茂田旬丞の手記(一部抜粋)(1)
新暦67年6月10日(木)
今日から簡単な日記をつけることにした。
研究記録というか、モチベ維持と情報の整理が主目的になる。
だからまあ散文的になるかもだが、誰に見せるもんでもないしいいだろう。
で、先週小博教授の論文を見つけてから、それはもう画面に穴が開くほど読み込んできたわけだ。
その趣旨を纏めるとこう↓
・人工的に生物を作るには色々な技術的問題があるよ
・問題は主に『超緻密な設計図(DNA)の作成』『ジーンエラーに対する莫大なデバック作業』『成長の制御(エピジェネティック制御)』など
・いずれも人間の手で行うのは無理だから、創造魔法で『それを自動で行えるプログラム』を作っちゃおう
こんな感じ。言うは易く行うは難しってやつだが、小博教授は既に論文内で、『創造魔法で生成したプログラム』についてサンプルを提示している。
それを基に創造魔法で魔力をプログラミングする感覚を掴み、まあやってみろやってことなんだろうね。
よし、改めて。
おい!この日記を見返してる自分。
怖いよな。倫理観とか常識とか、そういうのに殺される未来が見えて。
生命創造なんてやばいよ。やばいけど、それ以外にあるか?
思い出せ。過去の失敗を。お前の現実を。
もうこれからは老いて死んでいくだけの人生。隣にいてくれる誰かを、今更他人から見繕えるのか?
無理だと思ったから、誰にも愛されないと思ったからこの道を選んだんだろ。
せめて幸せになるまでは捨て置け。覚悟をぶらすな。
ビビるなよ、自分
新暦67年6月15日(火)
やってやる!
と思っていたら、学期末に向けてのテスト作成に追われることと相成りました。
早速挫けそうな一週間だった。創造魔法で生命創造する前に、問題文自動作成プログラムでも作ろうかと思った。
なんか魔法学基礎の教科主任から好かれていないんだよな。舐められてるというか、体のいいストレスの捌け口にされているというか。
だから無駄にダメ出しされて、四回くらいやり直すハメになった。
あいつ俺より若いのにさ。やってらんねーよ。
でもその地獄も本日漸く終了。
というか本当の地獄はまだまだ先なんだけどね。テストという名の採点地獄。
と、そんなことはいい。創造魔法についてだ。
この魔法、習得難度が高過ぎる。
創造魔法ってのはベースが物質属性の変質段階の魔法になるんだけど───あー、折角だしこういうのも纏めておくか。基礎ほど大事なものはないからね。
【魔法とは:概略】
魔法とは、というよりも『魔力』とは何か。普段扱っているレベル、義務教育の範囲内だと、単に魔法を使うためのエネルギーって言い方になる。
が、高校魔法学に進むと、前提として『魔素』という存在が出てくる。
魔素は、この世界の空気を含めた全ての物質に滞留し偏在している素粒子のこと。
そして魔力とは、この魔素が個々人に合わせて結合された状態のことをいう。
魔素のままでは、蓄積はできても利用することができない。
魔素は人間の体内にある魔腎という臓器を通って魔力として結合され、それぞれの人間の体内に水分に溶け込む形で蓄えられる。
その状態になって初めて、意思や感情・言葉や動作から影響を受け、千変万化に反応を起こすようになるのだ。
その反応と、それに対応するような思考法・呪文・印(動作)のことを合わせて『魔法』と呼ぶ。
これが魔法という技術群の根幹である。
そして魔法には段階がある。
認知・操作・変化・変質の4つだ。
認知は自分の魔力が五感で知覚できること。
操作は魔力を、物理法則を無視して扱うことができること。
ここまでは人によっては「魔力操作」として分類して、魔法としては扱わない場合がある。
次に変化。これは魔力を利用して様々な現象を巻き起こす段階で、分かりやすいやつだと炎とか風、光魔法なんかはこれになる。
そして次が最終段階。変質は、魔力そのものを他の物質に変換する段階になる。
分かりやすいのは水魔法とか、錬金ではないゼロイチの土魔法とか。
創造魔法もこの分類になる。
こんな感じかな。
一応院まで出てるからなあ。変質段階の魔法も使えはするんだけど、それでも創造魔法は意味がわからない。
創造魔法ってのはこの世界に無いものを作り出す。
それが他の変質段階の魔法とは違うところだ。
その為には、その「無いもの」の設定を作り込まなきゃいけない。
小博教授が提示してるサンプルってのはつまりそういうこと。
例えばサンプルとして提示されたもののうちの一つに、レスポンサーってのがある。それは粘度が高い液体で、込められた魔力の増減で硬度を変化させる。
そして特性として『一度与えられた命令を、特定の魔力が込められる限り繰り返す』機能を持っているのだ。
……やっぱ凄い。どういう思考回路があればこれに辿り着くのか。
こんなもの、相当高位の研究者達が集まったって解析・再現に数年はかかる代物だ。
それを魔法構成を明らかにして誰でも見れる媒体に載せるんだ。イカれてる。
こいつを使ってできる技術革新なんて幾らでも思いつくぞ。
とはいっても、このレスポンサーを始めとしたサンプル達は、少なくとも数十年は普及することはないだろう、というのも分かる。
何故か。シンプルに再現に必要な魔法技術がハイレベルだからだ。
こいつが普及されるのは、この天才の思考を凡人の誰かが解析しきって、誰にでもできるものに変えてから。
天才とはそういうものだ。孤独だろうなあ。
と、いうことで。
とりあえずの短期目標を、このレスポンサーという物質の再現、と置く。
これができたら次のサンプルに行くか。それとも創造魔法の感覚が掴めるようなら生命創造に挑戦してもいい。
日進月歩で行こう。
新暦67年6月21日(月)
今週からテスト週間に入った。お陰で部活が1週間なくなる。
なんかもう条件反射でやっほーと思うけど、俺は今魔法研究部をもってるだけだからそんなに変わらない。
週一で魔法についてのあれこれを実験するだけの部活だからね。
強いていうなら生徒たちの実験の準備をしなくて良くなるってのはあるか。でもそういうのって仕事の息抜きになるから逆に辛かったりする。
まあ束の間だ。
それに魔法学基礎は、興味ない子は本当に酷い点数になるからなぁ。
だから小テストの成績が悪い子に対して、補習を用意したり、勉強補助のプリントを作成したりってのは、事前にやっとかなきゃいけないフォローになってくる。
丁寧にやろうとすればするほど労力がかかってくる。でもやらないとクレームに繋がりかねないという。
本当にしんどい。これにプラスして担任とか持ってなくてよかった。
だがそれはそれ、これはこれ。
ここ一週間は大事にしていきたい。
さて。日記はここまでにして、創造魔法の進捗をまとめるとしよう。
進捗としては、うーん。日進月歩?
魔法構成や物質としての特徴を見るに、水魔法が軸、それに命令を再現する受容体が混在しているようなイメージなのは理解できるんだけどな。
でこれ、一応創造魔法の範疇で行われていることなんだけど、魔法構成の中に現象段階としての魔力反応も見られる。
これひょっとしたら、ただの創造魔法じゃなくて『複合魔法』なのかもしれない。そこは論文の中には記載が無かった。
あれ。そういえば前回の日記って魔法の属性のこととか複合魔法については省いてたっけか。
いいや、そこら辺についても纏めとこう。
【魔法とは:属性】
属性とは、魔法の変化、変質それぞれの段階への得手不得手の偏りのことをいう。
現状は『現象』と『物質』の二種類に分類され、『現象』は変化、『物質』は変質段階の魔法に対して優位である。
一方の属性の魔法に優位を示すほど、他方に対しては魔力→魔法の変換効率が悪いなど悪影響が出るが、今のところどちらかの属性しか使えないという例は存在しない。
で、前述の『複合魔法』ってのは、要は変化と変質の併せ技のこと。例としては。『物質段階の魔法で生み出した物質に、魔力によって現象段階的な反応をさせる』みたいな。
あくまで技術の話で、難しいけど再現可能。
それに対して、逆に『特異属性』ってのもあって、それは適性そのもののことを指す。
これは個々人の魔力結合で変わってくるから基本再現不可能。
『特異属性』には2パターンあって、『万象』とその他特異属性みたいに二分される。
『万象』は、現象と物質どちらの魔法にも強い適性を示す属性。めちゃくちゃレアで今は世界全体で17人しかいない。
逆にその他特異属性は、現象・物質の中でも、特に一分野にだけ非常に高い適性を示す属性のこと。
これはちょくちょくいる。と言っても10万人に1人とかの割合だけど。
こんな感じか。
ただこれだけだと説明として若干不完全か?なんならここらへんは前提からひっくり返る可能性もある。
なんせ魔法とか属性の分類については結構曖昧だからね。
まぁまだ魔法学って、歴史を紐解いても100年も経ってない若い学問だから仕方ないんだけども。
例えば肉体強化魔法一つとっても、昔は『魔力による身体の補強』として一括で変化分類になっていた。
だけど、3年前くらいに論文が出ていた『ヘモグロビンの変質による酸素親和性操作による筋力強化・効率化』っていう経緯と効果を出す肉体強化魔法は、ヘモグロビンに変質を起こすから物質属性認定されているのだ。
ココらへんのことは掘り始めるとキリがない。ただそれが面白さの根幹であるのは間違いない。
ま世の中的には現象>物質かな。
変化段階の魔法って全体的にふわっとしたイメージで成立するものが多いから、色々な場面で広く使われる。
逆に物質属性は魔法を極めるなら必須みたいな所があるけど、その分構築難度が高かったり、こねくり回して結果変化魔法と同じことをしたりみたいな、どっちかというと面倒くさい部分が多い。
だから魔法を極める=研究職=根暗みたいなイメージを持たれがちというか。
言わずもがな、俺は物質属性である。
学生時代は良くイジられたなぁ。「見た目が物質属性」って。
今ではいい思い出だ。
いい思い出か?
なんかこれをいい思い出だなんて言ってしまうところが惨めだ、俺って。
新暦67年6月25日(金)
テスト週間が終わった。あっという間だった。
あああ今から採点を想像して心が重たくなってくる。
でも今回はいつもより気が楽というか、選択問題を増やした。
お陰で問題文を考えるのに苦心したが、採点はかなり楽ができる。
で、テスト前の放課後補習を行ってみたりした。そしてテスト前最後の授業では出題範囲のヒントを言ったり。
なんか大学の頃の楽単ってこんな感じだったなーとか思いつつ、内緒ねって言って。
ああいうときの子供達の喜んだ顔って、何であんなに可愛んだろうなぁ。
思い出して笑っちゃうや。
まあでも特に3年生は1学期の成績から受験に関わってくるからね。
それにテストなんて、極論皆がちゃんと授業を理解しているなら必要無いものだ。
だからこそ、これは教育として間違ってないはず。逆にこっちから勉強する内容を誘導して、本当に分かっておいて欲しいことを絞るのは有用だ。
とか言いつつ、俺は自分に都合の良い人間を作ろうとしている極悪人なわけですが。
わらえねー。
でもさ。だからってこのまま生きてたって笑えねーんだよなぁ。
わはは。
と、自虐もそこそこにここ5日の進捗を纏めておく。
この5日間で行ったのは、引き続きレスポンサーの再現である。
まずは見た目からということで、水魔法により単純な液体を作成することから始めてみた。
これについては成功。まあ水を見ながら水を作るなんて流石に朝飯前だ。
次に粘性の付与。
粘性ってのは、物質内で異なる速度で動こうとする層が、互いに摩擦し合うことで生まれる。
この異なる速度ってのを手っ取り早く生み出すには、水を混合物にすればいい。
例えば水飴。これは水分の他にブドウ糖、麦芽糖、デキストリンなんていう色々な成分や高分子(分子が大きい・長い)がごちゃごちゃになって入ってて水分の自由度が低い。だから普通の水に比べて粘性が高い。
逆に言うと、水を素体としていて粘性が高いなら、それは類似した特徴を兼ね備えてるってことになる。
つまりだ。レスポンサーの肝になっている魔力受容体は、その存在を紐解けば高分子である可能性が高いと言える。
で魔力が尽きない限り命令を繰り返すっていうのであれば、例えば魔力受容体は一度命令の篭った魔力を受け取ったあと、それを他の受容体に対して渡してるとか。
そういう反応をする高分子、っていう置き方をすれば行けるのでは?
とそこまで考えたところで、そんな精密な創造魔法不可能だろって結論に達した。
どんな緻密な魔力操作が行なえればそんな事できるんだよ。
分子の作成て。いやでも人間を作るなら絶対にDNAを作るって考えると、これ割と最低限の技術か?
やっぱイカれてるわ小博教授。
ということで、この結論に達してからは只管魔力操作の練習を行っている。
なんか遠回りしている気もするが、人生は遠回りこそが最短の近道なのだ。
そう思わないとやってらんないよもう。
新暦67年7月4日(日)
ちょっと期間が空いた。
テストが終わって、週末は採点に命を懸けていた。 計200枚ほどの解答用紙を前に、只管赤ペンを走らせる作業。
途中からは魔力操作の練習も兼ねて肉体強化魔法をかけながら加速採点を行ったり、ペンを魔力で操作して書いてみたりした。
これもう、練習ってより鍛錬って言ったほうがいいかも。だがそのかいあってか、この1週間+αで大分繊細な魔力操作に慣れた。
やってて思ったけど、これって筋トレと同じだ。やればやるほど洗練されてくる。結果が如実に現れる。
人生で魔法に一番触れていたのは大学院の頃なんだけど、今の魔力操作精度はその頃に引けを取らないと思う。
リハビリ完了だ。そう思うとこの採点地獄にもありがとうと思えてくる。
嘘だよバーカもうやりたくねぇ。しかもこっからすぐに成績入力があるんだが。
やだなぁ。まぁここを超えれば、ここを超えれば一旦楽になる。
そこまではもう鍛錬の期間と割り切るか。成績入力も魔力操作でやってやろうかな。
あ、後、二つ悲しいことがあった。
一つは、あんだけテスト週間にサポートを頑張ったのに、赤点をとった生徒が各クラス数人ずついたこと。
そしてもう一つは、町田先生(好きだった先生)の最終出勤が、今月の21だと知れたことだ。
まず赤点について。これはまぁもうしょうがない。
俺は舐められてる。特にヤンキー気質の子達から。
そらそうだ。それについてはもう否定する気も起きない。
一応、テスト後の補習も行って、頑張ってくれるなら成績にも反映させようと考えている。
考えてはいるが……まあ来ないだろうな。
言ったって来ない奴は来ない。去年もそうだった。てかなんなら、放課後に補習っていって女子生徒を集めてるとかいうトンデもない噂を流布された。
まあ確かに、俺が不細工だからだろう。女子生徒からの人気がなくて、赤点を取る子も自然と女子が多くなるという事実もあるが。
こういうのはかなり効く。でも一応手は差し伸ばさないと。これは教師としての責任であり義務だ。
次に町田先生について。
夏休み前の修了式が最終出勤日になるらしい。まあ妥当といえば妥当よな。
別にそれがなんだといえば何でもないんだが。そもそも来月やめるって言ってたし、俺はただ一人で勝手に好きだっただけだから。
そんなの分かってる。分かってるのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。
諦めと、切なさと、焦り。
執着と、悲嘆と、ほんの少しの………憎しみ。
やばいなぁ。本当に終わりだ。
自分が信じられない。こんな自分が愛せないよ。
あんなに頑張る理由にしていたのに。その幸せに自分が関わっていないだけで、なんでこんな、こんな感情にならなきゃいけないんだろう。
気持ち悪い。ありえない。意味がわからない。
嫌だ。惨めだ。醜い。死んでしまいたい。
でも、心には胸を掻き毟りたくなるような息苦しさと、ポッカリと穴が開いたような虚無が広がっている。
やっぱりもう幸せにならないといけない。
俺はこれ以上自分を嫌いになりたくない。だから。
改めて。ちゃんと幸せになろう。
人の幸福を心から祝えるように。
新暦67年7月18日(日)
また期間が空いてしまった。
ここ2週間は忙しさと、精神的なものもあって思考がまとまらない日が続いた。
世界ってこんなに灰色になるものかね。
赤点だった子達は、やっぱりほとんど補習には来なかった。
一部来たのは、成績に反映するよ、という甘言に誘われた子達。
まあそんなもん。もう入ってきた瞬間から顔が嫌そうだったが、なるべく物理的な距離を取りつつ、懇切丁寧に教えることで、来てくれた子に関してはなんとか、って感じになった。
それだけでもよかった。
そして成績入力や夏休みの宿題準備など、まあ雑事をこなしながらの、今日。
来週が一学期最終週になる。
それすなわち、町田先生との(ほぼ確実な)永遠の別れってヤツになるだろう。
そんなもんだ。現実なんてそんなもん。
告白くらいはできればよかった。脈が無いのなんて分かりきってるが、それでも最低限感情をスパッと終わらせられたかもしれない。
だめだ、やっぱ自分が気持ち悪い。話題を変える。
創造魔法の進捗について。
これに関しては、ここ二週間でかなり進んだと言えるだろう。
まずは魔力操作のクオリティについて。
ここ一ヶ月で飛躍的に精度が上がった。
そしてその恩恵として思わぬ成果があったのだ。
それは、肉体強化魔法の効果・効率が向上し、視覚強化の強化幅がかなり拡大したという点。
要は顕微鏡だ。まだ高分子を視認できるほどの倍率は無理だが、視覚強化でかなり色々見えるようになった。
そしてその眼で、レスポンサーに関する資料をもう一度洗い直してみた。
特に動画だ。レスポンサーは、その起動時の動作映像がオンラインの論文に載せられている。
動画では、小博教授が実際に呪文を唱えてレスポンサーを作成し、命令を実行させる様が納められている。
呪文は『赤い目の兎、青い目の狼。昏い夜に空を駆ける』だ。
この呪文は小博教授のオリジナルで、意味は分からないし解析したところで多分活かせない。
あー。呪文についても纏めとくべきか? まぁまた今度でいいか。
……話を戻す。レスポンサーだ。
今回レスポンサーに与えられた命令は、四角くなることと丸くなることをを繰り返すこと。
で動画の中でレスポンサーは、小博教授からの魔力供給が途切れた後も、変化を5秒おきに15回繰り返して最終的にニュートラルな液状に戻り静止した。
それをこの目で確認して分かったのは、魔力をレスポンサー内で循環させているということ。
また、レスポンサーの変化時における部分的な速度の差から、3種類の異なる速度の層が発生しているであろうことがわかった。
これがどういうことか?俺の仮定に当て嵌めると、3種類の高分子でできた魔力受容体が、水の中を偏在しているということになる。
そしてそれらは互いに魔力を受け取った後、キャッチボールのようにレスポンサー内で魔力を投げあって循環させ、命令の繰り返しを実行しているのではないか。
……うん。これだ。これでいこう。
とりあえずの仮説としておいてみるには上出来じゃないだろうか。
そして理論が立ったなら次は実験である。
高分子の魔力受容体の創造。……どうしたものか。
魔法にはイメージやインスピレーションってやつがかなり重要になってくる。
創造魔法の参考になるようなものはないかな。折角の夏休みだし、久しぶりに外出とかしてみてもいい。
魔法技術博物館とか行ってみるか。
言わずもがな独りでの外出だけど、それでも家に篭りっきりよりは健康的だろう。
新暦67年7月21日(水)
今日は修了式だった。
子供達は昼前には帰宅し、仕事もピークを超えて、ほっと一息をつけるようになった。
それと、町田先生の最終出勤日でもあった。
特に何かあったわけではない。ただ、今までありがとうございました、だけは伝えることができた。
それで良いのだ。ここ一ヶ月は沈んだ気持ちで過ごす日もあったが、不思議と今日は穏やかだった。
心のどこかで踏ん切りがついたのかもしれない。
なんか仲のいい先生らで集まって送別会をするみたいな話が聞こえてたから、もしかしたら今頃は集まってお酒でも飲んでいるんだろうか。
勿論俺は誘われていない。まぁそんなもん。
いつも通り。この切なさも含めての、いつも通りの日常。
創造魔法について考えることだけが気を紛らわしてくれる。
どこか依存的と言ってもいいかもしれない。嫌になるね。
だが今はこれに縋るしかない。見えている範囲で唯一、幸せになれるかもしれない道筋なのだから。
俺は悪役なのだろうかと、帰り道にふと思った。
いやいやまさか、なんて考えて、でも俺みたいな悪役、ありがちじゃないか?なんて思い至る。
人生が踏んだり蹴ったりで、外法に身を窶した悪の魔法使いみたいな。
で、最後は大体正義の味方に正論でやっつけられるんだ。それでもう終わりだーってなって、自爆スイッチを押して研究所ごとぼかーん、みたいな。
だとしたら不思議だなぁ。俺は俺の幸せを目指しているだけなのに、でもそれは社会通念上間違いなく悪で危険。
じゃあこんなことしないでも幸せにならせてくれや、なんて思うけど、現実としては運が悪かったのかなんなのか、社会の範疇ではどうやら幸せになれなさそう。
幸せに生きる権利は俺にだってあるはずなのに。
それに何も俺は、人を殺すことに幸せを感じるようなイカれ野郎ってわけでもない。
寂しさを埋める誰かがほしいだけなのに。それを求めることさえ、俺なんかでは我儘になってしまうのだろうか。
こんなこと考えてもキリがないか。
そう思って、初心を思い返すために日記を見返してみたら、びびんなよ、なんてカッコつけて書かれてて笑った。
そうだな、今更ビビるな。やれるだけやってみよう。
結末がどうであれ、幸せを目指す行為に貴賎はない、そう信じて。