3‐15人の財布で鯛を釣る!?
あれから、七日経った。
妃妾たちの洗濯物を取りこんでいた妙は、梔子の垣根の後ろでゆらめいた紅に視線をとめる。累神だ。彼はほかの女官たちがいないことを確かめてから、妙の様子を覗うように姿を現した。
「累神様、そうしているとなんか、あやしいひとみたいですね」
妙が笑うと、累神は安堵したように頬を緩めた。
「よかった」
「にゃはは、私はいつもどおりですよ。……ご迷惑をおかけしました」
照れて頬を掻きながら、妙はあの晩のことを想いだす。
彼女が泣きやむまで、累神は濡れながら寄り添い続けてくれた。立ち直れたのは累神のおかげだ。
累神はしばらく黙って、妙を見つめ続けていたが、照れくさそうに視線をはずして本題に移る。
「調査の結果なんだが」
累神は錦珠の乳母に依頼して、錦珠が所有している金銭の動きを調査させていた。
乳母は、錦珠が書架に隠していた裏の帳簿を書き写してきてくれた。確認すると、武器を販売して得たと思われる多額の金がまるごと欽天監に振りこまれていた。
「欽天監といえば、天文観測の部署ですよね。確か、占星師がいるところでしたっけ」
妙が考えこむ。武器を密輸してまで、錦珠が欽天監に資金を提供する魂胆とはなにか。
例の予言が頭を過ぎった。
「日輪をも統べ、随えるものが新たな皇帝に――というあの予言ですが、なんらかの天文現象を表しているのではないでしょうか。民が天意をみる、というのもそれっぽいですし」
「天意か。そういえば、皇帝というのは天意に基づいてきまるものだと教えられたな。天の意に背いて皇帝をさだめれば、神が警告として禍をもたらすと。まあ、実際は支持率できまるわけだから、建前みたいなものだろうが」
こうした思想が根づいているため、占星は宮廷において最重視されてきた。
「でも、実際に星の動きが地変をもたらすことは、そうそうありません。満月の晩には潮が満ちるとか。そのくらいですよ。火星が黄道に留まると戦火が熾るなんていわれますが、争いなんか大陸では絶えまなく続いていますからね」
妙は抱えていた洗濯物をおろしてから、続ける。
「人は、物事を関連づけて考えるのが好きです。特に理解できない偶然が重なったとき、関係のないはずのふたつの要素を繋げて考えようとするくせがあります。認知の歪みのひとつなんですけど」
「例の、認知の歪みか」
「例えばですね、屋頂にカラスがとまって鳴き続けていたとします。その晩に火事があったら、カラスが禍を連れてきたんじゃないかと考える――迷信っていうものは、こういうふうにできていくんですよ」
「へえ、そういうものか」
「それが心理ですから」
妙がにっと唇の端をもちあげる。
「星の異変ともなれば、その効果は絶大です。皇帝即位の時に天変が起こったら、民は確実に天の意だと受けとめます。ほんとうは皇帝とはいっさい関係がなくても」
「天文現象が起こる日時を推測、いや確実に計算させて、自身がさも星を動かしたかのように振る舞い、天に選ばれた皇帝だと民に誇示する――それが錦珠の策か」
「だとおもいます」
これまでとは違い、妙の眼には錦珠を皇帝にしてなるものかという強い意志が滾っていた。
「ね、横取りしちゃいましょうか」
悪巧みする猫みたいに、妙が累神に囁きかけた。
「豪商さんに連絡は取れますか? 夷祭りに出品される予定がないのに、莫大な額で輸入された品がないか、捜してください。さらに高額で差し押さえちゃいましょう」
それを餌に釣るのだ。
「豪商さんには、後から三倍は儲けられるから、前借りさせてほしいとでもいっておいてください」
「ほんとうにできるのか? 武器の金額からして、とんでもない額になりそうなんだが」
頬を強張らせる累神にたいして、妙は胸を張る。
「どおんと、まかせてください!」
敵が手段を選ばないのならば、こちらも常識に縛られている場合ではない。何億でも払ってやろうじゃないか。
(私の財布からじゃないけど)
ちなみに妙の財布は給料日前なので、すっからかんだ。
「こりゃ、大物が釣れますよ、楽しみですねぇ」
お読みいただき、ありがとうございます。
なんとしてでも錦珠を皇帝にしてなるものかと動きだした妙! ここから形勢逆転にむけて策を張りめぐらせます! 姐の仇は取れるのか!
引き続き、お楽しみいただければ幸いです!