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第七話 お叱り

 

「おい、娘。おぬし、悠長過ぎやしないか?」


 入学式から一週間後の昼休み。いつも一緒にいるセオドアが国王に呼び出されたため、マチルダは一人で過ごしていた。

 食事も済んで化粧室へ立ち寄った時、勝手に時が止まり、ダンタリオンが現れたのである。


「入学式から一週間が経過したと言うのに、おぬしは当て馬の仕事を何一つしておらぬではないか! 国に利益を齎す気はあるのか? このままではあの娘が何も成長せずに卒業を迎えるぞ」


 きゅっと眉間に皺を寄せて文句を垂れるダンタリオンに、マチルダはため息を漏らした。


「むしろ、まだ一週間しか経っていませんよ。それにブライアンとの仲を順調に深めているようですし、わざわざわたくしが出る幕はありませんわ」


 今の所、リタとブライアンとの仲は良好だ。よく一緒に行動する姿を見かけるし、付き合っているのではないかと囃し立てる者もいるくらいだ。

 しかし、ダンタリオンは大きく舌打ちをした。


「甘い! 甘いぞ、娘! ぐつぐつに煮詰めた砂糖より甘いわ!」

「はい⁉」

「良いか、娘! このままではマルチエンドどころか、バッドエンドにドボンぞ!」

「マ、マルチエンド? ドボン?」


 マチルダの訳が分からないという感情が、顔に出ていたのだろう。ダンタリオンは片眉を吊り上げて、マチルダを睨みつけた。


「さてはおぬし、あの日から攻略本に目を通しておらぬな! 何のために渡したと思っている!」

「え、だって。あれはプライバシーの塊で……」

「そんなことを言っている場合か! これを見よ!」


 ダンタリオンは何もない空間から大きな鏡を取り出す。それは、以前夢の中でリタの未来などを映した物だ。

 鏡面が波紋を浮かべると、リタとブライアンの姿が映し出される。どうやら三年生の卒業式の日らしくリタはぐっと女性らしくなり、ブライアンは逞しい青年へ成長していた。


『今日で卒業か~。三年間あっという間だったなぁ……あ、ブライアンくん!』


 卒業式後、卒業証書を持ったリタがブライアンの下へ駆け寄っていく。


『あ、リタ。お互いに卒業おめでとうッス!』

『うん、おめでとう。あ、あの……ブライアンくん!』


 リタが頬を赤らめてブライアンを見つめる。


『この後、時間あるかな? 私、ブライアン君に……』

『ごめん、リタ!』


 ブライアンがパンと両手を合わせて頭を下げた。


『実はオレ、新人研修で北の大地に速攻向かうことになってるんス!』

(ええぇええええええええええええええええええっ!)


 北の大地とは、その名の通り、国の最北端に位置する極寒の土地。いわばド辺境である。海あり、山あり、平野ありの広大な大地で夏は涼しいが、冬の季節は家が埋もれるほどの大雪が降る。未開拓地のため、研究者や小作人を連れて駐屯する騎士団の支部があったはずだ。


 ブライアンは早急に荷物をまとめると、リタに背を向ける。


『じゃ、リタも達者で暮らすッスよ! またどこかで会えるといいッスね!』

『え、ちょっと⁉ ブライアンくん⁉ ブライアンくーーーーーーんっ!』


 ブライアンが笑顔で手を振って、走り去っていく。


 そして鏡には『エンディング・さようならは突然に』という文字が浮かび、二人の姿が消えた。


「ちょっと! これは一体どういうことですの⁉」


 これが本当に二人に訪れる未来であるならおかしい。


 ブライアンは将来、セオドアの近衛騎士になると期待されていたのだ。それなのに、新人研修で北の大地へ飛ばされるなんて意味が分からない。どこからどう見ても、これはただの左遷である。

 マチルダが問い詰めると、ダンタリオンは大袈裟に肩を竦めて鼻で笑う。


「どうも何も、この者達は恋仲に発展しなかったのだ」

「あんなに仲がいいのに、恋仲にならなかったんですか⁉」


 一週間、彼らの様子を見ていたが、ブライアンはリタの姿を見つけると、飼い主に駆け寄る大型犬のように追いかけて行った。あれだけ好意を振り撒いていながら、なぜ未来では恋仲にならなかったのか。そもそも最後の別れがあんなあっさりしてていいのか。


「よく考えてみよ。あの誰とでも仲良くなるような男が、一人の女に恋を自覚するようなタマか。だらだらと平民の女と交友を続け、教えられた貴族の嗜み、教養も疎かにしていれば、いくら素質があろうと近衛騎士候補から外されてもおかしくなかろう!」

「ううっ! 確かにあり得そうですわ……」


 今でさえ、あのような感じなのだ。あんなへらヘらした様子の近衛騎士がいては王家の品位を問われる。一応、マチルダは第一近衛騎士団の団長と面識があるが、彼はとても真面目で厳しい男だった。いくら一番弟子だろうと見切りをつけて、北の大地へ放る可能性は十分にある。

 ダンタリオンはふんと鼻を鳴らすと、鏡を小突いた。


「まだこれは良い。問題はこっち未来だ」


 再び鏡面が波立つと、今度は血だまりの中に横たわるブライアンの姿が映し出されていた。


『いやぁあああああああああっ! ブライアンくーーーーーーーーーーーーん!』

「お亡くなりですわーーーーーーーーーーーーーー⁉」


 鏡の中ではリタが血だらけのブライアンを抱きしめて泣き叫んでおり、マチルダはダンタリオンの胸倉を掴み上げた。


「この二人に一体何があったのですか⁉」

「なんやかんやあったのだ」

「そのなんやかんやを知りたいのですよ!」


 ダンタリオンはこれ以上答える気がないらしく、白けた顔でわざとらしく大きなため息をついた。


「良いか、娘。前にも言ったが、この特異点となる少女は毒にも薬にもなる存在だ。今見せた光景は、複数ある未来の中でもまだマシな部類だ」

「こ、これ以上、悪い未来がございますの……?」


 ダンタリオンが無言で頷き、マチルダは改めて事の重大さを理解する。

 ブライアンが死ぬことすら大事件だというのに、これ以上のことが存在するとは思わなかった。一体何が起きるのだろうか。クーデターか、隣国からの侵略攻撃か。ケテルマルクスは内陸国ではないが、海も山もあるため、その資源を狙う国も少なくないのだ。


「これで分かったな? ただ二人を見守るだけではいけないのだ。まあ、運命の人は何もこの男だけではないが、あと三年もあると悠長に構えていると、大変なことになるぞ」

「わ、分かりましたわ……」

「ちゃんと当て馬をやっておくんだぞ! あの娘の恋をいい感じに邪魔するのだ! 任せたぞ!」


 ダンタリオンはマチルダにうんと念押ししていくと、瞬く間に姿を消した。

 どうやら時は戻っていないようで、マチルダは「ストレージ」と唱える。

 手元に現れた攻略本を開き、当て馬として彼らを邪魔するべく、今月の予定とブライアンの情報を頭に叩き込んだ。


(順調に好感度を上げていれば、そろそろ看病イベントなるものが起きるはずですわ)


 言動に応じて好感が高まっていき、ブライアンの方からリタに歩み寄るようになる。特に彼は人懐っこい性格のため、ただ褒めるだけではなく、アプローチを掛けていけば、好感度が上がりやすいようだ。

 そして、この看病イベントには『フラグ』と呼ばれる予兆があるらしい。


(えーっと、ブライアンが小さなくしゃみをしたら、風邪の引き始め? 確かにブライアンの性格を考えると悪化させそうですわ)


 彼がくしゃみをした時にリタが『もしかしたら風邪かもしれないよ? 心配だよ』という言葉が、この看病イベントの『フラグ』となり、平日の最終日に彼が風邪を引くらしい。

 普通は心配されたら、悪化させないよう気を付けるものではないだろうか。


(えーっと、私の役目は当て馬……恋を邪魔する悪役……でも、何をすればいいの?)


 こればかりはすぐに答えがでない。もっと具体的な例をダンタリオンに聞けばよかったと内心で頭を抱える。


(さっき、ダンタリオンは恋をいい感じに邪魔しろって言っていましたわ……)


 いい感じとは曖昧な表現すぎるが、恋の邪魔をするとなれば、好感度を上げないようにすればいいということだろうか。いや、そんなことをすれば、リタの恋は芽生えない。


(こちらが先にブライアンを案ずる言葉を掛けてあげれば、いい感じの邪魔になるのではないかしら? こう、『私の方が先に気付いていたのに』みたいな?)


 もしくはマチルダの言葉を受けて、リタがブライアンを心配し、献身的な態度を見せるかもしれない。


(…………まずはブライアンのくしゃみ待ちですわ!)



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