3‐23「どうか、皇帝になられてください」
刺客だ。
妙は倉にあった斧をつかみ、刺客にむけて振りあげた。
「近寄ったら、斬りますよ!」
刺客は妙の抵抗を鼻さきで笑い、倉のなかに踏みこんできた。妙は斧を振りあげ、刺客に挑む。だが、軸のぶれた攻撃はかんたんにかわされてしまった。
刺客の剣が風をきり裂いて、妙にせまる。
もうだめだ――諦めて、妙は瞼を瞑った。だが、想像していた衝撃に襲われることはなく、かわりに刺客の絶叫が聴こえた。
「妙!」
累神だった。
「累神、様……」
刺客を倒した累神が妙を抱き締める。累神も微かに震えていた。
「よかった、……ほんとに」
「星辰様が……」
累神は息をのみ、星辰のもとにかけ寄る。膝をつき、累神はちからなく横たわる幼い弟の手を握り締めた。
「星辰、もうだいじょうぶだ、よく頑張ったな」
「あ、哥……様、ご無事、だったんですね」
「ああ、なんともない。帰ろう」
「ありがとう、ございます」
星辰は安堵したように微笑した。だが、か細い息と一緒にまた命の雫がごぽりとあふれだす。彼の服は、喀き続けた血潮で、しとどに濡れていた。
「哥様」
みずからの死期を理解したように。
星辰は強い眼差しをして、累神の腕をつかむ。
「哥様、どうか、皇帝になられてください」
累神が戸惑った。
「ぼくは、累神哥様が皇帝になるべきだと、ずっと……哥様は皇帝となるに、ふさわしい……御方です。それだけの御力が、あります」
累神は瞳をゆがめて、頭を振る。
「違う、そうじゃない。おまえが皇帝になるんだ。俺はおまえを皇帝にするため、錦珠を廃そうと」
そうか。
妙が理解する。
これが累神のついていた嘘か。累神はもとから、みずからが皇帝になるつもりなどはなく、星辰を皇帝にするために動き続けていたのだ。
「ぼくは、もう、ながくなかったんです。あの後、医官たちに余命宣告を受け、ました……もって、あと五ヵ月程だと」
「嘘だ……祭りだって、参加できたじゃないか。これからも一緒にいろんなところに連れていってやるって約束しただろう!」
累神が声を嗄らして、懸命に訴えかけた。
星辰は穏やかに微笑む。
「最期だから、ですよ。これが最期になると、わかっていて、だから、母様も……薬をたくさん飲んだら、祭りに参加していいと。ほんとに幸せ、でした。たこ焼き、おいし、かったなぁ……靴もいただ、いて。履いて雪を踏めなかったのが、ざんねんだけ、れど」
ひとつ、言葉を紡ぐのもつらいのか、星辰の声は細かくちぎれていた。
だが、なおも懸命に星辰は語り続ける。言い残すことがひとつもないように。
せまる死を感じながら、星辰は最後まで微笑みを絶やさなかった。
「だから、哥様が……皇帝になられることが、ぼくの……いちばんの」
夢、だと。
そういったきり、星辰は黙する。
「星辰? ……星辰、星辰!」
累神は星辰を抱き寄せ、声をかけ続けた。だが、星辰が再びに哥様、と唇を動かすことは、なかった。
「星辰様……」
妙が哀しみに声を震わせる。
幼けない頬に穏やかな微笑を遺して、星辰は逝った。
窓から緑の火が舞いおりてくる。名残の蛍だ。微かなあかりが、累神の眸から落ちた涙を微かにきらめかせる。
純真な魂を悼むように蛍火がひとつ、落ちた。