3‐27「さあ、神サマとやらを殴りにいきましょうか」
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「星辰は死期を悟って、遺書をしたためていました」
宮につくなり、彗妃は封書を差しだした。
遺書には達筆な字で様々なことが書かれていた。母親にたいする御礼からはじまり、みずからが殺されることがあれば、第二皇子である錦珠の意によるものだろうということも綴られている。
「星辰は全部、わかっていたんだな」
「累神様に読んでいただきたいのは最後の項です」
そこには累神のことが書かれていた。正確には累神の星について、だ。
「星辰は昨年から熱心に占星の研究をしていました。これがその研究の結果だと」
累神と錦珠が双連星と称されたのは同日同時刻に産まれたからだが、この時、宮廷の天頂では開陽星が瞬いていた。開陽星の後ろには死星という暗い伴星がある。これは天文における連星というものだ。
占星師はこの星の動きに基づいて、禍福を読んだものと考えられる。
欽天監の記録によれば、累神が産まれた時、死星が開陽星を喰らうように強い光を帯びた。占星師はこれを禍の徴と捉えた。
だが、そうではなかったという。
「星辰の割りだした星の周期によれば、累神様が御産まれになられた直後、禍の星と福の星が入れ替わったと。双つの星は三千年周期で入れ替わっていると星辰は理論づけています。つまりは禍の星は錦珠様であり、累神様こそが福の星ということになります」
累神が絶句した。
にわかには信じられないはずだ。産まれた時から累神を縛り続けてきた予言が、星辰の遺書で覆るなんて。
「間違いないのか?」
「私も眼を疑いました。ですが、あの星辰が計算を誤るとは考えられません。星辰の明敏さは、士族も幇も認めるところです」
妙だけが静かに瞼を瞑る。
(ああ、これは嘘だ)
真実だったら、星辰は今際の時に累神に伝えたはずだ。
異境には、嘘をつき続けたせいで真実を信じてもらえなくなった羊飼いの話があるらしいが、これはその逸話の真逆だ。
日頃から聡明で嘘などつかなかった星辰の言葉だから、誰もが疑わない。
累神が妙に視線を投げかけてきた。嘘、なのか? と。
妙は視線をふせて、肯定を表す。
(累神様だったら、嘘を真実に変えられると信頼して、星辰様は最後の最後に嘘を遺したんだ)
彗妃はいう。
「直ちにこのことを公表しましょう。累神様には新たな皇帝となられる権利があることを明確にするのです。星辰を暗殺した錦珠を皇帝にするわけには参りません。私を含めた士族、幇は、累神様の後援を致します」
彗妃の声の端々からは強い怒りが感じられた。愛する息子を奪われた母親の瞋恚だ。士族を率いて復讐する心づもりに違いない。
「いや」
だが、累神は頭を振る。彗妃が眉を曇らせた。
「まさか、累神様には、皇帝になられるおつもりがないと?」
「そうじゃないさ。だが、まだ時期じゃない」
「即位式がせまっています。今、公表せずにいつ、知らせるというのですか」
「現段階で星の誤りを公にしても、宮廷巫官が認めるはずがない。証拠隠滅をされるだけだ。だったら、最高の舞台で公表し、民を証人にするべきだ」
「民を? 御言葉ですが、民は累神様が禍の星に産まれついたことで廃されたことも知らないものばかりですよ。第一皇子は放蕩者だとしか考えていないはずです」
「だからこそだよ」
累神に続いて、妙が声をあげた。
「彗様にご助力を賜りたいことがあります」
「なんでしょうか」
「噂を振りまいてくださいませんか」
怪訝そうに彗妃が眉を動かす。
「錦珠の噂ですか?」
いまさら錦珠にまつわる悪評を拡げても、強硬派に反抗する者の工作だと疑われて終わりだ。
「この頃、不穏なことが続いているとだけ。たとえば、ですね、魚の大量死があったとか、鳥の群が落ちてきたのをみたとか」
「それだけ、ですか?」
「それだけです。ただ、できるかぎり、実しやかに」
妙が人差し指をたてて、微笑みかけた。
実害がなくても、凶事が重なれば、民心は乱れだす。
関係のないことを結びつけたがる民の心理を、逆手に取るのだ。皇帝が錦珠にきまってから異常が続いているとなれば、民は天が錦珠のことを認めていないのではないかと疑うに違いない。
そうなれば、こっちの舞台だ。
「さあ、神サマとやらを殴りにいきましょうか」
さて、ここからクライマックスの幕開けです!