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第一話 自称神との邂逅

この物語は作者が『15000字くらいの短編書こう!』と言いながら、5万字に膨れ上がってしまった(まだ書き終わってない)ものを読み切り漫画サイズにしたものです。

ゆるっと肩の力を抜いて最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

『我はこの世界の学問と芸術を司る神、ダンタリオン。娘、心して聞け。これは、天啓である』


 いきなり目の前に現れや否や偉そうに言い放った悪漢に、マチルダ・リデルは躊躇なく相手の股座に先制攻撃を食らわせた。


『うぐっ……!』


 神を名乗る悪漢は股間を押さえて膝から崩れ落ち、痛みで浅い呼吸を繰り返しながらマチルダを見上げた。


『む、娘ぇ……い、いったい……何をするぅ……!』


 息絶え絶えに抗議してきた悪漢に、マチルダはハッと我に返り、淑女にあるまじき自分の行いに頬を朱に染めた。


「あらやだ、わたくしったら。いきなり神を名乗る男には気を付けろと両親から口酸っぱく言われてきたものですから、つい……」

『教育の賜物ではないか……まあ、良い。娘、まずはゆっくりと両手を上げて、何も持っていないことを証明し、そのままその手を頭に付けるのだ。良いな? ゆっくりとだぞ? 余計なことはするな。我がおぬしの手足が届かない範囲に移動するまでそのまま動くのではないぞ?』

「通報現場に駆け付けた警官みたいなことを言い出しましたわ、この方」


 マチルダは悪漢の言う通りに従い、両手を頭に付け大人しくしていると、悪漢は這いずるようにしてマチルダから距離を取った。

 ようやく痛みが引いたのか、悪漢は現れた時のような真面目な顔を作り、咳払いする。


『ごほん。娘、おぬしは聖女プレセアの血を引くリデル家のマチルダで相違ないな?』

「はい。リデル公爵家の長女マチルダでございます」


 優雅に淑女の礼をしようとすると、悪漢は大きく身体を震わせた。


「よい! 挨拶はよい! とにかく我の言葉を聞くのだ! 両手を頭につけたままだぞ!」

「はぁ?」


 マチルダは再び両手を上げると、悪漢はマチルダの一つ一つの挙動を警戒しながら口を開く。


『プレセアの血を引くおぬしに頼みがある。近々おぬしの前にこの世界の特異点となる者が現れる。その者を上手く導いてやって欲しい』

「まず特異点……とはなんでしょうか?」


 聞き慣れない言葉にマチルダが聞き返せば、悪漢は「うむ」と頷いた。


『簡単に言えば、一般的ではない特殊な存在だ。その者は国を脅かす存在にもなりうるが、大きな利益を齎す存在にもなる。薬も過ぎれば毒となると言うだろう? まさにそういう存在だ。そして、この者がその特異点なる人物だ』


 悪漢はそう言うと、一枚の鏡を顕現させる。その鏡の中に一人の少女の姿が映し出された。

 緩やかに波打つピンクブロンドの髪、晴れ空のような瞳の色をした少女は、愛らしい笑みをマチルダに向けている。


「あらあら、なんて可愛らしい娘さんだこと。この方が特異点なる人物ですか?」

『そうだ。名前をリタ・ロバーツ。平民の少女だ。おぬしが入学する学校に特待生として入る』

「まあ、それは優秀ではございませんか! 平民も捨てたものではありませんね!」

『さすが上流階級。さらっと上から物を言いよる』


 少女を映していた鏡が水面のように波打つと、今度は彼女が大きく成長した姿が映し出された。


『そして、これは彼女が成人した未来の映像だ』


 鏡に映った彼女は、子どもが平等に教育を受けられるよう教育体制を改正したり、商品開発して売り出し、莫大な資産を得たり、長らく不仲だった隣国と和解する手助けをしたりしていた。


「驚くほど大成なさっていますわ! なんなんですの、この平民!」


 数々の偉業を成し遂げる人間はそういないだろう。国に大きな影響を与える特異点と言われてもおかしくない人材だった。


 マチルダも公爵令嬢である。有望な人材を育成するのは貴族の務めだと思っている。


「この方は今どちらに⁉ 特待生なんてケチなことを言わず、研究室を与えるなり、王宮の優秀な文官の下で学ばせた方が世のため人のためでしてよ!」

『まあ、落ち着くのだ。何もこの娘は初めからこのような偉業を成し遂げる気概はない。物事にはきっかけというものがあり、目標を得たことで突き進むもの。この娘には、そのきっかけを与える運命の人がいるのだ』

「運命の人……」


 悪漢くせになんてロマンチストなことを言うのだろうか。マチルダは思わず感嘆としたため息をついた。

 一体、その運命の人とはどんな人なのだろうか。


『そうだ。この者の運命の人は──全部で五人いる』

「多過ぎではございませんこと?」


 そういうのは、普通一人ではないだろうか。


『運命とは複雑に絡み合っているもの。人と人が交わる点は人生にいくつも存在するのだ。犬も歩けば棒に当たるだろう? 運命とはそういうものだ』

「一気に安っぽくなりましたわ」

『おぬしに頼みたい事とは、この者を運命の人に出会わせ、恋を成就させることだ』

「恋……?」


 思わず、ぽかんとしてしまう。

 運命の人が彼女を導くきっかけとなるのは分かるが、一体彼女の恋を成就させることになんの意味があるのだろうか。


『良いか、娘。恋とは時に人を大きく突き動かすものなのだ。特にこの者は好きになった男に対して並々ならぬ献身力を発揮する。その献身力、つまり愛こそが! 世界に大きな影響を与える力となるのだ!』

「はあ……?」


 つい、生返事をしてしまった。この男は大真面目な顔で何を言っているのだろうか。

 とはいえ、もしこの男が言うことが本当なら、思いの他重大な役目を背負わされかけている。

 正直、マチルダはこの神を名乗る悪漢のことを信用しきれていないが、国に利益を齎す存在だと言うのであれば、一度この目で確かめてみるのも良いだろう。


「それで、その運命の人というのはどなたですの?」

『うむ、見るがよい。この者達が、運命の人だ!』


 鏡面が再び水面のように波打つと、軽快な音楽と共に色とりどりの花びらが舞い上がり、マチルダが入学する予定の学園の校門が映し出される。


【恋に恋して☆乙女的成り上がりスクールライフ】


 やけに装飾が激しい字体がアップで現れ、最後には光の粒になって消える。

 一体、自分は何を見せられているのだろうか。


「なんですの、これは?」

『オープニングムービーだ』

「おぅぷにんぐむぅびぃ……」

『よいから、黙って見よ』


 言われるままに鏡面を眺めていると、先ほど現れた少女、リタが校門をくぐっていった。そして、校舎内の曲がり角で誰かとぶつかる。それは赤毛の少年で、彼はリタと目が合うと照れたように笑った。おそらく、一人の目の運命の人だろう。彼の名前らしいものが表示された後、何やら二人が抱きしめ合う破廉恥な場面が流れた。


(…………?)


 そして、今度は眼鏡をかけた青い髪色の少年と図書館らしき場所で勉強をしているようだった。何やら気難しそうな男だが、リタが微笑むと頬を朱に染めてバツの悪い表情を浮かべていた。


(…………??)


 そのような流れで次々と運命の人と出会い、愛を育むような光景が映し出され、最後の運命の人が現れた。


 それはマチルダの婚約者、セオドア・ハイアイエル・ケテルマルクス第一王子である。


 リタと手を繋いでいる光景が現れたかと思いきや、二人の仲を引き裂くように一人の少女が現れた。

 黄金色に輝く金髪を背中に払い、つんとつり上がった青い瞳でリタを睨みつけたのは、マチルダだった。


 マチルダの名前の下には『悪役令嬢』と書かれている。


(殿下が運命の人? というか、私もいるのですが? この悪役令嬢とは一体?)


 戸惑いを隠せないマチルダは、悪漢に顔を向けると、彼は得意げに胸を張った。


『どうだ。これで分かっただろう?』

「いえ、全く何も……」


 むしろ、混乱した。年頃の男の子が何人も現れ、少女との破廉恥極まりない光景を見せつけられて、何を理解しろと言うのだ。


「え……ええぇ? わたくしやわたくしの婚約者もいるし……この悪役令嬢とは?」

『よくぞ聞いてくれた! おぬしの役割とはこの少女の恋を邪魔する悪役、いわば当て馬になって欲しいのだ!』

「当て馬……」


 馬を交配する時に用いる手法の一つでそのような言葉を聞いたことがある。しかし、馬に詳しくないただの公爵令嬢であるマチルダが、当て馬の役割を知るはずがなかった。


 疑問に答えてもらっているのに、疑問ばかり残ってしまい、マチルダの頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。


『恋愛を成就させる男は一人でよい。娘、国の未来はおぬしにかかっている!』

「こんな小娘に国の一大事を押し付けないでくださいまし」

『急に卑屈になるな。まあ、おぬしの不安も分からないでもない。もし何かあった時には、胸の前で片手を縦に立て、もう片方の手を垂直に添え、一言『タイム!』と叫ぶがよい。そうすれば、時を止めて我が手助けをしよう』

「おタイム」

『『お』は付けんでよろしい。それでは任せたぞ~』


 そう言って、段々悪漢の姿が遠ざかっていく。まるで身体が床の上を勝手に滑っていくような感覚は、気づけは落下する浮遊感へ変わる。


「あ、そうだ。おぬしの婚約者と恋が成就した暁には、おぬしは国外追放されたのち、自分の地位を娘に奪われるからそのつもりでな~』


 そんな重大なことを軽い口調で言われ、マチルダは驚きのあまりに叫んだ。


「とんでもない成り上がり女ですわ~~~~~~~~~っ!」


 はっと目を覚ますと、そこは自分の寝室だった。

 寝汗で寝間着がしっとりと濡れており、自分が魘されていたのが分かった。


「珍妙な夢を見ましたわ……国の為に平民の恋を成就させろだなんて。まあ、神を名乗る男なんて絶対にロクなヤツではございませんし、本気にするだけ無駄ですわ」


 マチルダは自分に言い聞かせるように呟くと、侍女を呼んで着替えを済ませた。



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