4‐11「信頼していますから」
帰りの馬車が日の暮れた都を進んでいく。提燈がともり非常に賑やかだが、人々は慌ただしく帰途について店舗の飾り棚を覗くものもいなかった。
「ごほん、その、妙様」
食いしん坊な妙がハンバーグをおかわりをせず、先程から黙り続けているというのもあって、豪商は気遣いながら声を掛けてきた。
「累神様はあなたさまのことをたいせつに想っておられます。ですから、どうか、落ちこまず」
「想いつきましたよ」
「は?」
「民間商人を動かすためになにが必要なのか、です」
妙はずっと、どうすれば経済を迅速に動かせるかを考え続けていた。お腹がいっぱいになれば頭がまわるというのが妙の持論だが、食べすぎると今度はそれを喋るのが億劫になるため、程々にしておいた。
「商幇が貿易港まで運輸した物を卸売する商人はいるんですよね。でも現状だと転売というかたちになります。転売は価格変動が激しく、市場も統制できなくなります。なので、商幇で完全に貿易を仲介しちゃうというのはどうでしょうか」
「ふむ、仲介ですか」
「しょうじき個人が貨物船をつかってほかの大陸まで渡って商売をするのって、きびしいとおもうんですよ。でも、これならば民間商人が互市貿易に参加しやすくなります」
ただ、これは商幇が貿易を支配してしまうという危険をはらむ。だからもうひとつ、条件を設ける。
「累神様に掛けあって、宮廷公認商幇というのをさだめ、貿易の仲介の認可をおろしてもらうのはいかがでしょうか。もちろん、豪商さんがその筆頭者になります」
「ほほお」
豪商は髭をなでつけ、いっきに商人の眼になる。
「私にはどのような利潤がありますかな」
「これは新たな商売になりますよ」
妙が人差し指をたてた。
「仲介料も取れますし、貿易に関する情報を先んじてつかめるので、市場の動きをかんたんに予測できるようになります。あとは大量の品物を輸入しても、委託なので余剰や損失がでません。いいことづくめですよ」
「おお、それはぜひともやらせていただきたいものですな」
よし、乗ってきた。あとは累神の許可を取るだけだ。
最初に仲介を依頼する幇は彗妃に集めてもらおう。このさい、偽客でも構わない。彗妃の傘下にある幇がいっきに動きだせば、損得勘定に耳聡い商人もぜったいにつられて動きだす。それが群集心理というものだからだ。
順調に進めば、年始までに経済が大幅に前進し、経済恐慌なんて噂は払拭できる。
ようやく考えがまとまって、妙は窓にもたれかかり、ぽつりとつぶやいた。
「……信頼していますから、累神様のことを」
「それは」
豪商は商人の顔つきから、何処か保護者めいた眼差しに変わる。
「累神様は聡明な御方です。誘惑されても、なびきません。日頃からあれだけの妃妾に言い寄られていても、ぜったいに御渡りをなされなかったくらいですから」
累神がまだ第一皇子の身だったころ、袖にされた妃妾たちが群れて「宮に遊びにきてもくださらない」「大胆にせまってもだめで悔しかった」とぼやいていた。
「累神様はだいじょうぶです」
微かな胸さわぎを振り払うように妙は笑った。髪に挿したかんざしの珠飾りが弾む。
豪商が感服するように息を洩らした。
「それほどまでに強い信頼を結ばれているのですか。いやはや、おみそれいたしました。さすがは累神様が選ばれた姑娘だ」
都に雪が降りだす。
風で舞っているだけではなく、じきに吹雪になりそうな雪のひらがひとつ、ふたつと窓に張りつく。それにふっと息を吹きかけ、妙はみずからに言い聴かせるようにつぶやいた。
「それこそ、毒でも盛られないかぎり、へっちゃらですよ」
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