3‐30誰がために日は昇る
百秒の誤差だ。
だが、民にはその百秒が重かった。
失望、不満、恐怖、疑念。負の感情が堰をきって、あふれかえる。非難の声が怒涛の如く、錦珠にむかって押し寄せた。
錦珠は息捲いて、妙を振りかえった。絶えず、凍てついていた星の眼が、怒りに燃えている。
だが、妙は臆さずに睨みかえす。
錦珠。おまえだけは、許すものか。
月を飲み、星をかみ砕き――言葉遊びの比喩ではない。月華と星辰。妙の愛するふたりのことだ。
復讐はかならず、果たす。
(残り、十秒)
衛官の剣を弾いて、累神が勢いよく外套を脱ぎ捨てた。
真紅の髪が燃えたつように拡がる。
「日輪よ!」
累神が天に腕を掲げた。
「我が愛する星の民を照らせ!」
光が、差す。
陰を破り、光があふれた。さながら、日輪の再誕だ。産声をあげるように光は拡がり、天地に満つる。空の端から黄が滲み、鈍い青から紺碧に移ろいだす。
日輪が還ってきた。
一拍、静寂を経て、天を衝くほどの喝采があがる。
民だ。絶望に抑圧されて塞ぎ続けていた民心が解きはなたれ、充溢する。
衛官たちは侵入者が第一皇子だったことに慌てふためき、剣を収めて跪く。累神が禍の星であることを知っている士族、高官たちは戸惑いを隠せず、ざわめきだす。
「あれは、第一皇子の」
「だ、だが累神皇子は……」
だが、その時、彗妃が進みでた。
「いいえ、累神皇子は禍の星ではありません」
「どういうことですか、彗妃」
「第三皇子たる星辰の遺言です。星辰は占星を究め、累神様こそが福の星であったと立証しました」
彗妃の言葉をひき継ぎ、妙が続ける。
「すでに天の意は表明されました。後は民が選ぶはずです、新たな皇帝にふさわしい者は誰かを」
日は等しく地を照らして、民は歓喜に湧きたつ。
「累神皇帝万歳」「累神皇帝万歳」
強い感情とは連鎖して増幅するものだ。民の歓声はすでに地を揺らすほどに膨れあがっていた。
錦珠は認めないとばかりに頭を振る。動転して喚き散らさなかったのは、皇子としての矜持か。だが、錦珠が認めようと認めまいと、勝敗はついている。
たった百秒。その差が、ふたりの命運を分けた。
妙は累神に視線を投げる。
累神は星の眸を瞬かせ、唇の端をあげた。
――――累神の、勝利だ。
「累神皇帝万歳」
民の歓呼はいつまでも、終わることなく。
透きとおる青空に響き続けた。
これにて幕締め!
しかし、この後さらなる波乱が待ち受けます!