4‐9ハンバーグと謎の美女
「な、なっ、なんですか、このたまらなくおいしそうなものは」
食卓に運ばれてきた異境の料理に妙が盛大な歓声をあげる。
鉄板に乗せられているのはじゅわじゅわと脂を弾けさせる挽肉の塊だった。
「ハンバーグでございます」
妙は累神に連れられて、新たにできたばかりの餐館にきていた。妙のために事前に個室を予約しておいてくれたのだとか。西にある他の大陸の料理が食べられると聴いていたが、これは期待をはるかに超えている。
給仕係が肉の塊をふたつにきりわけたとたんに脂がじゅわああと溢れだしてきて、鉄板の舞台で躍りだす。最後にみたこともないデミグラスというたれがかけられる。これがまた芳醇な香りを漂わせており、脂と絡んで絶妙な旋律を奏でる。
「どうぞ熱いですので、お気をつけて」
「い、いただきます」
妙はふうふうと息を吹きかけてから、まずはひとくち、頬張った。
とろける。脂が。とかではない。頬がとろける。
「うっみゃあああああああっ」
ここが、極楽か。
最高級の牛だ。赤身のしっかりとした触感を残しつつ、かみ締めるとほろほろと崩れ、したたるほどの脂をあふれさせる。こんなにうまいものが現実にあったのか。
(肉饅頭の中身かなとか一瞬だけおもって、ごめんなさい)
肉饅頭とは別物、これはまったくの未知の味だ。
「そんなにうまいのか」
「それはもう、たまらないです。至福です」
「ふっ、喜んでもらえてよかったよ」
累神はともに食べ進めているが、特に味わっている様子はない。味を感じないのだから、それも致しかたない。それより妙が食事を堪能する姿を嬉しそうに眺めている。
「やや、後れてしまい、申し訳ございません。諸島まで渡っており、午後に港についたばかりでして」
約束の時刻からやや遅れて、豪商が慌ただしくやってきた。豪商は一段と肥って、帯に乗った腹がはちきれんばかりになっていた。
「累神様の律令改正により、貿易がいっきに賑やかになりこちらは嬉しいかぎりですよ」
豪商いわく、制約が緩和されたことで大量の銀が輸入できるようになったという。
妙は豪商と累神が語りあっているのを聴きながら、ハンバーグに続いてエビフライを堪能していた。こちらもプリプリの海老がさくっとしたころもから弾けだす食感が格別で、タルタルソースなるものを絡ませると竜宮城が拡がりそうになる。
「ただ、ひとつだけ、こまったことがございまして」
豪商が遠慮がちに続けた。
「星からは絹、陶磁器、茶、望遠鏡、眼鏡等を輸出するのですが、諸国からの需要にたいして星の民間商人の動きが大変鈍く、供給が滞っております」
「大陸外との貿易に対応しきれていないということか」
喜んで動きだすと想定していたのだが、豪商から聴くかぎりでは互市貿易の解禁で動きだした民間商人は想像していた三割にも満たなかった。
「言語の違いなどもありますから、ええ。我々のような幇が輸入した荷を買収して卸売しようとする商人は多いのですが」
これでは貿易収支がさがり、赤字が続くおそれがある。
「海賊、あるいは海外に渡ることそのものを怖がって船をだせないものもいるようで」
「わかった。諸国の国境に軍事および事務官署をおき、また他国に大使館を設ける。そうすれば、民間商人が安心して貿易ができるようになるだろう」
「おお、それは有難いです」
だが、これもある程度は時間を要する。直ちに事態を好転させる打開策はないか。コロッケを食べながら考えていた妙は、ごくんと飲みこみ「まだ考えがまとまってないんですけど、たとえば」と声をあげかけた。
「陛下」
だが割りこむようにして、個室に入ってきたものがいた。
「捜しましたのよ」
雅やかな女だ。胸は豊満で腰がきゅっと細く、女ならば誰もが憧れるような抜群の体型。それでいて娼婦のような媚びはない。梅が綻ぶような唇をつけ、真珠の耳飾りをつけている。後宮の妃妾よりはるかに品がよく、何処かの令嬢かとおもった。
(でも、なんだろ。どっかで逢ったことがあるような)
累神はとてもモテる。愛人などをかこっているわけではないが、寄ってきた妃妾たちとはそれなりに遊んでいる。だが累神は思いあたる妃妾がいなかったのか、警戒するように眼を細めた。
「失礼だが、あなたは」
「まあ、妻のことをおぼえておられないなんて酷い御人ですこと」
女の言葉に場が凍りついた。妙は箸でつかんでいたコロッケを落としそうになる。
「妻? 俺は皇后も皇妃も迎えていない」
「いえ、まもなく皇后に迎えていただくことになりますわ、そう、かならず」
なにか、思いあたることがあったのか、累神が眼を見張る。声を落とし、凄むような声で問い質した。
「どうしてここがわかった」
「神の御導きですわ」
累神は給仕係を睨む。給仕係は咄嗟に視線を逸らした。累神は皇帝である。予約時にも偽名をつかい、口外するなと釘を刺していただろうに、ずいぶんと口の軽い給仕係だ。
「私も個室を取っておりますの。一緒にきてくださるでしょう?」
女は妖艶な微笑を振りまきながら、累神に誘いかけた。
彼女は先程から瞬きもせず、累神をみていた。あれは好意の表れでもあるが、威嚇でもあった。特に良からぬことを考えているとき、ひとは無意識に相手を凝視する。
妙はいやな予感がして累神の袖をつかむ。
「累神様」
「……、すまない」
累神はためらいがちに妙の手を振りほどいた。
「食事が終わるまでに俺がもどらなかったら、先に後宮まで帰っておいてくれるか」
累神が遠ざかっていく。妙はただ、女に連れられて、つきあたりの個室へと吸いこまれていく累神の背を眺めるほかになかった。
お読みいただきまして、御礼申しあげます。
今晩から投稿時間が変更となります。17時前後→19時前後とさせていただきます。よろしくお願いいたします。
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そ太郎様により素晴らしい作画だけでもぜひともチェックしてください!