第91話 心理、技術、恩恵、戦鬪
その刹那、ヴォルガーの糸刃がマルクスを囲うように一斉に飛び出す。何百、何千本はあるだろう、たった一本の殺傷力すら人を殺すには十分。だがその数千倍がマルクスの全身を刻むように襲う。
距離は20メートルほど、マルクスの崩剣ではヴォルガーには届くことはない、だが糸刃を捌ききることはできる。
一本一本をマルクスは確実に崩剣で弾く、弾いた直後に糸刃は[崩壊]していく。触れた直後に崩れ、千切れていく。その様はまるで草木を焼き尽くす烈火のようで、だがそれだけでは防ぎきれない。何百と分かれた糸刃が全方位からマルクスを狙う。
土煙と刻まれた木々、ヴォルガーは目を細めてそこを見るが人影はない。ヴォルガーが辺りを見渡してもそこにマルクスの姿はない。一瞬の思考で上を見上げた時、中空に黒い人影を見つける。月を背にし上手く姿を視認できないが、それはマルクスだとわかる。
細剣を前に突き出し、糸刃が一斉に飛ぶ。空中で制御は効かない。マルクスはそのまま自由落下に近い状態で堕ちていく。だが糸刃がマルクスに触れるその瞬間、崩剣で糸刃を弾くと同時にヴォルガーの方向へ跳ぶ。
マルクスの恩恵を私は知っている。四年前の王都での戦いで見た。最も歴史文献で近いもの、というよりは全く同じ恩恵———
—————————[魔剣]
空へ急上昇して糸刃を避けた方法はおそらく[魔剣]の剣撃で地面を攻撃し、その衝撃で跳んだのだ。そして糸刃を[魔剣]で攻撃することでその衝撃で跳んでいる。
恩恵は発動系の場合は本人の努力により使用回数や時間を伸ばせる。ここまでやつが強いと言われるのは、恐るべきほどの鍛錬......そしてその天才的の戦闘天賦だからこそ懸賞金は膨大に膨れ上がり続けてる。
国の騎士でもなく、生まれも不明、どれほどの努力がマルクスを怪物にしたのかはわからない。だがその説得力を持たせるほどの圧がそこにはある。
ヴォルガーは糸刃を背後の方へ大きく飛ばし、地面に突き刺さった瞬間に糸刃を細剣根本に戻す勢いで大きく後ろに飛び距離をとる。
......わかっている、お前の弱点は.....ヴォルガー、その糸刃は小回りが効かないか、繊細な操作はできないんだろう......意識して何千とある糸刃を一つ一つを意識できるわけがない。つまり距離を詰めた接近戦がお前の苦手分野なんだ........
......だから俺はお前との距離を全力で詰める。遠中距離を得意とするお前に.......勝利するために———
マルクスとヴォルガーの距離は確実に近づいている。10メートル、だが[魔剣]の衝撃加速により一瞬で距離は縮む。
マルクスは地面を叩き衝撃加速で崩剣の間合いに入った。今この瞬間、勝負は五分へ変わる。マルクスは崩剣でヴォルガーの首を狙う。だがその刹那、ヴォルガーの細剣の糸刃が剣先に集まり凝縮され一本の剣へと変化する。
ヴォルガーは剣戟を防ぐ。糸刃の一本一本が[崩壊]し始めるがそれまでだ。一本一本を[崩壊]させるのには時間がかかる。その間に崩剣を弾くと細剣はマルクスの心臓に向かって突き出される。
マルクスはその剣戟を躱し2段目の攻撃へ繋げようとするがヴォルガーはマルクスを蹴り飛ばす。
一瞬にして2人の距離は開く。チャンスとばかりにヴォルガーの細剣は形状変形しさっきまでと同じ無数の糸刃へと分かれる。
わずか一瞬の間に糸刃の猛攻がマルクスに飛ぶ。糸刃を弾き、弾き、弾き続ける。先ほどより攻撃回数が少ない、糸刃が減っている———
———......違う、何かおかしい......
マルクスがそう思考した次の瞬間、地中が破壊されて糸刃が飛び出す。まるで地中から這い出た蛇かのように、そしてマルクスの持つ崩剣を空中へと弾き飛ばした。
地上で攻撃を捌くのに集中させ地中からの奇襲。マルクスの命を奪えなかったのは誤算だが想定内ではある。
マルクス、お前の[魔剣]は応用が効かない、“剣”というカテゴリーの武器でしか使えない。牙はもぎ取った。お前に勝利は渡さない。
マルクスに大量の糸刃が向かう。マルクスは防御はできずその場で受け身をとりつつ紙一重で躱わす。地面を抉るかのようにマルクスの周りには糸刃が突き刺さり、四面楚歌。崩剣は落下するが少しでも屈んで取りに行けばその一瞬で首を切断されかねない。
......周りに部下はいない、だが俺の部下の意志がそこにはある。
ヴォルガーが崩剣に意識を向けてるのを見たマルクスはその瞬間、崩剣ではなく死んだ部下たちの使用していた剣を手に取ると、ヴォルガーに向かって投げ飛ばす。
ヴォルガーは即座にその剣を弾こうと糸刃を飛ばすが飛ばされた剣に触れた瞬間に糸刃が弾かれてしまう。
違う、苦し紛れの一撃じゃない、マルクス.......[魔剣]を使った状態で投げたんだ。私は防御にある程度糸刃を割かなければ剣は防げない。
次の瞬間、ヴォルガーに向かって[魔剣]で投げた剣が大量に飛ぶ。ヴォルガーは糸刃で防ごうと考えるがマルクスの行動を見て硬直する。
———マルクスは崩剣を上へと蹴り上げる。
成程、剣に意識を向かせてその間に崩剣を空中に飛ばすことで隙なく手に取る。確かに悪くない戦術だ。普通の剣で聖剣に対抗はできないから当然の思考だろう———
———だがわずかな計算でそれはズレる......!
ヴォルガーは飛ばされる剣を避けながら細剣を中空に向けて放つ。糸刃は空中を漂う崩剣に向かって飛び、遠くへ弾き飛ばす。
これでお前の牙はない…….———!!
ヴォルガーは即座に細剣を薙ぎ払い辺り一体を糸刃で薙ぎ斬る。大木が倒れ、岩は砕ける、だがそこにマルクスの姿はない。
どこに———ッ!!!
視界の僅か下にマルクスの姿が見える、既に拳を振りかぶっており、その瞬間、ヴォルガーの顔面に拳が命中する。
........ヴォルガー......小回りが効かない、つまり上に飛ばされた崩剣に糸刃を向かわせている間は少なくとも意識する必要があるだろ.........俺の崩剣の強さはお前がよくわかっている、そして薙ぎ払いなら意識せずともやりやすいだろ.......だから.........
ブラフ、というわけか.........
ヴォルガーに拳がぶつかると同時に首に回し蹴りを打ち込む。顔を中心としてヴォルガーに痛みが走る。だがヴォルガーは怯むことなく糸刃を凝縮させ剣とする。
確かに私の糸刃は一方的に遠中距離の相手を蹂躙する力がある。だが接近戦ができない訳ではない。その意識の差が違いだ。
ヴォルガーは斬撃を放つ。一撃目は躱された。だがヴォルガーはマルクスのフードを掴むと剣を大きく上げる。
この距離では外さない。避けるならそれに合わせて剣を振り下ろす。ここで終わりだ。
ヴォルガーの細剣は振り下ろされる。絶体絶命にも思えた状況であったがマルクスは細剣を持つヴォルガーの右手に手を添えると紫色の電撃が発生する。そして次の瞬間、ヴォルガーでも制御しきれないほどの力で細剣を叩きつけるように振り下ろす。
地面に深々と細剣が突き刺さり、マルクスはヴォルガーを蹴り上げるとそのまま崩剣の方に走り出す。
———なるほど、私の細剣を[魔剣]で威力を底上げした。そうすれば私はその力を制御しきれず地面に剣を叩きつける。そうやって細剣を地面に突き刺すことで一時的に糸刃を止めたのか
マルクスはその瞬間に崩剣を手に取る。最初の状況に戻ったようにも見えるが違う。ヴォルガーの糸刃は今までの戦闘で1割ほどだが減っている。崩壊され続けたからか攻撃の手がほんの僅か、僅かではあるが緩んでいる。
マルクスは崩剣を口に咥えると手のひらでなんとか持てるほどの大きさの石を右手に持ち、上へ放り投げる。そしてマルクスは崩剣をすぐ手に取り、[魔剣]状態で石を殴りつける。
その瞬間、石に[崩壊]で僅かにヒビが入った直後、[魔剣]の衝撃で石が細かく砕けそのままの勢いでヴォルガーに向かって飛ぶ。その姿はまるで石の弾丸。ヴォルガーは糸刃で石を全て弾き飛ばす。だがその間に[魔剣]の衝撃加速でヴォルガーとの距離を詰めると崩剣でヴォルガーの右腹部を突き刺す。
「が......っ———!!」
ヴォルガーは声を上げながらもすぐにマルクスを蹴り飛ばすと同時に糸刃で追撃を行う。
マルクスは飛ばされながらも糸刃を弾く。ヴォルガーの刺された部分が僅かに[崩壊]した。刺されている間だけ崩壊するのだろう、ほとんど崩壊されてはいない。
糸刃で攻撃し続けるがヴォルガーの傷は深い。息を切らしながらも息を大きく吸うことで必死に抑えている。
糸刃を捌きながらマルクスはゆっくりとヴォルガーの方へ近づく。一歩、また一歩と近づき、ヴォルガーとの距離が間合いに入ったその瞬間、マルクスは崩剣を大きく振りかぶる。
「..........終わりだ、ヴォルガー」
そう言って崩剣は振り下ろされる。だが———
その瞬間、背後からたった一本の糸刃がマルクスを襲う。細いたった一本、音すら鳴らないその一本がマルクスの首に目掛けて飛ぶ。
首を僅かに負傷するが咄嗟の判断で避け、大量出血するほどではない、タラタラと血が流れるが気にしている暇もなく、マルクスは崩剣を振るう。
崩剣は凝縮された細剣に防がれる。鍔迫り合いになりながらも[崩壊]していく細剣。マルクスは[魔剣]を使わない、ここで誤って吹き飛ばせば距離を取られる。近接の実力差はほぼ互角、そうなれば距離が開くほどマルクスが不利になる。
ヴォルガーは細剣を両手で持ち細剣で押し込む。一方でマルクスは左腕は四年前の戦いで切り落とされた。[魔剣]が使えない以上力ではどうしても勝てない。だが[崩壊]していけばヴォルガーの方が先に戦闘不能に———
その瞬間、細剣の根本から糸刃が飛び出しマルクスの身体を攻撃し始める。ここで距離を詰め続ければ負傷する。距離をひらけばヴォルガーに有利なのは理解している。だがここで判断を誤れば負ける。マルクスは[魔剣]を発動し、ヴォルガーを吹き飛ばす。
ヴォルガーは受け身も取れず、その場に倒れそうになる。手足が震え、立つこともやっと、決着が決まる。
「.......ヴォルガー、もうお前に勝ちは———」
「私の役目は......ただの時間稼ぎにすぎない......」
ヴォルガーはそう言って苦しんだ顔で、だがニヤリと笑う。
「黒龍騎士団の応援要請.......技術士の男に頼んでいた.............意味はわかるな.....?」
この時、マルクスはその言葉を理解する———
———部下たちが危険に晒されている、このままヴォルガーを仕留めにかかったら俺しか生き残らない。
マルクスはすぐさまレルフェンス達のいる廃城の方へと向かう。ヴォルガーはそれを見てその場に倒れ、意識を失うのであった。




