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4‐6累神、偽りの星と神託される

「いったい、どういうことだ」


 時をおなじくして、累神(レイシェン)九卿きゅうけいのひとつである奉常ほうじょう――通称宮廷巫官の巫丞ふじょうにつめ寄っていた。巫丞とは宮中の祭祀や儀式等を統轄し、易占や占星によって神託を享ける巫官ふかんたちを統制する役割を担っている。


シンが経済恐慌に陥る、だと? 民の不安感をあおるような神託は議会を通してから公表するきまりだ。あまつさえ俺を偽りの星の皇帝だと宣い、皇帝直属の占い師を狐つき呼ばわりとは」


ほしがそう告げたのです。これは神のみことのりに他なりません」


 巫丞ふじょうは皇帝の糾弾にもまったく臆さない。

 知命ちめい(五十歳)になっても若々しさを損なうことなく、妖艶な美貌を持つ女だが、同時に男を寄せつけない氷のようなするどさがある。宮廷巫官のなかで顔を隠さないのは彼女だけだ。


「皇帝であろうと、神に命令することはできぬと知りなさい。神の意を受けた我等にたいしても、しかりです。神意を隠蔽、あるいは改ざんしようとするならば神の裁きがくだるでしょう」


 その神託そのものが、月華ユェファの予知を盗んだものだというのに、盗人ぬすっと猛々しいとはこのことか。だが、ユン玄嵐シェンランがいるこの場で、それを糾弾することはできない。

 累神はかんむりから垂れる珠に隠れて、ひそかに唇をかみ締めた。


「ですが、悲観することはございません。神はいかなるものにも救いの御光を差し延べてくださるのですから」


 巫丞ふじょうの声が誘惑するようにあまやかな響きを帯びる。


「皇帝陛下のお持ちになられる偽りの星を、いかにすれば真実の星に変えられるのか。神は導きを与えてくださいました。すでにお聴きになっているでしょう?」


「……神というのはずいぶんと卑劣なことをするものだな」


 累神(レイシェン)は眼差しを抜き身の剣ほどにするどくして、巫丞を睨みつける。剣呑なものを感じたのか、累神の背後に控えていたユン玄嵐シェンランが「陛下」と彼を制した。


「今の御失言は聴かなかったことにいたしましょう。冷静になられてから、ご一考ください。これからも皇帝でありたいのならば、あなたさまの選択はひとつでしょうが」


 それだけいって、巫丞は銀糸が施された白絹しらぎぬのすそをひるがえして、背をむけた。彼女が廻廊の角をまがってから、累神は悔し紛れにこぶしを強く壁にうちつける。


「陛下、御言葉ですが」


 謹みながら、ユンが進言する。


「宮廷巫官の占星に反意をみせるのは得策ではないかとおもいます。元老を含め、宮廷巫官を信仰するものは宮廷の八割にのぼります。それらを敵にまわすようなことをなさってはなりません」


 ユンの言葉の端々からは累神(レイシェン)の身を案じているのがうかがえた。玄嵐シェンランはなにを考えているのか、黙り続けている。


「苦しいでしょうが、いまはご辛抱いただきたく」


「すまない、取り乱した」


 累神は頭を振って、穏やかな微笑をかぶる。


「おまえたちが案ずることはなにもない。不要な争いは避け、穏健に事を進めるさ」


 午後を報せる鐘が聴こえて、累神は窓に視線をむける。


「俺は執務の続きにもどる。雲は貿易収支の推移をまとめてくれるか。玄嵐は都に赴き、民の様子を視察してきてくれ。民衆が混乱をきたしていないか、心配だ」


「御意に」


 累神は側近たちと別れて、執務室にもどる。

 扉をしめるなり、彼は取り繕っていた微笑を投げ捨てた。


「神、か。くそくらえだな」


 累神(レイシェン)の眼に怨嗟の火が燃える。

 産まれた時から彼は神の託宣とやらに縛られてきた。皇帝になってはならない禍の星だとさだめられ、廃嫡はいちゃくになり、母親は壊れた。累神にとっては占星は、いまわしい呪縛そのものだ。神と聴くだけでも虫唾が走る。そんな累神の、神にたいする怨嗟を理解してくれたのは易妙だけだった。


 心はまだ微かに乱れているが、思考は冴え渡っている。


(考えろ)


 まず、経済恐慌の予知が外部に洩れたということは側近であるユン玄嵐シェンランのどちらかが密偵という危険がある。

 あの時、錦珠ジンジュの宮で妙と喋っていた時に話を聴かれていたのか。信頼していたわけではなかったが、だからこそ互いを監視させているつもりだったので、盗聴されるとは想わなかった。


(どちらか、あるいはどちらも裏切ったか)


 だが、ミャオは心理を読んで、どちらも嘘はついていないと言っていた。

 これはどういうことだろうか。


 いずれにしても、このたびの占星は間が悪すぎた。

 経済恐慌の素振りもなかった秋とは違って、互市貿易が始まり輸入額が一時超過して貿易収支が減少する時期に差し掛かっていた。この時期を乗り越えれば経済はいっきにまわりだすはずだが、想定していたより民間商人の動きが鈍化している。景気が好調の波に乗るまで民が持つだろうか。


 経済は心理だといった妙の言葉が累紳の頭にぎる。


「現状維持では経済恐慌になりかねない、か」


 累神はかんむりを外すと外掛はおりを羽織る。三階の窓に足を掛け、ためらわずに飛びおりた。

お読みいただきまして、御礼申しあげます。

続きは7月1日に投稿させていただきます。緊張する場面が続きますが、楽しんでいただけているでしょうか?

「おもしろい」「続きを読みたい」とおもっていただけたら★~★★★★★をぽちっとしていただければ、作者のモチベーションアップにつながります。よろしくお願いいたします。

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