4‐10星の姫を皇后に迎えよ
「あの神託はどういうつもりだ」
個室に踏みこむなり、累神は女の腕をつかみ、糾弾する。
「偽りの星を真実の星とするため、星の姫を皇后に迎えよ、だと? そんなに皇帝の権力が欲しいのか」
そう、宮廷巫官の神託には続きがあった。
新たなる皇帝は偽りの星である。だが、宮廷巫官を皇后にすれば、偽りの星は真実の星となって禍を最小限度に抑えられると。
「織姫でございます。あなたさまの妻になるのですから、どうかお忘れにならないでくださいね? 私たちが結ばれることが神の御意志なのです」
欽天監に属する奉常(宮廷巫官)である占星師は累神を禍の星とし錦珠を福の星とさだめたが、星辰の叡智により占星は覆された。徐々にではあるが、宮廷巫官の信頼が揺るぎはじめている。
累神皇帝が禍をもたらす、としたうえで、宮廷巫官の星の祝福がそれを退けたとすれば矛盾もなくなり、巫官を皇族に迎えさせることもできる。もとから錦珠が皇帝になったら、巫官を皇后にする契約だったのだろう。
そうして皇帝を裏から操り、宮廷を意のままに動かすつもりなのだ。
「錦珠がだめになったら、今度は俺か」
「ふふ、そんなに怖い顔をなさらないで。悪い話ではありませんでしょう? 私を妻にすれば、あなたさまは皇帝でいられるんですもの」
「願いさげだな。星の宮廷を、おまえたちに売り渡すわけにはいかない」
累神の拒絶に織姫はくすくすと笑いだした。
「いまさらなにを仰るかしら。これまで宮廷がいかに占星に頼り、神託に縋り続けてきたことか。昔は皇后を選ぶときも宮廷巫官に星を読んでもらったではありませんか。それと変わりませんことよ」
「そう、宮廷は神に依存してきた。その結果がこれだ。星ひとつで、どれだけのものが人生を操られ、幸福を壊されてきたか」
「壊れるさだめだったというだけのことですわ。運命というのはそういうものです」
織姫は嘲笑うようにいった。
「星は経済恐慌となる――これは決定事項です。だって、命錦珠つきの神通者の予知ですもの。はずれるはずがない。ですが、私たちが星の導きのもとに結ばれれば、民に希望をもたらすことができます。希望あるかぎり、民はいかなる苦境からでも立ちなおれます」
経済は心理、か。
宮廷巫官もまた、神を騙りながら民の心理を操ってきたのだ。
「諦めてください。どうあがいても、運命は変えられません」
呪詛でも吹きこむように織姫は繰りかえす。
「――いいや」
累神は産まれたその時から、神の呪縛に捕らわれてきた。だが、妙という星の助けを借りて呪縛を絶ち、死の運命を打ち破った。
「運命は変わる。変えてみせるさ」
ごうと黄金の眼を燃やす。
「まあ、強情な御人。今だって経済は悪化するばかりですのに……ねえ、なぜ、あなたさまの政策がうまくいかないのか、教えてあげましょうか」
彼女は爪紅を施した指を累神の髪に絡ませながら、囁きかけてきた。
「民というのは与えられるものには群がりますが、みずからで新たになにかをやることは好みませんのよ。民とは総じて怠惰で、愚鈍なものです。だから我々が神の詔をもって導いてやらねばならないのですわ。民がなにも考えずにすむように」
誘うような織姫の指を、累神が強く払いのけた。
「違う。民にはみずからで考え、先に進むちからがある。俺は皇帝として、彼らが進むさきを照らすだけだ」
皇帝は日輪だと譬えられる。地に等しく天恵をもたらして民を育むことが、皇帝の仁徳とされるためだ。
「宮廷巫官の神は民に恐怖を与えて呪縛しているに過ぎない、俺は――」
累神は唐突に激しい眩暈に見舞われた。立ち続けていられず、膝をつく。食事のにおいに紛れていたが、香の紫煙がふわりと漂ってきた。
「毒、か?」
「まさか。皇帝陛下に毒など盛りませんわ。宮廷巫官に伝わる薬香です。星の神の祝福でとても心地のよい夢がみられますのよ、あらゆる欲が満たされるような」
媚薬か。あるいはもっと、危険な物か。
織姫も香を吸っているためか、昂揚して頬を紅潮させている。痺れたようになって動けない累神に乗りあげ、織姫はするりとみずからの帯を解く。
「さ、夫婦の契りをいたしましょう。御子を孕めば、妻にせざるをえないでしょう?」
お読みいただきまして、御礼申しあげます。
いまでもまだこうして妙や累神の物語を読みにきてくださる読者様がおられること、とても嬉しく、幸甚です。完結までどうぞおつきあいくださいませ。