4‐1錦秋の後宮と皇帝からの依頼
お待たせいたしました!
あの食いしん坊女官占い師と俺様風ヘタレ皇帝が帰って参りました!
連載再開に先がけて22日(土)23日(日)に投稿させていただきます。
星の後宮に錦秋の風が吹いた。
夏の終わりに命累神が新たな皇帝となり、宮廷では革新が進められてなにかと騒がしくなっているが、後宮は変わらない。都と大差のない賑やかな大通りには今日も今日とて妃妾たちがあふれている。
華やかな喧噪を割って、易占の客寄せの声があがった。
「人生は福あれば厄もあり。順に等しく巡るものなれど、巡りきた福を拾うか、厄にあたるかは人それぞれ」
妃妾たちの視線がいっせいに声のするほうにむかう。牀几に腰かけ、青銅の鏡に手をかざす女官服の姑娘がいた。
易妙だ。
「皆様、ちょいと寄っていかれませんか。よきことも悪きことも占いましょう」
「きゃあ、妙様よ」
「えっ、妙様ってあの皇帝陛下つきの敏腕占い師でしょう?」
「ちょっと横入りしないでよね、わたくしが占ってもらうんだから」
易占をもとめる妃妾たちが歓声をあげながら、長蛇の列をなす。
例の天壇での神の託宣を経て、易妙が皇帝つきの占い師であるという噂は後宮の端から端まで知れ渡ることになった。職場の女官たちは雨が降るかどうか教えてだの、恋愛の成就を占ってだのと度々頼んでくるようになり、香具師紛いの町角占い師だって気軽にはできなくなってしまった。
(ほんとにめんどうなことになっちゃったなあ)
ため息をつきそうになって、接客していたところだったのだと思いだす。
「来春までに痩せられるかどうか、運勢をみて」というふくよかな妃妾に「痩せるよりも笑顔を絶やさず、今のあなたさまの魅力を振りまくのが吉です」と助言する。ほんとうに痩せたいならば、列にならんでいるあいだ、月餅を食べ続けたりしない。というか、そもそも運勢で痩せるものではなく、節制と運動の持続だ。それだったら、暗い顔をやめて、にこにことおいしいものを頬張っていたほうがよほどに愛されそうだ。
「ありのままのあなたさまを愛してくださる御方を捜すべきです」
ふくよかな妃妾はぱっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます。あ、あの、これ」
おずおずと、箱が差しだされる。
皇帝つきということが明らかになっても、妙は変わらず食べ物ひとつという報酬で易占を続けていた。
(できれば、そっちの紙袋の月餅をもらえるほうがありがたいんだけどな)
妙の思いを知るよしもなく、妃妾はにっこりと微笑む。
「霊芝です、健康によいそうですわ」
「それ、めっちゃ苦いやつじゃないですか!」
妙は素で叫んでしまった。
「えっ」
「あ、ち、違うんです。その、と、とても希少なきのこですよね。あはは、ありがたくいただきます、はい」
さすがに妃妾からもらったものを「いりません」と突きかえすわけにはいかない。だが、こんなの、どうしろというのか。
(ううっ、まるかじりできる包子とかのほうがどれほどいいか。このまえは穴燕の巣とか海参とかもらったけど、どうやって調理したらいいのかもわからないし)
そう、なまじ皇帝つきの、という肩書がついたせいで、妃妾たちが持ってきてくれるものがやたらと高級なものばかりになってしまった。妙がもとめているのはもっとこう、手軽に「うみゃああ」となれるものなのに。
その時だ。ふわりと清浄な香のかおりが漂ってきて、ほかの妃妾たちとは違ったふんいきの女が進みでてきた。
まず、化粧をしていない。紅ひとつ施していない妃妾というのはそうそういるものではなかった。それでいて服は質のいい絹である。
下級、中級の女官ではないことは確かだ。
「あなた、神がついておられるとか。それはどのような由縁の神ですか?」
けぶるような睫を瞬かせ、女は尋ねてきた。緑眼が妙を映す。
「え、ええっと、天地神明です。祖霊から土地神までわんさか憑いていますので」
特にこれといった信仰はないので、てきとうにごまかす。女が期待していた答えではなかったのか、彼女はため息をついた。
これはやっかいな客だぞと妙の本能が告げる。いちゃもんをつけられるまえに追い払ってしまおう。
「後ろ、つかえているんで、易占をおもとめでなければ――」
「そうですね、あなたに本物の神通力があるのならば、わたくしがいったい誰なのかをこの場であててごらんなさい」
女は艶やかな髪を揺らして、胸に手を添える。
(おや、どっかで聴いたせりふだぞ)
累神と逢ったときも確か、素姓をあてろといわれたのだった。そんなことを思いだしながら、妙は真剣に女を観察する。
上級女官か? だが彼女の爪は微かに赤くいろづいていた。すでに落としてあるが、爪紅を施していた証拠だ。爪紅は鳳仙花を揉んで爪に乗せておくことで紅を施すものだ。妃妾のあいだでは愛好されているが、炊事洗濯をする女官職がつけられるはずがない。
化粧もしていない彼女が爪だけを飾るのはなぜか。
(確か、爪紅は邪気除けだったはず。でも、これだけだと素姓を確定するにはまだ)
観察と考察を続けていたせいか、疑うように女が眼を細めた。
「神が憑いておられるにしてはずいぶんと時間が掛かるのですね?」
完全に疑われている。妙は慌てて言い訳をする。
「いえ、すでに貴方様の素姓はわかっております、ただ」
「ただ――どうなさったのですか」
風が吹いて、額にかかっていた女の髪がなびいた。妙が息をのむ。額に紐を結わえていた痕がある。宮廷において日頃から素顔を隠す職となれば、ひとつ。
(宮廷巫官――――だ)
神の身許につかえる身は清浄でなければならない。よって不浄に触れぬよう、かならず顔に垂れ幕をつけるのがならわしだった。
だが、なぜ、宮廷巫官が妙のもとにきたのだろうか。
宮廷巫官の上部の命令で、妙の易占について調査にきたのか。
累神皇帝という後ろ盾があるとはいえ、宮廷の祭祀を総括する宮廷巫官でもないのに易占という商売を続けているのは事実なわけで、これが神託ではなく心理を読むものだと知られては罪に問われる危険は充分にある。そもそも累神とは皇帝になった時に宮廷で起きていた事件を解決したきり、逢えていなかった。妙は宮廷に渡れないので、なにかあっても助けをもとめることはできそうにない。
「貴方様の素姓が、私にはわかります」
妙は思考を廻らせながら、言葉を選ぶ。
「ですが、この場でお伝えして、ほんとうによろしいのですか」
宮廷巫官は宮廷の直属で、特例を除いて巫官が後宮に踏み入ることはない。皇帝の御子をつくるための場である後宮は不浄だからだ。だからこそ、妙に神の託宣が聴こえないかぎりはあてられるはずがないと踏んで、彼女はここにきている。
素姓を公にされることは避けたいはずだ。
それに、この言いまわしならば、推理に時間が掛かったのもごまかせる。
「……そうですね」
妙の真意を理解して、彼女は意外そうに息を洩らした。
「また近いうちにお逢いするでしょう。その時はきちんと名乗らせていただきますわ」
それだけいって、その場を後にする。
妙は慌てて「あ、あの、御代っ」と声を掛けたが、後から後から客が押し寄せて女の後ろ姿はすぐに人波にのまれてしまった。
(それにしても、累神様か)
客を観察して占いの結果を語りながら、妙は夏まで共犯者だった男に想いを馳せる。
累神は微笑を絶やさず、ともすればつかみどころがない男だが、意識してそう振る舞っているだけで根は誠実かつ理知に富んでいる。皇帝となり、今は民の幸福を第一に考え、慌ただしく政を執っているはずだ。
噂によれば、累神は宮廷における汚職を特にきびしく取り締まっているのだとか。横領の常習だった宦官はこれに反発し、宮廷で乱が勃発。だが、謀反を警戒していた累神は先んじて手を打ち、被害をだすことなく制圧した。有能な皇帝だ、さすがは福の星だという声が日頃から聴こえてくる。
(……遠くなっちゃったな)
いや、違うか。もとから遠いひとだったのだ。
秋風がやけに寒々しかった。思いだすとお腹が減ったときみたいに心もとなくなるから、ずっと考えないようにしていた。
(ちょっとだけ、さびしいかな)
今後は逢うこともなくなっていくのだろう。
午後を報せる時鐘が聴こえてきた。昼の休憩が終わる。
「ここまでとなります。おつぎはまた星の循環りが良い時に」
妙は手をたたいて易占を終わりにする。ならんでいた客たちが「ああ、残念」「また今度ね」と落胆の声をあげながら解散していった。
後にはこんもりと積まれた高級食材だけが残る。
妙はげんなりして、霊芝をつまむ。
「月餅がよかったなぁ」
一緒にお腹がぐうと不満を訴えてため息をついたそのとき、後ろの路地からひょいと大月餅が差しだされた。
「これか?」
懐かしい声が聴こえて妙が眼を見張り、路地を振りかえる。
日陰にあってもなお、燃えたつように華やぐ赤い髪。天の星を想わせる黄金の眸がゆらりと瞬き、妙は想わず「累神様!」と声をあげかけた。
累神は人差し指をたて、妙の唇にそっとあてる。
まわりに知られては騒ぎになるからだ。妙が慌てて自身の口を塞いだのをみていたずらっぽく微笑んでから、彼は逢ったばかりの時のように誘いかけた。
「あんたが必要だ。また導いてくれるか、俺の占い師」
「後宮の女官占い師」お楽しみいただけましたでしょうか?
本格始動は7月となりますが、明日23日(日)にも引き続き投稿させていただきますので、お楽しみいただければ幸甚でございます。
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▽お知らせ
小説家になろう にて連載している「後宮食医の薬膳帖」の4巻が25日に発売となります。「後宮の女官占い師」をお楽しみくださっている読者様ならば、かならず楽しんでいただけるものとおもいます。宜しければ、こちらからチェックしてみてください!
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