第100話 綿線兆帆
思った通りだった。マルクスの事情だけ見れば彼を助ける必要がない。だがおそらくここでの死は何かがマズイ。
「......なぜ俺を助けた.....助ける理由なんて....」
「その前に聞かせて、なんで私を狙ったの?」
リルートがそのことを問うと、マルクスは悩むような素振りを見せ、口を開こうとするが
「お前の恩—————」
言った直後にマルクスの口が静止する。
「すまない......それはいえない......」
「そこまで言ったならさっさと言いなさいよ! 恩恵? それとも何か———」
歯切れの悪さが気になるのかラティナはマルクスを問い詰めるがマルクスは答えようとしない。
「........なあ、本当にマルクスを助ける必要あるのか...? 流石にこんなことシャレにならないぞ....」
フレッドは周りに聞こえないよう耳打ちでリルートに話すがリルートは首を縦に振る。
「大丈夫だよ.....私はこの選択は正しいと思う」
正確には嘘だ。この選択を自身を持って言うことはできない、虚構を貼り、まるで正しいとフレッドだけでなく、自分すらを騙す言葉だ。
......おそらく....いつ起きるかわからないが.....何か決断を迫られる時があるんだ.....
*****
「....刺さ....ないと.....」
刃は寸前で止まる、ここにきて恐怖が彼女を襲う。ありふれた死。生き返れるはずの死、なのにとても怖い。その時、彼女の意識をプツリと切れるのであった。
「後悔することもたくさんあった、それは俺もお前も同じだ、だからこそ、今やるんだ」
黒い人影は言う。男の声だ、優しいけど痛々しい声だ。
「それでも...もうだめだよ....こんな悲しい思いをし続けるなんて....」
私は答えた、答えた? 何ができないんだ?
「そうかもしれない、だけどお前にしかできない、俺が———」
......山賊の城であの夢を見た。私は覚えている......おそらくあれは未来の私....なのかもしれない....私の中にあんな記憶は存在しない....だがあの声はマルクスのものなんだ.....だとすると仮定できる結論は———
———この世界は恩恵によって起きている二周目の世界なんだろう。だからマルクスの声をはっきり知っている。おそらく彼は.....この先.....必要な存在となるんだ......
もちろんあっている保証はない、だがそう仮定する方がしっくり来る。私がマルクスに異常に固執しているのは.....それが原因だとしたら.....
「分かった、話は後々でいいからさ、とりあえずここを離れない?」
「ヒッヒッヒ、確かに賛成でございます。ここはあまり人が来ないとはいえ、長居もよくないかと」
そうして、一同はナニリニック国を出ることになるのであった。
〜深夜〜
日中の内にある程度の装備や道具、食料は揃えていた。リルート達の顔は割れていないためそのまま通れるが、マルクスだけは別だ。国同士の関所もあり、普通に通ることは難しいだろう。
「おや、夜分遅くにお疲れ様です。すみませんが手荷物の検査をお願いしても?」
関所に来たのはリルート、エレノア、フレッド、コルクの4人であった。
衛兵は軽くリルート達の手荷物の確認を行うと馬車の方へ乗り込み、箱や袋などを一つ一つ確認し始める。
「コレは....遠くに行かれるんですかね? 食料が多いんですね」
「まあそうだね、のんびり旅をしてくつもりなんだが、兵士さんはそういうのは珍しいんだろう?」
「まあそうですね、その国の民を守ることこそが仕事ですからね.....検査終わりましたよ、最近は治安も悪いので、お気をつけて」
「ああ、ご苦労さん」
しばらく関所から距離をとると、ラティナは口を開く。
「意外となんとかなるものなのね」
「まあそうだね、マルクス、でてきなよ」
エレノアの言葉と共に馬車の骨組みを覆う白布、その天井部分の布が外れ、マルクスは現れる。
「まあ普通は中を警戒するだろうね、深夜だから影も残らないだろうから」
「ちなみにバレた時はどうするつもりだったんですか?」
「その時は馬車の中にある火薬袋にコルクが火をつけて騒ぎの間にマルクスだけ逃すところだよ、まあそんなことにならなくてよかったもんだよ」
リルートの問いに対してエレノアは当然のように答える。
「...危ないことを考えますね.....」
「ヒッヒッヒ、まあ既に危ないことをしていますから、当然ではありますがね」
「ふーん.....ちなみにマルクス、あんたの仲間はどうなのさ」
エレノアの問いに対してマルクスは悩むような口ぶりで話す。
「......レルフェンスは傷を負っている.....くるとしたら.....ベンクトだろうが....レルフェンスを置いていくとは思えない.....」
「じゃあどうする? このまま———」
「.....話したいことがある.....俺はレルフェンスがいる場所を.....知っている.......」
「じゃあそこに行こうか、教えてもらえるかい?」
そうしてリルート達は、マルクスの指示する場所へと向かうのであった。