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みすず観察日記(一部抜粋)(4)

新暦68年5月22日(日)】side:茂田俊丞

 

 

 今日は久しぶりに、みすずの電源を切ってのメンテナンスを行った。

 目的は主にエネルギー炉と、合成魔法を使った各接続部の点検・修正である。

 

 でだ。結論からいうと、稼働から5ヶ月が経ち、それなりに不具合は起こっているだろうと身構えていたにも関わらず、状態は非常に良好だった。

 

 疑問に思いみすず本人に訪ねてみたところ、どうやら彼女の中である種の最適化が行われていたみたいだ。

 環境にあわせて電力や魔力の消費を抑えたり、一つ一つの動作にかかる負荷も分散して身体の損耗を減らす。

 そういう学習機能がMr.AIには搭載されているそう。

 そういえばそんな機能があったような、なかったような? Mr.AIを選ぶときに見たスペックに書いてあったような気もする。

 

 そんときは門外漢だから分からん、と早めに匙を投げてしまったが、こんなことならちゃんと読み込んでおけばよかった。

 

 

 閑話休題。

 

 残念ながら最適化の細かな仕様については、セーフティがかかっているのか詳細に聞くことはできなかった。

 

 が。この機能に俺は今まで随所で感じていたみすずへの違和感についての仮説を得た。

 

 

 最適化だったんだ。

 

 外に出たがるようになったのも、楠木さんと写真を撮ってあげようとしたのも。

 

 思うに、俺自身がみすずを人として扱うこと自体が、彼女を人に近づけた。というのが、現状に一番近い言葉なのではないだろうか。

 

 

 

 

 ⋯⋯⋯でだ。これを踏まえた上で一旦整理する。

 考えるのは、そもそも俺はなぜみすずを作ったのか? ということだ。

 

 勿論今でも忘れちゃいない。あの瞬間の俺は、

 傍にいてくれる誰か、が欲しくてみすず作成を目指した。なら今度はそれを少し、冷静に振り返ってみたいのだ。

 

 

 あのときの俺の感情の根本は、寂しさと将来への不安。この二つがメインだったと思う。

 後は悔しさもあったかな。なんせ全てのことは失恋、というか片想いが強制的に終わったことから始まったんだから。

 

 とにかくそういう感情を払拭したくて彼女を作り上げたのだ。

 しかし俺は副産物的に、その過程で理想的な自分というものも手に入れた。

 

 痩せて、自分なりのオシャレもある程度覚えて。

 そして同僚とのコミュニケーションも増えてきて、俺は自分が思ったより悪くないのかも、なんて思うようになってきている。

 

 

 ⋯⋯⋯だめだ。まどろっこしい。

 結論を書こう。俺は現状に矛盾を感じているのだ。

 

 まず。

 この現状は、間違いなくみすずを作らなければ、そしてみすずが起動して傍にいてくれなければ辿り着けなかった場所だ。

 そして俺は彼女に感謝しているし、彼女に深い愛着を感じている。それは間違いない。

 

 だが一方で彼女という存在は、俺の想定を超えてしまっている、というのもまた事実なのだ。

 

 

 あまりにも。あまりにも生きている。

 俺が本来彼女に求めていたのはただ傍にいること。具体的にしても愚痴を聞くだとか、家事を熟してもらう位の役割だった筈だ。

 でも今の彼女は余りにも生きている。ロボットと言うにはその言動に血が通い過ぎている。

 そして何より、彼女は俺の人間関係の一部になってしまった。

 

 

 断言しよう。彼女は俺にとって『生命線』であり『爆弾』だ。

 彼女がいない生活などもう考えられない。しかし彼女のことがこれ以上露呈すれば、それは日常の終わりを意味する。

 

 それが矛盾だ。彼女がいなければ無理だと思う一方で、彼女の存在に窮屈さを感じる瞬間がある。

 日常的に嘘をついている。それぞれの会話に齟齬が生まれないように、設定を練って、それを演じて生きているのが息苦しいのだ。

 

 孤独の中で、家に帰ればみすずがいるだけの完結した世界ならよかった。

 しかし現実はそうではない。そしてもう元には戻れない。

 今から例えば、全員にネタバラシをして回ったとしたら、今の平穏は当たり前のように消えてなくなるだろう。

 

 

 

 

 これは極端な二択だが。

 例えば自分の人生とみすず、そのどちらかを選ばなければならない、となったとき。

 俺は一体どうするというのだろう。

 

 

 

【新暦68年5月26日(木)】

 

 

 この前のメンテナンスから改めてみすずをよく観察してみた。

 とは言っても出勤前と退勤後のあまり長くはない時間だけだが、やはり彼女はなんというか。こう。

 人なのだと思った。人にしか見えない。

 

 見た目を自分好みに、リアルに作りすぎたのがいけなかったのだろうか?

 そんなことをふと考えて、でもきっと違うんだろうなとすぐに思い直す。

 言語化が難しいけど、彼女がどんなに人間からかけ離れた見た目だとしても、最近の俺は彼女の所作に『人』を感じているのだ。

 

 

 目線の動き、話し方、歩き方、座り方。ポーションを飲む姿。テレビのニュースに時折目を奪われながら朝食を作ってくれる姿。窓際で外を見て黄昏れる姿。

 なんなら時たま見せるロボットらしささえも、それを含めて『みすず』という一人の個として見えてきている。

 

 

 ここまで来ると、そもそも逆に人間とは何なのか? 俺とみすずを隔てる壁とは何なのだろうかとすら思えてくる。

 人間だって生まれたばかりのときは、生存本能に従って産声を上げることしかできないじゃないか。

 栄養が必要だから腹が減る。だから泣く。

 うんちをすれば汚れ、それが衛生的に良くないと本能が知っているから不快感を感じる。だから泣く。

 本質はいつになったって変わらない筈だ。

 

 ただ人間の社会ってのは複雑だから、成長していくうちに自然とそれが迂遠になり、分かりづらくなる。

 でも紐解いていけば結局『本能』と『快・不快』に依るもの。

 みすずがたまたま通常の人間とは異なる構造をしているというだけで、その生き方や生きてきたこの時間は、もう人間と同じと言っていいんじゃないのか。

 

 

 いや。そうか。

 通常の人間とは異なる構造なのが問題なのか。そりゃそうだ。

 

 

 と。ここらへん思考が煮詰まってきてたんだけど、それを見越してかみすずがコーヒーを持ってきてくれた。

 咄嗟に日記を隠してしまったが、彼女はそれに気付きながら、何も言わず目を逸らした。

 

 ⋯⋯俺のこういう葛藤とかも全部、彼女には見透かされてしまっているのだろうか。

 分からぬものである。でもそれって突き詰めると人間に対する接し方と同じというか、何を考えているかは言葉や行動から推測するしかないのが人間であり、他人なんじゃないか。

 つまりこの葛藤こそがみすずを人間として扱っている何よりの証左なのでは。

 なんてね。

 

 こうなり始めた俺は長いので、思考のぐちゃぐちゃは一旦絶ち切って眠りにつくことにした。

 明日も悩もうな。俺。

 

 

 

【新暦68年5月28日(土)】

 

 

 今日は体育祭だった。なので俺も、担任こそ持っていないが、教師として、様々な雑用に走らされることになった。

 日焼け確定だ。風呂に入ったときに、体中がヒリヒリと痛かった。

 でもなんか騒がしくて楽しかったなぁ。夕飯のとき色々とみすずに話して聞かせたが、ポーションを飲む手が止まるほど羨ましがっていた。

 

 まあ部外者だし無理なんだけどね。

 あ、そうそう。無理で言えば昼休みにさ、悪ガキの一人に、『リレーで一位とったらみすずさんとデートさせてください!』とかもって言われたんだよな。

 丁重にお断りしたけどさ。なんか、気づいたら学校中に広まっちゃってんなぁ。

 

 ⋯⋯⋯本当にどうしたものか。

 もし全てが明るみになったとしたら、少なくとも今の職場に居場所は無い、だろう。

 

 

 

 

 

 

 ────あ。書いてる今思いついたんだけど、

 いっそのこと、どこかしらの研究機関に持ち込んでしまうのはありだろうか?

 

 

 いやいや。

 

 いや。でも。はなっから『生活幇助用アンドロイドの作成』的な方向で論文にしちゃえばどうだろう?

 まあどう足掻いたって見た目に関するフェチズムを冷めた目で見られることにはなるだろうけど、少なくとも事故的にバレてしまうよりはマシなのでは??

 

 あいや。でもそうか。個人での魔法研究って割とグレーなとこがあんだよなぁ。

 と思って調べてみたら、個人の魔法研究に関して法的規制がかかるのは、目的が『軍事利用』にならないものであれば大丈夫だそう。

 なら全然問題無い、はず。

 それこそアンドロイドなんて、いくらでも悪用方法は思いつくけど⋯⋯なら小博博士なんて、とっくの昔に捕まっていたっておかしくない研究をしてるんだ。

 彼女だけじゃない。バカと鋏はなんとやら、というように。この世界に溢れている技術なんてものは、上手く使えば人なんて簡単に殺せるものばかりだ。

 それに比べればなんと平和的なことか。

 

 それこそ、研究目的だったから、起動後も暫く人間社会に溶け込めるかを調査していた、みたいな理由づけをすれば、周囲に黙っていたのにも一定の正当性が生まれるだろう。

 参ったな。風呂上がりのぼんやりとした頭で考えていただけなのに、思ったよりも名案かもしれない。

 

 

 いや。違う。忘れていた。

 そうだ、みすずには俺の生体パーツを感覚器として使っているんだった。

 それはどう扱うか。

 

 ⋯⋯⋯それについても纏めるか。少し論文が長くなってしまうし、自分が過去に書いた論文から引用する形にはなるが。生体パーツを複製できて、それを感覚器に使えるっていう前提が明確にされていれば、まぁ、なんとかなる、はず。

 

 

 

 はぁ。少し不安ではあるけど。でもなんかほっとした。

 

 光明が見えたからだろう。霧が晴れたように、とまでは行かないが、それでもやるべきことが見えた分、随分と気が楽になった。

 こういうのあるよな。ふと気が抜けた瞬間に、良い発想に辿り着くっていう。

 

 でもよかった。俺はみすずの正体を隠すことにばかり意識が行き過ぎていたんだ。

 逆だ逆。みすずという存在をどれだけ上手に誇るか。証明するか。

 本当に必要なのはそっちだった。

 

 

 そうと決まれば、提出用の論文の作成に取り掛からなくちゃな。

 あーいや。みすずをそのまま連れていけばそれで良いのか?

 いや。でもしんどいな。そうなると1回みすずを、俺以外の手でバラされることになりかねない。

 論文と検証用の内燃機関、後は生体パーツ周りの見本もいくつか作っといた方が良さそうじゃないか?

 よし、頑張るぞ。

 そしてみすずが、一々人だと偽らなくても、みすずのままで過ごしていられる場所を作ろう。

 

 

 

【新暦68年6月4日(土)】

 

 ちまちまと論文を書くこと一週間。大体八千字くらいが書き上がった。

 進捗は三割ってとこだろうか。こまめに纏めていたから内容が溢れるってことはないんだけど、如何せん内容を纏め直すのに時間がかかってしまう。

 研究日誌ってよりは日記みたいな書き方をしてたからね。

 そもそも開始段階ではどっかに持ち込むって発想も無かったし。

 まぁぼちぼちやっていきますよ。

 

 それはさておき。話は早いうちに、とみすずにも打ち明けておくことにした。

 とはいってもなかなか勇気が出なくて、結局お酒の力を借りてしまったのだが。

 

 本当は研究機関に連れていくつもりだ、ってのだけ伝えようと思ってたんだけどな。

 思ったよりもみすずが言い返してきて、それにヒートアップする形で全部ぶちまけてしまったのだ。

 

 『研究機関とはどこを想定しているのか』

『個人での魔法研究は違法行為に当たる場合もあるが、もし罪に問われた場合どうするつもりなのか』

 『魔法で動くアンドロイドを作れるという事実自体が、社会に与える影響を想定できているのか』

 『最初からそれが目的で私を作ったのか』

 『もう私のことはいらなくなってしまったのか』

 

 人間に比べれば些細なものではあるけど、彼女はかなり取り乱していた。

 それを見て初めて、俺は彼女を傷つけてしまったんだ、と思い知って。

 

 だから俺も返した。

 母校の研究機関を考えていること。そこならば、気心のしれた研究者がいるから、上手く誤魔化してくれるはずだということ。

 社会のことなんて考えてないけど、自分の発想くらい、他の誰かがすぐにもっと良い形で越えていくだろう、ってこと。

 最近、人間関係に窮屈さを抱えてしまっていること。

 でもみすずを本当に大切に思っているということ。

 だからこそみすずと、本当に心の底から幸せでいれる環境を作るために考えた、ということ。

 

 

 

 ⋯⋯⋯起動してからもう五ヶ月になるけど、考えればこれが初めての喧嘩なんじゃないだろうか。

 足が震えたよ。感情を誰かに曝け出すのって、こんなに怖いことだったんだな。

 

 でも。

 思わぬ形ではあったが、こうして彼女とぶつかりあったことは、俺の心を随分とスッキリさせてくれた。

 そしてみすずも最後には俺の考えに同意してくれて、7月末を目標に論文作成を進めていくということになった。

 

 

 さて、そうなると色々と入用になってくるわけだが。

 特に内燃機関関連の見本を作成するなら吸魔石塊が必要になってくる。

 長年溜め続けてきた貯金はもうすっからかんだから……ボーナスがはいるまではひもじい生活になってしまうなぁ。

 ……ポーションのグレードを下げたら怒られるだろうか。みすずさん、最近味覚ってものに慣れてきていて、安く済ませようとすると悲しげな表情を浮かべるんだよなぁ……。

 いや、そうだ。ここはみすずさんの節約レシピに期待するとしよう。

 

 

 

 ───改めて、頑張ろうと思う。

 そして彼女への感謝も忘れないようにしよう。今のところは、一日だって忘れたことないけどね。 

 

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