第0話 崩れゆく終焉
香るのは血の臭い。下半身の感覚は既になく、腹部周辺に広がる熱と共にとめどなく血が流れている、痛い。視界は暗くなるもので、なぜ冷静でいられるのかがわからない。だけど死までの時間は長くて、私の眼に映るのは私を見下ろす黒い人影だ。
絶対に.....諦めない.....
SAVE
「......」
“リルート”が目を開くとそこには天井があった。それは彼女にとってごく当たり前のものであり、いつもの光景であった。
15歳になったその少女は頬に違和感を覚え、指先を置くと液体の感触があった。それを涙と認知するのにそんなに時間は掛からず、困惑しながらも身体を起こす。窓から見える森林と小鳥の鳴き声、とても静かな空間であった。
「悪夢でも見てたのかな?」
身体の節々の痛みを気にせずに、リルートは足を地につけると、横に勢いよく倒れる。
「だる.....」
そう呟くとしばらくの時間をダラダラと項垂れるが、身体をゆっくり起こすと立ち上がる。
リルートはタンスを勢いよく開くと、服を脱ぎ捨て、綺麗に畳まれている奥へと押し込まれ潰れた服を取り出す。
生地は粗雑だが清潔感のある白のワイシャツ、紺色の三分丈の短いスカートで、彼女は自身を彩る姿をタンスの中に設置された鏡で確認する。
「よし...!」
窓を開けると植物の匂いと共に風が吹く。肩にかかるほどの黒髪が靡き、軽く深呼吸をするとリルートはドアへと向かいドアノブをひねり開ける。
リルートは廊下に出るとリビングへと向かい、母親へ挨拶をする。
「おはよう、お母さん」
「ああ、おはよう」
母親の言葉。いつもと何も変わらない日常、彼女にとって変わりはなかった。リルートは机に着く。
「さあ朝ごはんといきましょうか!」
リルートはテーブルの中央に置かれたパンを掴み、口の中に丸々一つを詰め込むと頬を膨らませたまま水を飲み干し立ち上がる。
「危ない....死ぬところだった...」
「いつもそうやって喉を詰まらせそうになるじゃない、もっとゆっくり食べなさいよ...」
母親は頭を抱えながら言う。それは呆れと諦めの心情が混ざっているが、心配している様子とはまた違った。
「今日は王都に行くんでしょ? 冒険者になりたいとか言っていたけど本気なの?」
「大丈夫だよ、私は諦めるような器じゃないの」
楽観的な娘を見て母親は不安の表情を出すが娘の変わらない笑顔を見てため息をつく。
「昔からずっと言ってたけど本気だったのね....まあ無理をしないでね、いつでも家に帰ってきていいから、死なないでね」
リルートは手を叩くと母親を指差し、声を上げる。
「そんな簡単に死んだりしないさ!!」
リルートは玄関までダッシュすると、前日に用意していた巨大な鞄を背負うと扉を開く。
「それじゃあ! 行ってくるよ!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
母親が手を振る中で、リルートは手を振りながら外に出ると扉を閉める。
「ふう....疲れた」
リルートは家の敷地から出ると土道をそいながら歩く。走る子供や杖をつく老人、横に広がる畑がその場所を田舎であることを物語る。
リルートは俯きながら歩いていると、突然後ろから声をかけられる。
「おーい、リルート〜!」
声の方向を振り向くとそこには幼馴染である同じ15歳の青年である”フレッド“がいた。革鎧と腰にぶら下がった剣、それを見たリルートはフレッドの革鎧を触る。
「おお、かっこいいじゃん、どうしたの?」
「聞いてないのか? 俺も王都に向かうんだよ。この鎧は叔父さんがくれたんだ。いいだろ?」
「え? フレッドも一緒に行くの? 聞いてなかったよ」
リルートが驚いた表情で言うと、フレッドは苦笑いで答える。
「いやあ、昨日突然決まったんだよ、だから知らなくて当然っちゃ当然なんだよ」
「なるほどね、納得できたよ」
フレッドが歩き出すとリルートも横に着き、歩き始める。
「いやあ、フレッドも大人になるってことだねえ、恩恵も素晴らしいものだからね」
リルートはフレッドの剣を指差しながら言うと、フレッドは笑う。
「まあ俺の恩恵である[剣熟練]は剣術が普通の人よりも才能があるくらいだぞ? 騎士になるには少し弱いさ。お前も冒険者になるって言ったが恩恵は発現したのか?」
フレッドは悪意なくリルートに言うと、リルートは苦い顔をしながら頭を掻く。
「それがまだ発現してなくて...今の所恩恵無しってとこかなぁ...」
「そうか、まあそのうち発現するだろ、どんな物なのかはわからんがな」
他愛もない話であった、そして会話をしている間に厩舎にたどり着く。
「すみませーん、馬車を借りたいんですが〜」
リルートの言葉を聞いて、馬主が木でできた素朴なカウンターの奥から現れる。
「ああ、今日だったね、もう用意はできているよ」
馬主が奥へと姿を消すと、2匹の馬とそれに繋がれた馬車が厩舎から現れる。
「旅立ちって感じがするね」
リルートは馬へと近づくとフレッドが襟元を掴んで止める。
「とりあえず3日あれば王都に着くはずだ、それまではしばらく地獄だがな...」
フレッドの言葉にリルートは首を傾げる。
「ん? 何か不安要素が?」
「やっぱり盗賊やら色々いるんだよ、それだけじゃない、災害なんかあったら最悪だよ」
フレッドの言葉に対してリルートは頷くと、ニカっと笑う。
「多分なんとかなるよ!」
「はあ...まあいいか、とりあえず乗り込むとするか」
二人は馬車に乗り込む。同じく乗っているのは中身のわからない樽や麻袋などの貨物に護衛の男が三人、短髪で剣を持った優男、髪を一纏めにした頬に傷を持つ熟練の戦士と呼べるような男、常の笑いながら二人の話しかけてる若い男であった。リルートは軽く会釈をするとその場に座る。すると馬車はゆっくりと動き出す。
「そういえばフレッドは騎士になりたいんだっけ? 収入良いもんね〜」
「ちげえよ、そんなんじゃない、俺らが子供の頃にあったあの災害を覚えているか?」
フレッドの言葉に、リルートはしばらく考えると答える。
「ああ、オークがきた時の話ね! 思い出したよ」
リルートの言葉に対してフレッドは構わず続ける。
「俺が逃げ遅れて、喰われそうになった時だ。あの時に俺を助けてくれたのは英雄でもなんでもない、ただの下級の騎士だったんだ。あの人のことは知らない、大きな功績を持ってるわけでもない、だけど普通の人の生活を守るのは英雄なんかじゃなくて、普通の騎士なんだ。そんな平凡な平和を守る人間に、俺は憧れたんだよ」
フレッドの言葉はどこか痛みが伴っていた、喜びの感情ではない。心の内を言い、そこに何かが変わるわけでもない。だがそれでも彼にとっては大事なことであった。
「いやあ、あの時は長い間ずっと襲われ続けてたからね〜、1ヶ月くらいじゃない? 本当に死ぬかと思ったよお」
リルートの何気ない言葉にフレッドは笑う。
「そんな長くないし一日くらいだろ? お前はすぐに誇張するからな」
「えー、そうだっけ?まあいいや。じゃあ頑張って見てよ! 私も応援するからさ」
「ありがとう、まあやれるだけ頑張ってみるよ」
フレッドの言葉にリルートは腕を組むと、横に倒れる。
「ふへえ、疲れたなあ」
「まだ出たばっかりだけどな」
フレッドは外の景色を眺めていた。リルートはゆっくりと立ち上がるとフレッドの頭の上に腕を置き、外の風景を見る。
「だいぶ距離が空いたね!」
「ああそうだな、ていうか重いからやめてくれないか?」
フレッドはリルートの腕を退けると、鞄を開く。
「何やってんの?」
「整理はしてるけどそれでも何か忘れてないかが気になるんだよ、気にすんなって」
「フレッドは心配性だなあ、多分なんとかなるよ」
「お前も整理しろって...」
フレッドはリルートの方を向くこともせずに鞄を漁り続け、諦めたリルートは横になると瞼を閉じて、眠りについた。
初めて女主人公を書くので変なところがあるかもです。
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