


「初めて知りました」

「そうですよね。確か、しっかり習うのは三年生になってからだったかと思います」


「そしてこの『技術協力』の義務なんですが、これは他の義務と比較していくつか異なる部分があります。まず一点が、『技術協力』は国からの依頼を特異属性所持者が受けるという形を取るため、報酬が都度発生すること」

「二点目が、協力を選択した所持者にかかる様々な制度上の恩恵です。少し難しい話ですが、例えば一部所得が非課税になること、学費・医療費の控除、職業紹介などがあります」

「はぁ⋯⋯」


「そして最後に──」


 一度言葉を区切り、中井さんは持っている鞄から冊子を取り出した。

 私と母。それぞれに手渡されたそれは、『特異属性所持者向け高度魔法教育』と題されている。



「『技術協力』に必要な技能を習得するために、通常とは異なるプログラムの教育を受けていただく必要があること。遥さんにとっては、これが最も直接的に関わってくる問題になると思います」

「教育、ですか?」


「はい。より分かりやすく言えば、遥さんには───」





 ────国指定の中学校へ転校していただく必要がある、という形になります。








 それから。母と中井さんの間で何かしらのやり取りが行われているのを、私は上の空で聞いていた。

 転校。余りにも唐突に告げられたそれは、どうやら私の三年生への進級を目処に行われるそうだ。


「突然のことで整理がつかないとも思いますが。『特異属性』とは、実感が難しくても、それだけ重大な存在であるということを、どうかご理解ください」



 話が終わり、職員室前。制度や、私の検査結果に関する補足が主で、あまり会話に参加しなかった松尾さんは去り際にそう言った。


 私は何も言えなかった。

 頭が今を理解するのに必死で、でも心は理解するのを拒んでいて。まるで別々の機械がくっついてるみたいで、適当な相槌をする余裕もなかったからだ。


 

 最後に。またご連絡いたしますと言って、二人は去っていった。

 後ろを振り返り、視線を切る瞬間の二人は、どっちも沈痛な面持ちってやつで私を見ていた。

  

 私は。どんな顔をしているんだろう。


 

 「帰ろっか」


 と。

 肩にぽすんと手を置かれ。

 それが母親のものであることに気づいて我に返った。


 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん」



 時計を見た。時刻は13時を回ったところだった。

 それを認識した途端、空腹がどっ、とやってきた。


 今は一旦、何か美味しいものが食べたい。そんな気になる。




 ⋯⋯⋯あ。



「そういえばスクバ忘れてたや」

「そうなの? 一緒に取りに行こうか」

「ううん。校門か下駄箱で待ってて」



 帰ろうとして、教室に鞄を置きっぱなしなのを思い出し、母親と一度別れて教室に寄ることにした。


 放課後の人気のない廊下。中井さんと松尾さん、二人からもらった二枚の紙切れを手に歩く。




 ⋯⋯転校かぁ。

 このたった二枚の紙で、随分と人生が大きく振り回されたような気がする。

 私としてはちょっとちやほやされたり、裏で噂されるみたいな、そんなくらいのレベルを想像してたんだけどなぁ。

 特別ってこんなに不安なものなんだろうか。


 なんて。センチな気分になりながら教室に辿り着くと、何人かの話し声が聞こえてきた。

 クラスの陽キャ達だろうか。大きな笑い声が響いているせいで、ちょっと入るの躊躇してしまう。



『いや! 痩せてあれって流石にブスすぎるだろ!』

『ぎゃはは! 口悪すぎでしょ!』



 ⋯⋯⋯怖いな。断片的にしか聞こえないけど、誰かの悪口を言ってるみたいだ。

 入りたくない。でも母親を待たせているから、いつまでもここで躊躇しているわけにもいかなかった。

 


 意を決して教室に入る。

 すると。そこにいたのはクラスでも所謂チャラい系のグループの子達だった。

 

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