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番外編 妙、幼少期の累神に逢う!?

ブクマ555突破祝いの番外編SSです。(遅刻しました、申し訳ございません)

日頃からご愛読くださる読者様には感謝の想いがつきません。

時間軸としては三部終了後ですが、ちょっとしたif時間軸だと考えていただければ幸いです。

 ミャオは食べ物はなんでも好きだが、包子はとくに大好物だ。

 腹持ちもよく、なかにたっぷりと具材がつまっているので、ひとくち頬張るほどに幸せなきぶんになる。後宮の包子はふかふかで、小麦の香りも具材の味も絶品で、都の包子とは段違いだ。


 そのなかでも幻の包子というものがある。


 東坡肉トンポーロウの包子である。

 とろとろになるまで煮こまれた東坡肉ぶたのかくにがたっぷりとつめこまれた包子は、高級な食事に慣れた妃妾でも頬がとろけるほどにおいしいと評判だった。だがこの東坡肉包子は一日限定五個しかつくられず、しかも毎日提供されるわけではない。月に三度ほど。予告もなしに販売されるため、妙はいまのところ御目に掛かれたことはなかった。

 

 昼の休み時間と仕事帰りに包子の屋台を覗くこと、約二ヶ月。

「東坡肉包子あります」の看板があがっていた。


 妙は思わずごくりと唾をのむ。やった、と声をあげたくなるのをなんとかこらえて、いそいそと屋台にかけ寄っていった。黄昏時の混雑する時間帯だというのに、通りには人の姿がない。


 息をきらして、屋台に声をかける。


「すみません、東坡肉包子トンポーロウパオズを……」

「東坡肉包子をください」


 横からほかの客が割りこんできた。慌てて振りむくと、視界に紅の髪が映しだされた。

 累神《レイシェン》様? ――だが、子どもだ。年のころは十歳ほどか。いや、八歳くらいだろうか。おとなびているので、はっきりとはわからない。


「あ」


 少年もまた、声がかぶったことに気づいたらしい。


「すみません、おさきにどうぞ。俺はあとでだいじょうぶです」

「えっ、いいんですか」

「俺が大姐おねえさんに割りこんでしまったので」


 少年が頭をさげる。だが屋台の姑媽おばさんがこまったように眉尻をさげる。


「悪いけど、東坡肉包子は残り一個なんだよ」

「え……そんな」


 少年が子犬のような黄金の瞳を潤ませて、しょんぼりとなるのをみて、妙はちくりと良心の呵責に襲われた。


「母様に喜んでいただきたかったのに……」

「うっ……」


 いたいけな子どもをいじめているようなきぶんになってきた。


「あ、あの、彼にあげてください」


「いいのかい?」


 姑媽おばさんは妙がずっと東坡肉包子を狙って通いつめていたのを知っているため、こちらに気を遣ってくれたが、妙は「だいじょうぶです、またきますから!」とこたえる。


「ほんとうによかったんでしょうか。大姐さん、おやさしいんですね」


 後宮にいるということは累神の親戚にあたる子どもだろう。皇帝の嫡子は累神《レイシェン》、星辰シンチェン錦珠ジンジュだが、たとえば従兄弟という線はある。外見は累神にそっくりだが、ふんいきは星辰に似ている。

 

「いえいえ、お母様、喜んでくださるといいですね」


「そう……ですね。ふた月程前から食べたいと仰っていたので、きっと、喜んでもらえるとおもいます」


 いいながら、彼はみずからの頬に触れた。あれ、とミャオはおもう。頬に触れる、頬をなでるという動作には緊張を緩和したいという無意識の欲求が隠れている。つまり彼はいま、強い不安を感じているということになる。

 

「ほんとうにありがとうございました」


 少年はにこやかに頭をさげ、遠ざかっていく。燃えるような髪は再び押し寄せてきた雑踏のなかに紛れた。



               ◇



 その後、妙は別の屋台で鶏肉の包子を食べたものの、食べ損ねた東坡肉包子への未練を捨てきれずにいた。

 ああ、惜しかったなあとおもうものの、どう考えてもあの場では少年に譲らないという選択肢はなかった。せめておいしく食べてくれていたらいいなあとおもっていたところ、ぽつぽつと雨が降りだした。

 まもなく日も落ちる。帰路を急ごうとした妙だったが、橋の下で隠れるように蹲っている少年を見掛けて、思わず立ちどまる。夕方の少年だ。持っていた傘を差しかけると、少年が顔をあげた。


「さっきの大姐おねえさん……」


 その頬は酷く腫れあがっていた。

 もともと可愛らしい顔だちをしているのでよけいに痛々しい。


「どうしたんですか、それ!」

「あ……いえ、その……」

 

 まさか希少な東坡肉包子を強奪するやからがいたのかとおもったが、彼はまだ包子の紙袋を抱えていた。だがその紙袋はつぶれてしまっている。まさかこの後宮において、やんどころない子どもに暴力を振るう女官や妃妾はいないだろう。

 だとすれば――


「母親にやられたんですか?」


 びくりと少年の肩がはねた。


 想いかえせば、彼は母親にもってかえるといったとき不安のサインをだしていた。不安、というよりは、あれは怯えだったのだ。


「ち、違うんです。母様はふた月も前に食べたいと仰ったのに、その時にお渡しできなかった俺が悪いんです。だから、これは……しつけというか」


 累神に似た少年はしどろもどろに訴える。妙はため息をついた。


「それ、ぜったいに悪いのは母親ですから」


「で、でも」


「あなたは悪くない」


 なんでもかんでもじぶんのせいだと想いこむのも自己防衛の心理のひとつで、そうすることで楽なときはある。だが、他人に刺されないようにみずからで斬りつけても、ほんとうは痛いのだ。


 少年の事情はわからない。環境も境遇も想像するしかもできないし、ただの女官である妙が理解しようなんておこがましいのだろう。

 可哀想だと哀れむのも違うだろう。つらかったねとありふれた慰めをかけるのも。


 妙は少年の隣にしゃがみこむと、ぐちゃぐちゃになった紙袋を指さす。


「ね、それ、食べちゃいませんか」


「え、でも、さめちゃいましたよ?」


「いいんですいいんです。こんにゃろとおもいながら、食べたら、ちょっとはスッキリするとおもうんですよ」


 そんなかんたんなことではない。

 わかっている。でも、怒ってもいいんだよと彼に教えてあげたかった。


「あ、よければ、はんぶんください」


「えっ、あ、はい」


 少年は戸惑いながらも妙のペースに乗せられて、包子を渡してきた。妙はそれをはんぶんに割ってから、それぞれを破いた紙でつつむ。

 うながすように妙がさきに食べる。ぷるぷるの東坡肉がぎっしりとつまった包子は、さめていても充分に絶品だった。


「ほらほら、がぶって」


 少年はしばらくためらっていたが、思いきり包子にかじりついた。


「うまい……ぅうっ……あぁ……」


 一度だけ嬉しそうに笑ったあと、彼はぐしゃりと相好を崩して泣きだした。つらかったのだろう。ぼろぼろと涙が落ちる。十歳前後かとおもったが、ほんとうはもっと幼かったのかもしれない。そう想わせるほどに幼けない顔をして、彼は泣きながら包子に喰らいついた。


 妙は泣き続ける彼に寄りそい、背をさすってあげた。


「泣いたほうがいいですよ。我慢ばっかりしていると、大事な時に泣けなくなっちゃいますから」


 不思議と誰かが傍にいてくれるだけで感情を吐露できることもある。妙もそうだった。累神がいてくれたおかげで、姐の死を知った時も泣き崩れることができた。彼がいなければ、あの絶望を乗り越えることはできなかっただろう。


 ひとしきり泣き終えたあと、少年がぽつりという。


「なんで、こんなふうに親身になってくださるんですか」


 なんでだろう。

 わけもなく、放ってはおけないと想えてしまった。それは彼が可哀想だからではない。


「知っているひとに似てるんですよ」


「どんなひと、ですか?」


「ふたりいます。ひとりは弟みたいな子で、……かわいくて、純真無垢ってああいうのをいうんだろうなと思うんですけど、それでいてすっごく頭がよくて……もっと、もっと一緒にいたかったひとです」


 その言葉から、彼に不幸があったのだと察したのか、少年は「そう、ですか」と眉の端を垂らす。


「もうひとりは――そうですねぇ、私を散々振りまわすひとです。一緒にいると面倒、というか物騒なことばっかりに巻きこまれて、うんざりなんですけど」


 妙は累神のことを思い浮かべながら、ちょっとだけ笑みをこぼす。


「でも、なんていうか、放っておけないというか」


 妙がいないと暗い道ばかりを選んでしまいそうなひとだ。


「それに一緒にいると、意外と楽しいんですよ。おいしい物も食べさせてくれますし。人脈とか、頭の回転とかも速くて、すごいなあって思えるところがたくさんあって」


大姐おねえさんはそのひとがお好きなのですか」


「へ?」

 

 妙はぽかんとした。


「たぶん、そのひとは大姐さんのことをお好きだと、おもうんですけど」


「それはないですよ!」


 あっけらかんと笑う。


「だって、身分が違いすぎますし。友だち? 妹? 悪巧みをするときの頼れる相棒? うーん、そんなかんじで、好きとかそういうのじゃないですよ」

 

 少年はそうでしょうかといたずらっぽく星の双眸を細める。


「俺だったら……大姐さんを、好きになるとおもいます」


 さきほどまで泣き続けていた幼い少年とはまったく違う、どことなく迫力のある瞳で振り仰がれて、妙は言葉をつまらせる。


「……そういうのはおとなになるまでとっておきましょうね」


 てきとうにいなして、「よいしょっ」と妙は橋の下から立ちあがる。


「私、あそこの妃様の宮で働いているんです。今度、またなんかあったら、私のところにきていいですよ。なにもできないけど、なにもせずに一緒にいることくらいはできますから」


 紙袋をまるめて振りかえる。

 

「あれ?」


 これまで側にすわっていたはずの少年が、いない。

 帰ってしまったのだろうか。それにしてはこつ然といなくなるなんて不可解だったが、あたりを捜してもあの少年と再びに会えることはなかった。



               ◇



 後日、妙は累神と一緒に、後宮の大通にいた。他愛ない話のあいまに累神がなにかに視線をむけ、声をあげた。


東坡肉包子トンポーロウパオズか」


 なぜだか懐かしげに双眸を緩める。


「えっ、ほんとですか! あれ、幻の包子なんですよ!」


 妙は咄嗟に身を乗りだす。熱々を食べ損ねたのもあって、がらんらんと輝いてしまった。


「……っていうか、なんでそんな懐かしそうなんですか」


「いや……なんでだろうな、いつだったか、俺に東坡肉包子をくれたひとがいたような……よく想いだせないが」


 なんだろうか。

 あの時逢った少年のことを累神に喋りたいような、喋ってはいけないような奇妙な心地になる。


「……東坡肉包子、食べたいだろう?」

「食べたいですっ」


 妙が舞いあがらん勢いでいうと、累神がふっとやわらかく微笑む。


「わかった」


 猫耳がぴょこんぴょこんしている妙の頭をなでてから、彼は屋台にむかう。赤い髪をなびかせた背を眺めながら、妙は不意に少年がいっていたことを想いだした。


(たぶん、そのひとは大姐さんのことをお好きだと、おもうんですけど)


 なぜだろうか。頬がちょっとばかり熱いような気がした。他人ひとがみたら頬に紅梅が咲いていることだろう。


「まさか、そんなこと、ないですよ……ねぇ?」


 ぽつとつぶやいた。

 理解できない奇妙な熱をごまかすように妙は頭を振ってから、累神の後を追い掛けていく。


 ――――この関係になまえはまだ、要らない。


「ごちそうになります!」

 

お読みいただき、ありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか?

まもなく書籍化の続報を御届けできることとおもいます。書籍化発売日にはまたSSを投稿させていただきますので、引き続きブクマは外さずにお待ちいただければ幸いでございます。

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[良い点] 八歳の累神のけなげさと、母親の仕打ちの対比が辛い……。 この年齢だと親は絶対的な存在だから、戦うと己の身が危険になるだけだと無意識のうちにわかっているし、ひたすら自分を責めるしかないのです…
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