幕間 第二皇子の独りごと
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この度はちょっとふんいきをかえて「錦珠」による前日譚の独りごとです。
錦珠が妙の姉である月華と一緒にいたときのエピソードです。お楽しみいただければ幸いです。
「ほら、都の御土産だよ」
星屑のような糖花の包み紙をほどけば、姑娘はふわりと顔を綻ばせた。
「まあ、嬉しい」
「君が喜ぶだろうとおもってね。こういうの、好きでしょう」
「ありがとう、錦珠さま」
月華。
彼女には特別な能力がある。
予言だ。月華が語ったことはかならず、現実になる。
錦珠は皇帝になるために月華の能力が役にたつと考え、都から宮廷に連れてきた。
だが彼女は、予知能力のことを抜いても、奇妙な姑娘だった。
さらわれて軟禁されているというのに、怒るでも嘆くでもない。かといって、予言を教えるかわりに欲しいものをあげるといっても、なにも要らないという。
頭の弱い、ばかな姑娘だ。
だが、彼女の微笑んだ顔が、錦珠は嫌いではなかった。だから都に出掛けると、ついつい彼女が喜びそうなものを選んでしまうのだ。
「ん、とってもおいしい。あまくて、いい香り。キンモクセイかしら」
月華はひとつ、またひとつとたいせつそうに糖花を口に運ぶ。卓に頬杖をつきなが錦珠が取りとめもなく眺めていると、月華が星のかけらを摘まんで錦珠のほうに差しだしてきた。
「なに」
「錦珠様もどうぞ」
錦珠は怪訝に眉根を寄せる。
「僕は、君にあげたんだよ」
あげたものがもどってくるなんて、理解できない。気にいらなかったわけでもないだろうに。
「だって、一緒に食べたほうがきっと、もっとおいしくなるとおもうの」
「変わらないとおもうよ」
「いいから、ほら、あーん、して?」
錦珠は戸惑いながらも、いわれるがままに口をあけてやった。
あまったるい星くずがころんと、舌に落ちてきた。わざとらしい花の香が拡がる。しょせんは都の女が好きなものは舌触りも安っぽかった。
なのにどうしてか。
「ね、おいしいでしょう」
知らず、頬が持ちあがっていた。
「悪くはないね」
「ふふふっ」
「……甘いものを食べるの、はじめてかもしれない」
ぽつりとこぼす。
「え、うそ」
月華が心底意外そうに瞬きをした。
「甘い物なんか皇帝になる男の食べるものではないと母様から言われ続けてきたから……食べたら、だめなんだとおもってた。でも、よくよく想いだしたら、父様も食べてたな」
もっとさきに食べておけばよかったなとおもう。甘い物を好んで食べるにはおとなになりすぎてしまった。
だが、月華は春の花が綻ぶように微笑んだ。
「そうなのね。だったら、これからいっぱい食べたらいいわ」
これから、ということばが、じんわりと胸に拡がる。
「月餅も太陽餅もとってもおいしいのよ。月餅は妹の大好物だったの」
「そっ、か」
月華と一緒にいると、凍てついていた胸がちょっとずつとけていくような、奇妙な心地になる。これはいったい、なんだろう。
わからない。
わからないことは、きらいだ。いらいらするから。せっかく、楽しいきぶんなのだから、考えないことにしよう。
「都ではおしごとだったのよね。お疲れさま」
「うん、みんながこぞって「助けてくれ、助けてくれ」っていうから……疲れた」
貧しいものたちはそろって、錦珠に縋る。
金をばらまいて、そうなるように操っているのだから、狙いどおりではあるのだが――疲れることに違いはなかった。
「ね、膝枕してよ」
にっこりとわらって、月華は錦珠に膝を貸してくれた。
やわらかい膝に頭を乗せる。質のいい絹の服をあたえているので、肌触りもいい。でもほんとうは、素肌のほうが好きだ。暖かさが伝わってくるから。
月華は錦珠の頭をなで、髪を梳く。母親譲りの銀の髪だ。
錦珠も星辰も累神《レイシェン》も三皇子はそれぞれの母親の髪を受け継いでいる。
「いいこ、いいこ」
「……それさ」
「なあに」
「ん、別にいいや」
ばかにしてない? といいかけたのだが、やっぱりやめておいた。髪を梳かれるのは心地よかったし、彼女に褒められるのはそんなにいやじゃない。
「……ね」
かわりに「好きだよ」とつぶやきかける。だが、それもやはり言葉にはせずにのみこんだ。
いつだったか、とても幼い頃に母に問い掛けたことがある。
「かあさまは、ぼくのこと、すき?」
母親は言った。
「あまえないでちょうだい。勉強もできない、武術もできないような息子はきらいよ。皇帝になってはじめて、好いてもらえるのだと知りなさい」
その言葉を声にするのならば。
皇帝に、ならないとだめだ。
彼女はいつだって微笑んでくれる。こんな細やかな贈り物ひとつにも喜んで。だから、錦珠が皇帝になったらきっと、とても喜んでくれるだろう。いっぱい褒めてくれるだろう。
そうしたらきっと、彼女に好きだといえるはずだから。
………………
卓に乗せられていた星屑がひとつ、こぼれて落ちた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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