第六話 オトモダチ
学生生活二日目。どうやら彼女の友人は、今の所ブライアンだけらしい。
授業でも隣同士に座わり、今も食堂で一緒に食事をしている。
ブライアンはセオドアと共に剣術稽古することがあるが、彼の身分は騎士見習いに近い。ただし、家督が兄弟にあり、騎士の道を選んだ生粋の貴族とは違い、彼の父は元平民。下積み時代を経て、騎士団に入った。
そのせいか、ブライアンは平民と感覚が似ていて、リタと気が合うらしい。
将来はセオドアの近衛騎士に期待されているからか、貴族の礼儀作法は騎士団で一通り叩き込まれたようだが……。
「そうなんッスよ! 師匠ってば、めーっちゃ厳しくて、教養が足りてないとか、所作が汚いとか、言葉遣いが悪いとか、剣術以外のことも口うるさいんスよ!」
このように、リタとの会話では砕けた口調になっている。
(これが……ワンコ系男子)
犬のような三角の耳とはち切れんばかり振る尻尾の幻覚が見えた気がした。
表情もころころ変わり、彼の愛くるしさが伝わってくるようである。
「直さなきゃいけないって思っても、なかなか直らないんスよね。師匠には『そんな口の利き方してると、女子に嫌われるぞ』って脅されるし……やっぱりリタも、オレみたいな口調の男は苦手ッスか?」
「うーん、そうね……私はどちらかといえば、ブライアン君の言葉を聞いていると、下町を思い出して落ち着くかな?」
リタがそう答えると、ブライアンは目を見開き、感激した様子でリタの両手を握った。
「リタ、優しい! 天使ッス!」
「もう、ブライアンくんったら大袈裟だよ~!」
(なるほど、ああやって好感度が上がっていくのですね)
ダンタリオンの攻略本を読んだだけではよく理解できなかったが、こうして彼らの様子を見ているとよく分かる。特にブライアンは感情豊かだから余計だろう。
(今の会話も攻略本に載っているのかしら? またあとで本を……)
「マチルダ、何を熱心に見てるの?」
「っ⁉」
耳元でそっと囁かれ、マチルダは思わず身をのけぞらせた。
隣にセオドアがいることも忘れて二人の様子を覗っていたため、完全な不意打ちにマチルダの頬が熱くなる。
「で、殿下、お戯れはお良しください!」
「ごめんごめん。そう怒らないで」
彼は悪びれなく謝ると、ブライアンとリタに目を向ける。
「あれはブライアンと……特待生の子か」
「はい。とても仲が良さそうに見えたもので……まだ二日目なのに同級生と打ち解けるのが早いなと……」
この学園に通う生徒のほとんどは貴族のため、すでに面識がある者が多い。男爵家で教養を身に付けていたとはいえ、扱いは使用人。学園で友人を作るのは難儀するだろうと思っていた。しかし、あんな風にすぐ仲良くなってしまうとは。
「それはブライアンのおかげかな? 彼は昔から人懐っこかったからね。そこが彼の美徳でもあるんだけど、騎士としてはそうはいかなくてね。『警戒心が無さすぎる』『人を疑うのが仕事だと思え』ってよくオレの前でも騎士団長に怒られていたよ」
ブライアンと関わり合いが深いセオドアは、ころころと笑いながらマチルダに語り聞かせる。
「でも、ああしてすぐに人と仲良くなれるのは、一種の才能だよ。オレにはないものだから、少しブライアンが羨ましいよ」
「…………殿下も彼とお友達なのですか?」
そう訊ねると、セオドアは驚いた表情を浮かべた後、困ったように低く唸り出した。
「友達……友達かぁ……」
何か遠い物を見る目で彼は呟いた。
「違うのですか?」
「そうだねぇ……同じ剣術の師を仰いでいるから、兄弟弟子ではあるんだけど。幼い頃に一度『友達になろうよ!』って声をかけたら……」
『オ、オレには殿下のお友達なんてまだ早いッス~~~~~~っ!』
「……って感じで逃げられてしまって。それ以来、付かず離れずというか……赤の他人以上、友達未満という関係が続いている」
(お労しや殿下……)
王族の申し出を断ることが不敬だと知らなかったのか、それとも畏れ多くなったのかは本人のみぞ知るところである。
心なしかセオドアの笑顔が悲し気に見え、マチルダは明るく励まそうと笑う。
「まあまあ、殿下。昔は昔、今は今ですわ。道理の分からない子ども時代とは違うのです。せっかくの学生生活なのですから、これを機にお友達になられてはいかがですか?」
「マチルダ………………オレのお願いは、命令なんだよ? 分かってる?」
セオドアにとって切実な問題だったらしく、語気を強めに言葉を返され、居たたまれなくなったマチルダはすぐに頭を下げた。
「ふ、不用意なことを申し上げ、誠に申し訳ございませんでした……」
「いいんだ、別に。今も昔も、オレにはマチルダだけだ。マチルダさえ傍に居てくれればいい」
拗ねた口調でそんなことを言うセオドアの姿に、マチルダの口からくすりと笑い声が漏れる。
(そうそう。わたくしは、殿下のこういうお顔が好きだったのだわ)
昔からセオドアは聡明で、周囲に求められている自分を理解している子どもだった。そんな彼が時々見せる王族らしくない顔が、年齢相応で不敬にも愛らしく思った。
「まぁ、殿下ったら。そう言っていただけて、わたくしは幸せ者ですわ。でも、殿下はこれから多くの臣下を従える身。学生のうちにできるだけ、信頼できる者と交友を深めなければいけませんわ」
「分かっているよ。周囲から早く側近候補を決めるよう、せっつかれているしね」
セオドアは苦笑して頷き、マチルダは「応援していますわ」と励ました。
(ダンタリオンは、大きな出来事があってこそ想いが強くなるって言っていましたが、やっぱりあの男が言うことは大袈裟では?)
ダンタリオンは『逆境』なる盛り上げ要素にマチルダが必要と言ったが、リタとブライアンの様子を見ると必要ないようにも見える。
(まあ、まだ二日目ですもの。もうちょっと様子を見てもいいかもしれませんわ。だって、彼女の運命の人は殿下とブライアンも含めて五人もいるのですから)
攻略本のクリアチャートなる予定表には、三年間の予定が組まれていた。これだけ時間があれば恋愛成就など簡単だろう。
マチルダはそんなことを考えつつ、セオドアとの休み時間を楽しむのだった。