表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/111

4‐13嘘つき側近はどちらだ

 はなの後宮に雪が降る。

 都から後宮に帰ってきたミャオは乾いた洗濯物を畳みながら、うす昏い窓を眺めていた。提燈の火を映して雪がゆらと燃える。

 胸さわぎは収まることなく、むしろ段々と酷くなっていた。なにか、たいせつなものをなくすのではないか。そんな不安感が胸を締めつけ、妙はそれを紛らわすためにせっせと洗濯物を畳む。


「なあんだ残念、朝帰りじゃなかったのね」


 ろうかから黄黄ファンファンが顔を覗かせた。


「あはは、だから累神(レイシェン)様とはそういうのじゃないんですって」


 ミャオが苦笑すれば、黄黄はがっかりして頬を膨らませた。


「ばかね。だったらよけいにそういうのになれるように頑張らないと。こう、累神様を誘惑してみるとか……」


 言いかけて、黄黄ファンファンは妙の胸にじいっと視線をそそいだ。


「……ごめん」


「ちょっ、そこであやまるの、やめてもらえません!?」


「だって、ねぇ」


「こ、これから成長するかもしれないじゃないですかっ」


「そうよね、どんな時でも希望は捨てたらだめだもんね……」


 そんな馬鹿な話をしていたら、別の女官がやってきた。


イーミャオ、宮廷から馬車がきてるわよ。皇帝つきの占い師に頼みたいことがあるとか」


 宮廷から、と聴いて、妙はさあと青ざめた。


累神(レイシェン)様になにかあったんだ)


 妙は青銅の鏡だけを持って、妃の宮を飛びだしていく。とんでもない慌てように、何も知らない黄黄ファンファンは「むふふ、あんなに慌てちゃって。やっぱりなんかあるんじゃない」と能天気にニヤついていた。

 表で待っていた馬車に乗り、宮廷に渡る。

 迎えたのは累神(レイシェン)の側近であるユン玄嵐シェンランだ。ふたりとも青ざめ、深刻な顔をしていた。


「累神陛下が何処にもおられないのです。日入にちにゅうしゅう(午後七時)までには帰る、と書き置きがあったのですが、黄昏こうこん正刻せいこく(午後八時)を過ぎても御戻りにならず」


 やはり帰ってきていないのか。

 ユン累神(レイシェン)の残した手紙をみせてくれた。何処に出掛けるか、誰と一緒か、などは書かれていない。


「後宮から妃を連れだして都にいかれたというところまではつかめている」


 妙はひぇっと身が縮む。後宮女官である妙が一緒に抜けだしていたと知れたら大変なことになる。


「ほんとうになさけない。昔からよく都をふらふらと歩きまわっていたと聴くが、皇帝になってまで悪癖あくへきが直らないとはな。自覚が足らないのではないか」


 玄嵐シェンランは吐き捨てる。

 護衛なんかを連れていくより、累神ひとりのほうが強いうえ、身軽に動けるのだからしかたない。


「俺はそのための側近だというのに、なぜ、御声をかけてくださらなかったのか。信頼されていないのか?」


 あ、これ、違う。ふつうにすねている。


「有能な占い師ならば、皇帝のゆくえもわかるだろう?」


「もちろんです。直ちに占います」


 ミャオは青銅の鏡に手をかざして、集中する振りをする。


「神の託宣がありました。累神(レイシェン)様は都の西凬にしかぜという餐館レストランにおられます。妖しげな女とふたりきり。個室、だとおもいます。ですが、これが今の御様子かまではわかりません。今晩は雲がかかっていて、星の神の御声が聴こえにくいのです。それでも手掛かりは残っているはずです」


「ありがとうございます、すぐにその餐館にむかいましょう」


 ユンが頭をさげ、背をむけて歩きだす。

 だが、ほんとうにこのふたりは信頼できるのか?


(わからない)


 ユン玄嵐シェンラン、どちらかの側近が宮廷巫官きゅうていふかんへと情報を渡している疑いがある。


 それに先程の女、何処かで逢ったことがあるような。

 不意に頭をよぎったのは《後宮の鴛鴦おしどり》と称された姐妹しまいのことだ。地味なあねと派手な妹。その先入観をつかって、地味な姐は華やかな化粧を施すことで殺害した妹になりかわった。


(――――思いだした)


 化粧で別人を装っていたが、あれは妙のもとを尋ねてきた宮廷巫官に違いない。

 ならば、よけいに彼らが累神(レイシェン)を助けてくれるとはかぎらない。とどめを刺しにいこうとしている危険だってあった。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 妙はふたりを追いかけ、ユンの腕をつかんだ。


「私も連れていってください。私は占い師です。現地にいけば、累神様がすでに餐館から移動されていてもその足跡をたどることができます」


 でまかせだ。それに累神が危険にさらされているとして、剣も扱えない妙に助けられるとは想えなかった。


 だが、妙ならば、誰より先に累神のことを捜しだせる。


 神サマなんてついていない、星の導きなんてない。それでも妙だけが彼のウラを理解している。累神がどちらに進むのか、どんなところにいこうとするのか。妙には手に取るようにわかった。


「ですが、後宮女官を連れだすわけには」


「わかった、連れていく」


 ユンはこまっていたが、玄嵐シェンランはすんなりと承諾してくれた。


「ただし、餐館レストランに手掛かりひとつなかったら――斬る」


 すんなりというか、殺意がみなぎっていた。妙は臆さず、まっこうから胸を張る。


「構いませんよ。私は嘘をつきません。私にはほんものの神サマがついていますから」


「頼もしいことだな」


 玄嵐シェンランは信じているのか、いないのか、ため息をついた。貧民育ちということは神サマなんて信じない派だろう。


 側近たちと一緒に静まりかえったろうかを進んでいく。

 外が吹雪いているせいか、宮廷の廊は耳が凍るほどに寒かった。吸いこむ空気まできんと張りつめている。


 妙は不意にふたりの背に尋ねかけた。


「――――おふたりは累神(レイシェン)様の敵ですか?」


 脈絡もなく投げかけられた不穏な問いに、ユン玄嵐シェンランは虚をつかれて振りかえる。

 嘘を見破るための質問は唐突であればあるほど効果がある。さらに「はい」か「いいえ」で答えられることを尋ねるのだ。


 そうすれば、心のウラが視える。


「っ、理解できません。なぜ、こんな時にそのようなことを尋ねるのですか? 答えるまでもないことです。私は星辰シンチェン様の御遺志ごいしを継ぐと誓っています」


 ユンは眉根を寄せ、答えるまでもない、やめてくださいとばかりに頭を振る。


「俺はどちらでもない。皇帝次第だ」


 たいする玄嵐シェンランは逢った時と一貫した答えをだした。

 だが、どちらも不正解だ。


「違います。今この時、累神様の敵かどうかを尋ねています」


 ふたりが黙りこむ。


「もういちど、尋ねます。敵ですか?」


 繰りかえすことで、ミャオは退路を絶つ。


「いいえ、違います」


 ユンは妙から視線をそらさずにこたえた。


「今は……違う。累神皇帝の政は、民のためになっている」


 玄嵐シェンランは咄嗟に視線を逸らした。


(これで、コトのウラが視えた)


 妙はすべてを理解して、ふわりと微笑む。


「よくわかりました。信頼します」


 敢えて誰をとは言わずに妙は「いきましょう」と先に進む。廊から廻廊に抜けると雪をはらんだ風が吹きつけてきた。


 真冬の嵐だ。


(――()は嘘をついた。累神(レイシェン)様の、敵だ)

お読みいただき、ありがとうございます。

どちらが内通者か、皆様も予想していただけると嬉しいです。

これで第2期のちょうど折り返し地点にきました。引き続き、お楽しみいただければ幸甚です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
ぽちっと投票していただければ励みになります!
ツギクルバナー
ぽちっと「クル」で応援していただければ嬉しいです
― 新着の感想 ―
[良い点] どちらが敵なのかはわかりませんが……。 玄嵐は具体的で真実味がある回答に見えました。 対する雲はそつなく対応したように見えます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ