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【新暦68年5月13日(金)】side:茂田俊丞



 みすずの存在が露呈してしまった生活は、思ったよりも悪いものではなかった。


『乾ぱ〜い!』


 どちゃ、と四つのジョッキがぶつかり合う。

 思ったりより勢いの強かったそれに、心の端っこで割れてしまわないか、なんて不安になりつつ、周りに合わせてジョッキを煽った。




 ─────みすずのことが露呈した、その日の昼休み。早速俺は同僚の皆さんに捕まり、質問攻めを受けることと相成った。


『流石に説明よろしくお願いします!』

『そうよ! 私最近の茂田先生の痩せ方ちょっと心配してたんだから』


 わいのわいの。なんだかんだ。

 誰が最初に話しかけてきてくれたのかは思い出せないが、そんなやり取りから始まった、久々の『世間話』は、想像よりも悪いものではなかった。



 結論から言うと。みすずを作ろうと四苦八苦していた頃の俺は、客観的に見て少し可笑しくなってしまっていたらしい。

 ずっと何かを考え込んでいるし、たまに深い隈をつけて出勤してくるし、最低限の事務的な会話しかしなくなった。

 俺自身は熱中していただけだったからそこまで気になってなかったけど、いざ言われると確かに配慮が足りなかったなぁと、今更ながら後悔した。






「───でも良かった。私てっきり⋯⋯⋯あー」

「いや、山本さん、言いたいことは分かりますよ」

「だよねぇ?」


「えっ、なにがですか?」



 山本さん───今回誘ってくれた先生───は少し言い淀む。

 間違って零してしまった、みたいな反応が気になって聞き返してみると、隣の濱田さんとなにやらアイコンタクトを交わし、ややあって口を開いた。



「いや⋯⋯⋯茂田さん、佳奈子ちゃんがいなくなっちゃってから急激に痩せ始めたでしょ? だからなんか関係あったのかなーって、というか私は茂田さんは佳奈子ちゃんのこと好きだったのかなって思ってた」

「あ、僕も思ってましたし、そのみすずさんって人が恋人じゃなかったのなら、まだ好きなのかなとも思ってます!」


「わぁ⋯⋯⋯そっかぁ⋯⋯⋯」



 顔に血がどくどくと集まるのを感じる。

 まさか。バレていたとは。



「⋯⋯恥ずかしいなぁ。本当に申し訳ない」

「いやいやっ、悪いことじゃないじゃないですかっ」

「そうよ! そりゃあ実らない恋だったかもしれないけどっ、佳奈子ちゃんだって別に嫌だったってわけじゃないだろうしっ!」

「うぐっ」


 山本さんのフォローは、一周回って俺の心に突き刺さった。

 断末魔を上げて机に倒れると、二人して慌てだす。それを俺の隣に座っている吉野くんが爆笑して写真を撮って。

 わいわいとしていた。こんなのは本当に久しぶりだった。それこそ去年の新年会とか、それくらいぶりかもしれない。





 楽しかった。

 ふわふわと、良い具合に酒の回った頭には、夜風の肌寒さがちょうど気持ちいい。



 今日飲んだ4人のうち、山本さんと濱田さんは既婚者ということもあり、22時を回ったあたりで帰宅した。

 だから今は隣で、俺と同じように顔を赤くさせた吉野くんと、酔い覚ましも兼ねて、少しだけ街をぶらついていた。



「⋯⋯⋯今日は、ありがとうね」

「なんですかっ、急に!」


 

 なんとなく無言になったタイミングで、自然と感謝が口をついて出た。

 照れ隠しなのかぺしぺし、と肩を叩いてくる吉野くんに笑みを零す。




 それから。

 駅について吉野くんと別れた。彼はこの後恋人の家に泊まりに行くらしい。

 向かいのホームから、子供みたいに手を降ってくるの彼に呆れつつ彼を見送ると、自然と溜息が出た。



 それは悪い溜め息ではなかった。久しぶりに心地よい疲れに身を包まれている。

 今週はずっとそうだ───みすずのことがバレてからは、皆と話すたびに、緊張の糸がゆっくりとほつれていくのを感じていた。



 なんていうか、俺が思っていたより、俺は周りの人から心配されていたみたいだ。

 気づかなかった。それどころか、いつの間にか俺は、自分が幸せになるのが悪いことのように思い込んでいた。


 でも別にそんなことはなかったんだ。俺は少し大袈裟だったのかもしれない。

 



「あれ⋯⋯⋯」




 そういえば俺はそもそも、なんでみすずを作りたかったんだっけ?

 確か、えーと⋯⋯────そうだ。寂しかったからだ。

 あの日A4のコピー用紙に書き散らした言葉は今も忘れていない。でも冷静に振り返ると、あの寂しさの中には、「将来の孤独への不安」が隠れていたようにも思う。


 なんなら、寂しさ自体は研究に没頭したおかげで、そう時間をかけずに消え去っていたような気さえする。



 いや。でも。

 みすずが初めて俺を出迎えてくれた日、俺は涙を堪えられなかったなぁ。

 あの日の涙の理由は何だったか。安心?達成感?

 よく考えれば、どこまで行っても『AI』でしかないみすずに、愛情を求めるのはズレているような気がする。


 あれ? それでいいと思って作ったんだっけ?

 たった半年前のことなのに、もうそこら辺の細かな機微は思い出せなくなってしまった。



「まぁー⋯⋯⋯いいかぁ」



 ぼそりと。思考を放棄して小さく呟く。

 ほろ酔いの脳みそは、そういう小難しい感情のことを考えるのは向いてないみたいだ。

 いきなり呟いたせいで、隣に座っているおじさんが小さく驚いたのを見て、心の中でごめんと言いつつ。

 電車揺られながら家への帰路を歩むのだった。




【新暦68年5月14日(土)】side:柴崎鱗



 

「悪いね。いつも」



 小博色香はそういうと、真っ黒な、上質な革のソファに深々と座り込み、足を組んだ。

 遅れて、彼女が今しがたまでいた研究室から、一枚の紙がふわりと宙を漂ってくる。


 その紙は、蝶のように不規則に空間を舞った後、応接用のローテーブルに着地する。

 それを向かい合って座る男────柴崎鱗という───が手に取った。



「⋯⋯⋯はぁ。あのですね。私ももう部隊を持つ責任ある身なので、このように私兵じみた扱いをされるのは大変迷惑なのですが」

「とは言っても、いつだって優先されるべきは世の秩序なのだろう? 私はその手助けをしているだけだ」

「物は言いようですね⋯⋯⋯で。これはまたあれですか? いつもの秘密の情報筋ですか?」

「ああ。まま、つべこべ言う前に見てみたまえよ」



 促され、鱗は渋々その紙切れに目を落とす。

 

 

「⋯⋯⋯殺しですか。それもネット上の書き込みが嘘をついていないのであれば、事件は先週末に起きている」

「そうだ。まあ、あくまで現状は私のホラリー探知魔法に引っかかったというだけなのだがね」


 殺人事件。鱗の目つきが鋭くなった。

 彼に渡された紙には、色香が依頼者から得た『情報』が纏められていた。



「被害者⋯⋯行方不明者は二十代前半の女性。目撃情報は五月七日に、東京都多摩市にあるショッピングモール『MIKMTO』。あそこですか」

「ほう。お前みたいな堅物でも分かるのか」

「舐めないでください。この前部下に連れ回されました」


 で、と鱗が仕切り直す。



「当該者は中年の男性と連れ立って歩いていた。状況を見てその男性が加害者、ないしは重要参考人になると判断⋯⋯なるほど、つまりこいつを捕まえろって話ですね」


 そう言いながら、鱗は添付されていた写真を指で弾いた。

 その写真には、40代くらいの、小奇麗な服装をした男が写っている。

 ぼやけているため詳細な見た目は分からなかったが、被害者と思われる女性の腕を引いて連れ歩いている、そんな様子が見てとれた。



「そういうことだ。理解が早くて助かるよ」


 そういうと、色香は鷹揚に頷いた。そして長い脚を組み替え、手を顔の前にやる。するとその口元には、いつの間にか煙草を咥えている。


 ぱちり、と彼女が指を鳴らすと、その先端に火が灯った。

 


「ふぁきどもほはひがふ」

「なんと?」

「チっ───っふぅ。ガキ共とは違うって言ったんだよ」

「ああ。確か今は国からの依頼で教鞭をとっていらしたんでしたか」


「そうだ⋯⋯⋯はぁ。しかも相手は中学生だぞ? 流石の私もガキの前では吸えないよ」

「私も煙草の匂いは嫌いなのですが」

「お前はガキじゃないからな」

「⋯⋯⋯」



 ふぅ──色香が息を吐くと、白い煙が真っ直ぐに出たあと、空中で溶けてニコチンの匂いが広がる。

 副流煙。鱗は顔を顰めた。



「はは。相変わらず顔に出るなぁ鱗坊は。安心したまえよ、これはこの前開発したばかりの『疑似タバコ』だ。有害なものは一切入っていないんだ」

「では、それを子供の前で吸っても別にいいのでは?」

「教育上よろしくないだろうが。そんなことも分からんのか」


 

 全く、この人はああ言えばこう言う。 

 鱗がある種の諦めを胸に、大袈裟なため息で返すと、色香は快活に笑った。

 そして、ややあって。この場を締めくくるように言った。



「さぁ、今回も頼んだよ。何か魔法的な発見があれば、そのときは連絡してくれたまえ」








 その後。

 司法局東京本部にて、鱗は己が率いる部隊に招集をかけた。

 空いていた会議室を急遽借り、コーヒーと携帯を片手に暇をつぶす。

 ニュースを読み終わり、SNSにも少し飽きを感じたあたりで、漸くドアがノックされた。


「お疲れ様っで〜す!」


 勢い良くドアを開き顔を出したのは、まだ幼さの残る女だった。それから少し遅れて、筋肉質でガタイのよい男と神経質そうな女が現れた。

 

「皆お疲れ様。突然呼び出してすまないな」


「え? いつものことですよ?」

「俺は丁度報告書まとめ終わったタイミングだったから良かったっちゃ良かったよ」

「私はいつでも。隊長の部下として準備はできています」


「そうか⋯⋯ありがとう」



 部下達の三者三様な、しかしそろって肯定的な返答に鱗の口角が自然と緩んだ。

 そして部屋に入ってきた三人が席に着くと、今度は鱗が立ち上がり、ブリーフィング用の資料をそれぞれに手渡した。


 そのまま鱗は、《殺人嫌疑》というタイトルと、小博色香から共有された情報が纏められたホワイトボードの横に立ち、話し出す。



「さて。それではブリーフィングを始めよう。いつも通り手元の資料に沿って説明する。何か質問があれば挙手すること────」





「────で。最後のページに添付されている写真を見てほしい。それが被害者と、今回探す重要参考人だ」



 ブリーフィングが粗方終わった後、鱗は資料の最終ページにある写真を指した。

 掲示板にて共有されたものを、小博色香の魔法技術によって高画質化されたそれには、人形のように端正な女性───みすずの腕を、俊丞が引っ張って歩く様子がくっきりと映っていた。



「へーえ。こりゃ綺麗だ。これだけ見ると痴情の縺れというか、キャバ嬢と太客っぽいけどな」

「逆上して殺した⋯⋯まあ有り得そうな線ねー」

「えー。男の人の方もカッコイイのに。そんだけ上手だったってことなんですかね?」

「ええっ!? あんた正気? 明らか冴えないおっさんじゃない。隊長もそう思いますよね?」


「はぁ⋯⋯知らん。どう思うかはお前たちの勝手だがいらない憶測は控えろ。しょうもない判断ミスに繋がる」

「しゅん⋯⋯」

「えー広尾さんこの人かっこ良くないですか?」

「いやぁー? 俺はあんま思わねぇかもなぁ」


「⋯⋯⋯⋯まったく」


 

 弛緩しかけた空気を察知した鱗は、二度大きく手を叩き、部下達の姿勢を正した。

 三人の視線が集まるのを確認し、その一つ一つと目を合わせた後、彼は改めて口を開く。





「いいか。本件はまだ嫌疑だ。小博教授の星占魔法は今までで三件同様の報告があり、その全てが殺人事件の発覚に繋がってはいるが、しかし法的に決定的な証拠にはなり得ない。そのため今回の目的はあくまでこの重要参考人である男性の身元補足、そして殺人の証拠を抑えることになる」


「なので本丸を抑えるまでは別れて調査を進める。那珂は写真を解析班に持っていって顔貌照合。広尾と目黒は件のショッピングモールで聞き込みを行ってくれ。俺は一度ホラリー探知魔法によって示された、当該者の現在地周辺を確認してくる」


「以上。何か質問は?」


「ないっす!」

「大丈夫です!」

「ありません」


「よろしい。では解散! 進展があればすぐに共有するように!」



『了解!』



 返事と同時に、鱗の部下達は各々に課された指示に従って動き出した。

 それを見送ると、鱗もすぐに、パイプ椅子にかけてあったジャケットを羽織り荷物を纏める。





 俊丞の日常が、大きく動き出そうとしていた。


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