4‐13嘘つき側近はどちらだ
華の後宮に雪が降る。
都から後宮に帰ってきた妙は乾いた洗濯物を畳みながら、うす昏い窓を眺めていた。提燈の火を映して雪がゆらと燃える。
胸さわぎは収まることなく、むしろ段々と酷くなっていた。なにか、たいせつなものをなくすのではないか。そんな不安感が胸を締めつけ、妙はそれを紛らわすためにせっせと洗濯物を畳む。
「なあんだ残念、朝帰りじゃなかったのね」
廊から黄黄が顔を覗かせた。
「あはは、だから累神様とはそういうのじゃないんですって」
妙が苦笑すれば、黄黄はがっかりして頬を膨らませた。
「ばかね。だったらよけいにそういうのになれるように頑張らないと。こう、累神様を誘惑してみるとか……」
言いかけて、黄黄は妙の胸にじいっと視線をそそいだ。
「……ごめん」
「ちょっ、そこであやまるの、やめてもらえません!?」
「だって、ねぇ」
「こ、これから成長するかもしれないじゃないですかっ」
「そうよね、どんな時でも希望は捨てたらだめだもんね……」
そんな馬鹿な話をしていたら、別の女官がやってきた。
「易妙、宮廷から馬車がきてるわよ。皇帝つきの占い師に頼みたいことがあるとか」
宮廷から、と聴いて、妙はさあと青ざめた。
(累神様になにかあったんだ)
妙は青銅の鏡だけを持って、妃の宮を飛びだしていく。とんでもない慌てように、何も知らない黄黄は「むふふ、あんなに慌てちゃって。やっぱりなんかあるんじゃない」と能天気にニヤついていた。
表で待っていた馬車に乗り、宮廷に渡る。
迎えたのは累神の側近である雲と玄嵐だ。ふたりとも青ざめ、深刻な顔をしていた。
「累神陛下が何処にもおられないのです。日入の終(午後七時)までには帰る、と書き置きがあったのですが、黄昏の正刻(午後八時)を過ぎても御戻りにならず」
やはり帰ってきていないのか。
雲は累神の残した手紙をみせてくれた。何処に出掛けるか、誰と一緒か、などは書かれていない。
「後宮から妃を連れだして都にいかれたというところまではつかめている」
妙はひぇっと身が縮む。後宮女官である妙が一緒に抜けだしていたと知れたら大変なことになる。
「ほんとうになさけない。昔からよく都をふらふらと歩きまわっていたと聴くが、皇帝になってまで悪癖が直らないとはな。自覚が足らないのではないか」
玄嵐は吐き捨てる。
護衛なんかを連れていくより、累神ひとりのほうが強いうえ、身軽に動けるのだからしかたない。
「俺はそのための側近だというのに、なぜ、御声をかけてくださらなかったのか。信頼されていないのか?」
あ、これ、違う。ふつうにすねている。
「有能な占い師ならば、皇帝のゆくえもわかるだろう?」
「もちろんです。直ちに占います」
妙は青銅の鏡に手をかざして、集中する振りをする。
「神の託宣がありました。累神様は都の西凬という餐館におられます。妖しげな女とふたりきり。個室、だとおもいます。ですが、これが今の御様子かまではわかりません。今晩は雲がかかっていて、星の神の御声が聴こえにくいのです。それでも手掛かりは残っているはずです」
「ありがとうございます、すぐにその餐館にむかいましょう」
雲が頭をさげ、背をむけて歩きだす。
だが、ほんとうにこのふたりは信頼できるのか?
(わからない)
雲、玄嵐、どちらかの側近が宮廷巫官へと情報を渡している疑いがある。
それに先程の女、何処かで逢ったことがあるような。
不意に頭をよぎったのは《後宮の鴛鴦》と称された姐妹のことだ。地味な姐と派手な妹。その先入観をつかって、地味な姐は華やかな化粧を施すことで殺害した妹になりかわった。
(――――思いだした)
化粧で別人を装っていたが、あれは妙のもとを尋ねてきた宮廷巫官に違いない。
ならば、よけいに彼らが累神を助けてくれるとはかぎらない。とどめを刺しにいこうとしている危険だってあった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
妙はふたりを追いかけ、雲の腕をつかんだ。
「私も連れていってください。私は占い師です。現地にいけば、累神様がすでに餐館から移動されていてもその足跡をたどることができます」
でまかせだ。それに累神が危険にさらされているとして、剣も扱えない妙に助けられるとは想えなかった。
だが、妙ならば、誰より先に累神のことを捜しだせる。
神サマなんてついていない、星の導きなんてない。それでも妙だけが彼の心を理解している。累神がどちらに進むのか、どんなところにいこうとするのか。妙には手に取るようにわかった。
「ですが、後宮女官を連れだすわけには」
「わかった、連れていく」
雲はこまっていたが、玄嵐はすんなりと承諾してくれた。
「ただし、餐館に手掛かりひとつなかったら――斬る」
すんなりというか、殺意が漲っていた。妙は臆さず、まっこうから胸を張る。
「構いませんよ。私は嘘をつきません。私には真の神サマがついていますから」
「頼もしいことだな」
玄嵐は信じているのか、いないのか、ため息をついた。貧民育ちということは神サマなんて信じない派だろう。
側近たちと一緒に静まりかえった廊を進んでいく。
外が吹雪いているせいか、宮廷の廊は耳が凍るほどに寒かった。吸いこむ空気まできんと張りつめている。
妙は不意にふたりの背に尋ねかけた。
「――――おふたりは累神様の敵ですか?」
脈絡もなく投げかけられた不穏な問いに、雲と玄嵐は虚をつかれて振りかえる。
嘘を見破るための質問は唐突であればあるほど効果がある。さらに「はい」か「いいえ」で答えられることを尋ねるのだ。
そうすれば、心のウラが視える。
「っ、理解できません。なぜ、こんな時にそのようなことを尋ねるのですか? 答えるまでもないことです。私は星辰様の御遺志を継ぐと誓っています」
雲は眉根を寄せ、答えるまでもない、やめてくださいとばかりに頭を振る。
「俺はどちらでもない。皇帝次第だ」
たいする玄嵐は逢った時と一貫した答えをだした。
だが、どちらも不正解だ。
「違います。今この時、累神様の敵かどうかを尋ねています」
ふたりが黙りこむ。
「もういちど、尋ねます。敵ですか?」
繰りかえすことで、妙は退路を絶つ。
「いいえ、違います」
雲は妙から視線をそらさずにこたえた。
「今は……違う。累神皇帝の政は、民のためになっている」
玄嵐は咄嗟に視線を逸らした。
(これで、事のウラが視えた)
妙はすべてを理解して、ふわりと微笑む。
「よくわかりました。信頼します」
敢えて誰をとは言わずに妙は「いきましょう」と先に進む。廊から廻廊に抜けると雪を孕んだ風が吹きつけてきた。
真冬の嵐だ。
(――彼は嘘をついた。累神様の、敵だ)
お読みいただき、ありがとうございます。
どちらが内通者か、皆様も予想していただけると嬉しいです。
これで第2期のちょうど折り返し地点にきました。引き続き、お楽しみいただければ幸甚です。