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第八話 当て馬、始動

 

「へっくしょんっ!」

(来た!)


 運がいいことに、看病イベントの『フラグ』はその日の休み時間に起こった。

 午後の授業から彼らの後ろの席を陣取っていたマチルダは、ブライアンのくしゃみを聞いて立ち上がる。


「ブライアンくん、大丈夫?」

「ただのくしゃみッスよ~」

「でも、もしかしたら……」

「少しよろしいかしら?」


 フラグを立てる前にマチルダは二人の会話に割り込んだ。

 マチルダの登場に驚いたのは他でもない、ブライアンだ。


「マ、マチルダ様⁉」


 マチルダとブライアンは顔見知りではあるが、親しいわけではない。急に話しかけられるとは思ってもなかっただろう。

 マチルダはブライアンに持っていたハンカチを差し出す。


「よければ、お使いになって」

「え……え、でも……」


 信じられないような目でマチルダとハンカチを交互に見やるブライアンに、マチルダは淑女らしく微笑んだ。


「あら、どうかして?」

「こ、こんな綺麗なハンカチをお借りするわけには……それになぜオレに?」


 マチルダに相当緊張しているのだろう。いつもの下っ端臭い語尾が消え、丁寧な言葉を選んでいる。


「殿下と共に剣術の稽古をなさっている方ですもの。きっと将来を期待されているのでしょう? わたくしが気に掛けるのは当然だわ」

「マ、マチルダ様……」


 感激したようにブライアンがマチルダに目を向け、差し出されたハンカチを受け取る。


「あ、ありがとうございます。マチルダ様に気にかけていただき、嬉しいッス!」


 気を抜いてしまったのか、再びあの語尾が現れた。


 親しみを覚えたのかなんなのか分からないが、少しイラッとする。まだ学生とはいえ、彼は騎士団で礼儀を学んできたはずだ。マチルダは騎士団長の前での彼の姿を知っている。背筋を伸ばし、真面目な態度で訓練を取り組む姿を。

 マチルダもそれなりに礼儀を叩き込まれた公爵令嬢。淑女教育の他、王妃教育として何度も王宮に出入りし、常に人の目に注意してきた。彼も将来を期待されているなら、同じように教育を受けていたはず。公私は違うとはいえ、目上のマチルダに対して、平民のリタと同じ言葉遣いに、マチルダは苛立ってしまった。


「そうね。もう少し貴方を気にかけるのであれば………………貴方、少し弛んでいるのではなくて?」

「………………へ?」


 周囲に緊張感が走った。しかし、マチルダはそんなことも気にせず、ブライアンに詰め寄る。


「さっきのみっともない大きなくしゃみ! ハンカチで口を押えるなり、音を最小限にするよう努めるべきですわ! それに風邪を引き始めたのではなくて? もしそうなら、騎士を希望する人間が、体調管理ができなくてどうするのです! たとえ貴方の体調が悪くても、敵は出直してくれませんのよ!」


 ダンタリオンに見せられた未来では、彼は何者かにやられていた。剣の腕はピカイチと言われていたブライアンだ。もしかしたら、体調を崩していたところ、隙を突かれてやられたのかもしれない。


「さ、さっきのくしゃみは別に風邪では……そ、それにオレはバカだから風邪なんて引かないッス!」

「何をおっしゃってるの? 体調管理のできないおバカさんだから、風邪を引くのでしょうが!」

「お、おっしゃる通りッス」

「貴方、入浴後に半裸で家の中をうろついたり、髪を乾かさずに放置したり、お腹を出して寝ていたりしているのではなくて⁉」

「な、なぜ、マチルダ様がそれを⁉」

(攻略本を読んだからよ!)


 看病イベントで彼の母親が、そう小言を漏らす場面があった。そんなことをしていれば、風邪を引いて当たり前だ。


「おまけに、そのみっともない口調! 公私は分けるべきとはいえ、ここには貴方よりも身分の高い者達が大勢いるのですよ! 貴方はポロッと素が出てしまっただけかもしれませんが、少しは気を付けなさいませ! 貴方は殿下の近衛騎士になるかもしれないのですよ!」

「は、はい!」


 ここでマチルダは、トドメの一言に攻略本にも載っていたブライアンの母親がよく使う脅し文句を炸裂させる。


「あまりだらしがないと、騎士団長に報告いたしますよ!」

「ひぃいいっ! ご、ごめんなさい! もうしません、()()()()!」


 ブライアンがそうマチルダに頭を下げた時、周囲がしんっと静まり返った。

 だんだん冷静になって、自分が言った言葉を思い出したのだろう。

 顔を上げたブライアンは、耳の先まで真っ赤に染まっており、唖然としていたマチルダもそれを見て我に返った。


「わっ…………わたくしは! あなたの母親ではなくってよ!」


 ◇


 翌日、昨日のマチルダとのやり取りは、あっという間に学年中に広まった。

 ブライアンが気安くからかいやすいのもあったのだろう。廊下で知人にすれ違う度に、昨日のことをからかわれ、それが呼び水となったのだ。


「ブライア~ン! お前、公爵家のママができたんだって~?」

「今日はママに怒られないといいな!」

「わはははははっ!」

「もう、いい加減にして欲しいッス!」


 男同士でこういったからかいはよくあることだが、さすがのブライアンもこれには堪えた。教師相手ならまだしも、同級生を母と呼んでしまうなんて、これ以上にこっ恥ずかしいことはない。ましてや、相手は第一王子の婚約者である。


(くぅ~~~~っ! なんでこんなことになるんスか~!)

「やあ、ブライアン」


 背後からぽんっと肩を叩かれ、ブライアンが顔を向けると、そこには一国の王子、セオドアが爽やかな笑みを浮かべて立っていた。


「オレの婚約者が君のママってどういうこと?」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいっ!」


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