番外編 累神、幼少期の妙に会う!?
ブクマ500突破祝の番外編SSです。
ご愛読くださる皆様にこころから感謝いたします。
時間軸としては三部終了後ですが、ちょっとしたif時間軸だと考えていただければ幸いです。
星の都は賑やかだ。
後宮の小都もずいぶんと華やかなところだが、実際の都と比べれば落ちついているといわざるをえない。
累神は会食のために都を訪れていた。妙も連れてきたかったのだが、真昼だと彼女はまだ働いている時刻だったので、残念ながら一緒にくることはできなかった。
会食ではひとまず、ひとつ、契約を取ることができた。
黄昏がせまって後宮に帰ろうかと思い始めた時のことだ。晴れているのに、ほつほつと雨が降りだした。累神が傘を拡げたところで、ふっと大通りからひとがいなくなった。黄昏時の大通りといえば最も人が混雑する時間帯だ。先程まで雑踏に溢れていたというのに、なんだか奇妙だなと累神が眼を細めた。
「おにいさん」
声を掛けられ、想わず振りかえる。
累神は一瞬、面食らう。
仔猫のような幼い姑娘がいた。歳の頃は八歳ほどか。くりくりとした瞳といい、ちょっとだけあがった口の端といい、猫の耳を想わせる髪の結びかたといい――累神の知る女官占い師とそっくりだ。
「ひとを捜してるんだけど、どっかで見掛けてないかな? 十五歳の女のひとで、うす紅と緑の金魚みたいなひらひらした服をきてて、髪は腰あたりで」
「いや、見てないな」
戸惑いながら累神がいうと、姑娘が肩を落とす。
「そっか……あたしの姐さんなんだよね。いっつもふらふらしてて、ちょっと眼を離すと道を間違えて迷子になっちゃうから」
気丈に振る舞ってはいるが、ほんとうは心細いのが猫耳の垂れかたから窺えた。
「俺も一緒に捜そうか」
「え、いいの? ありがとう」
先程の閑散とした様が嘘のように人がごったがえしてきていた。妙に似たこの姑娘を放っておくのは気が咎めて、累神は彼女と一緒に姐を捜すことになった。
市場やら広場やら思いあたるところをまわってみたが、それらしい姿はない。民にしては奇抜な格好なので、見つかりそうなものなのだが……。
「ほかに心あたりはないのか」
「うーん、蝶々とかを追い掛けて、知らない路地とかでもどんどん進んでいっちゃうひとだからなぁ」
「……ほんとうにそっちが姐なのか? 話を聴いてるかぎりでは、小孩子みたいなんだが」
「あはは、そうなんだよねぇ、あたしがいないとなんにもできないっていうか……うん、でも頼りになるときは頼りになるひとだよ、姐さんは」
姑娘が遠くに視線を馳せる。
「だいじな姐さんなんだな」
「おにいさんには哥弟はいる?」
「弟がふたりいる。……俺が長男なんだ」
「ああ、そんなかんじする。面倒見よさそうだもん」
「それは……どうだろうな。哥らしいことは、たいしてできなかったよ」
累神が双眸をゆがめるのをみて、姑娘はワケありだと感じたらしい。ついでに昔を振りかえるような口振りから、いまは逢えないのだろうなと想像がついたのだろう。姑娘の瞳がすうと透きとおる。
「おにいさんさ、いいひとなんだね。うその笑いかたばっかりしてるから、わるいひとかなってちょっとだけ疑っちゃってた」
累神がどきりとする。
他人と喋っているときに愛想笑いを浮かべているのは事実だ。だが、それが嘘のものだと気づかれた試しはない。まして会ったばかりの幼いこどもに見破られるとは想いもしていなかった。
「あたしの姐さんも、姐らしいかっていわれたらびみょーなところだけどさ、でも姐さんはあたしの誇りなんだ。なにがあったのかはわからないけど、おにいさんもそう想われてるんじゃないかな」
ちょっとだけ先に進んで、振りかえりながら幼い姑娘は微笑んできた。
累神が苦笑する。なぐさめてくれているらしい。
屋頂の端に残っていた日が落ちて、軒にさげられた提燈にあかりが順につきはじめた。どこからともなく、香ばしくて旨そうなかおりが漂ってくる。途端に姑娘の腹がぐううと鳴った。
「あ……」
累神はくすりと笑い、姑娘の頭をぽんぽんとなでた。
「腹が減っただろう? 焼き鳥、食うか」
「え、……おにいさんのおごりってこと……!?」
「ああ、いくらでも頼んでいいぞ」
累神がつき添って、屋台にいき、焼き鳥を紙袋いっぱいに購入した。ざっと二十はあるだろう。熱々の焼き鳥を頬張って、姑娘は「うみゃあい」と歓声をあげた。幸せそうに食べていると、よけいに妙に似ている。
「おにいさん、おかねもちなんだね」
「まあ、そうだな」
そもそも焼き鳥は庶民の食べ物なので、とても安い。だが、姑娘は「こんなにたくさんの焼き鳥、みたことないよ」と瞳をきらきらと輝かせている。
「それにしても、あんたの姐さんはどこいったんだろうな」
そういいかけたところで、姑娘が「あっ」と声をあげた。
「姐さん!」
金魚のような服をきた姑娘がこちらにかけ寄ってきた。髪を結いあげ、季節の花を笄がわりに挿している。猫を想わせる唇のかたちが、幼い姑娘によく似ていた。
「あらあら、まあ、こんなところにいたのね。捜したのよ?」
「それはこっちの台詞だってば、どこにいってたのさ」
「ふふ、かわいい猫ちゃんがいたからついていったら、いつのまにか、知らないところにいたのよ。ふしぎよね」
「姐さんの頭のほうがふしぎだよっ」
姐のほうはくすくすと笑うばかりだ。
「あら、ところでその焼き鳥はどうしたの?」
「おにいさんがくれたの。すっごいやさしいひとで、一緒に姐さんを捜してくれたんだから」
姐は累神のほうをむき、丁重に頭をさげる。
「妹が迷惑をかけたそうで、すみません。焼き鳥の御代は」
「いや、構わない。頑張って捜してた妹さんへの細やかなご褒美ということにしてくれ。それより、逢えてよかったな」
「うん」
幼い姑娘はもう離さないとばかりに姐の袖を握り締め、満面の笑みをかえしてきた。
「おにいさん、また逢えるといいね」
「……ああ」
皇帝になったら、そうそう都に出掛けることもなくなるだろう。それにこれだけのひとがいる都の町で、再びに姑娘と逢えるとは想えなかった。累神の心を見透かすように姑娘が笑った。
「だいじょうぶ、たぶん、いつか逢えるよ」
それだけいって、姑娘は袖を振りながら、家路を急ぐ人の群れに紛れていってしまった。姐の後ろ姿だけが最後にちょっとだけみえていたが、それもすぐに見失う。
「なまえ、聞けばよかったな」
いまさらながらに累神はそんなことをおもった。
…………
……
「わわっ、どうしたんですか、累神様」
「いや、なんとなく逢いたくなってな」
屋頂から飛び降りてきた累神をみて、妙は瞳をまんまるにした。妙はいましがた、購入したらしい焼き鳥の串をくわえている。
「なんだ、晩飯は焼き鳥なのか」
「はい。まあ、後宮の焼き鳥もめっちゃおいしいんですけど、都の屋台の焼き鳥……あれは格別なんですよねぇ」
累神が「そうか」と笑って、紙袋を渡す。
「えっ、これ、都の屋台の焼き鳥じゃないですか!」
「ああ、都に出掛けててな。土産だよ」
幼い姑娘と別れた累神は、再度屋台に引きかえしてもうひと袋購入したのだ。
「ありがとうございますっ、わあ……どれから食べようかな」
妙は満月のように瞳をきらめかせ、焼き鳥の袋を覗いている。
「なあ、あんたの姐さんって……猫とか蝶とか、ふらふら追い掛けていくひとだったか?」
「へ、なんで知ってるんですか?」
「実は…………いや、なんでもないさ」
先ほど経験したことを喋りかけて、やめた。
時のいたずらか、白昼夢か。はたまた、他人の空似か。
いずれにしても現実ばなれしているにも程がある。ひそかに胸にしまっておくほうがよいのではないかとおもった。
夢中で焼き鳥を頬張る妙を眺めながら、累神は頬を綻ばせる。仮に、あれがほんとうだったとするならば。
(あんたの予言どおり、会えたよ)
縁というのは奇妙なものだ。
ともすれば、時を越えるよりもずっと。
お読みいただき、ありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか?
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