1「運命の出会い、都への旅」
月ヶ瀬の地にひっそりと佇む乙若城、そこに住まう美しき姫、かぐや齢十六
「わぁ今日もいい天気!」
かぐやは石垣を軽やかに飛び越えると、月ヶ瀬村への道を駆け出した。長い黒髪がその後を追うように風になびく。
城抜けは、かぐやの日課。
「かぐや様! またお城を抜け出して! お父上が心配されますぞ!」
村長が、いつものように苦笑まじりに声をかける。
「堅苦しいお城は苦手なの。それより村長、腰の具合は?」
「かぐや様のおかげで、すっかり良くなりました。感謝してもしきれません。」
「お役に立てて嬉しいわ。何かあったら、いつでも言ってね」
実を言うと、かぐやには不思議な力がある。
紙を操り蝶に変え、子供たちを笑顔にしたり、妖を鎮めたと思えば、星を読み災害を予知し、村人を避難させたりもした。癒しの力もその一つ。
「かぐや姉ちゃーん、遊ぼう!」
「いいわよ!じゃあ、今日も蝶々の出し方教えてあげるわね」
村の子供たちはもちろん、村人みんながかぐやを慕っていた。
「こら! お前たち、かぐや姉ちゃんじゃない! かぐや様と呼べ!」
子供たちの背後から、少し気恥ずかしそうな声が飛ぶ。声の主は、もうすぐ十三歳になる村の少年、連丸だ。
「あら、連丸ったら。ついこの間まであなたも『かぐや姉ちゃん』って呼んでたじゃない」
かぐやは、いたずらっぽく微笑んだ。
「そ、それは……。む、昔のことです! 村に元服の風習はありませんが、私ももうすぐ元服の歳。そうなれば、お城に仕え、姫様をお守りしたいと思っております!」
「あら、頼もしいわね。頼りにしてるわよ、連丸」
「はい! 姫様!」
連丸は、胸の奥に秘めた恋心を抱いていた。けれど、身分の差はあまりにも大きい。この想いを告げることなど、夢のまた夢だと諦めていた。
ある日、かぐやは乙若城の城主であり、父である藤原義政に呼び出された。
「かぐや、支度をしろ。都へ行くぞ!」
父の威厳たっぷりの声が響く。
「えっ、都!? ほんと!? やったー!」
かぐやは、喜びを隠せず飛び跳ねた。
「都では、父の大切な友人に会う。粗相のないよう、くれぐれも気をつけなさい」
「はい、お父様!」
いつもは厳格な父が、お転婆なかぐやを都へ連れて行くなんて考えられなかった。それだけに、初めての都に胸が高鳴る。
「素敵な出会いがあるかも! めいっぱいお洒落しなくちゃ!」
月ヶ瀬から都までは、遠い道のり。
途中、義政の遠縁にあたる山岡家の屋敷で、十日ほど世話になることになった。
「山岡殿、すまぬな。都までは距離がある。人馬ともに休ませねば、持たぬゆえ、しばし世話になる」
「何を仰います。どうぞ、ゆっくりして行ってください。ほう、かぐや殿。大きくなられましたな。いや、美しい。これほど美しい女性に育つとは」
「あら、本当。あんな小さくてお転婆だった子が、こんなに綺麗になるなんて」
山岡家の主、山岡忠嗣とその妻、楓は、幼少期にかぐやと何度か会ったことがあり、再会を喜んだ。
「そうだ、かぐや殿にご紹介しよう。秀嗣!」
忠嗣に呼ばれて現れたのは、蒼色の瞳に金色の髪を持つ青年だった。
「この子は、明の国に渡った倭寇の子でな。明よりもっと西の果てには、この子のような人間がたくさんいるとか。西の果ての母と倭寇の間に生まれ、日本に帰ってきたのだが……。この容姿ゆえ、鬼の子と罵られ、迫害されてきた。それを子のいない私達が養子にしたのだよ。どうか、怖がらないでやってくれ」
かぐやは、一目で心を奪われた。
「怖いなんて、とんでもないですわ。瞳も髪も、なんて美しいのでしょう。私にはわかります。あなたは妖などではない。その瞳のように、誰よりも綺麗な心をお持ちです」
「私など、ただの異形のもの……。あなたこそ、天女のようにお美しい。かぐや殿」
秀嗣もまた、一目でかぐやに心を奪われた。