6 「貴方、嘘をつきましたね」
張りつめた空気が漂っていた。
日はすでに暮れかけて、軒に提げられた提燈が庭さきを照らしている。
庭に集められた女官たちは一様にうつむき、表情を強張らせている。無理もない。ただでさえ娟倢伃が命を落として動揺しているのに、このなかに倢伃を殺害した罪人がいると占い師にいわれ、疑心暗鬼に陥っているのだ。
娟倢伃の割れた爪には赤い糸が絡んでいた。
運命の糸のような、それ。現実にはそのような浪漫あふれるものではない。
(あれは、麻糸だった)
上級妃妾ともなれば、服はきまって絹だ。
事実、死に際にきていたのも白絹で誂えた襦裙だった。
麻の服を着るのは妙のような下級女官だけだ。下級宦官の制服も麻だが、黄土、紺、緑ならばともかく、鮮やかな赤はそうそう身につけない。娟倢伃の宮につかえる女官たちの制服は、揃って赤だった。
(彼女を殺害したのは、ここにいる女官の誰かに違いない)
倢伃は嬪に続く上級妃妾だ。個別の宮を与えられ、全部で六人もの女官が配属されている。妙が緊張する彼女らにあらためて声を掛けた。
「娟倢伃は宮に帰宅後、すぐに命を落とされていますね。娟倢伃の御遺体を発見したのはどなたですか」
「そ、それは……私です」
妙を呼びにきた綾綾という女官だ。うさぎみたいに髪を結び、終始うさぎみたいにぷるぷると震えている。娟倢伃が占いを受けていた時も確か、一緒にいたはずだ。よほどに娟を慕っていたのか、真っ赤に瞼を腫らしている。
「夕餉の御時間を報せに房室にいったのにおられず。廊子から覗いたら、庭の木蓮で……駈け寄ったら、すでに……。皆に報せてから、占い師様の言葉を想いだして、町まで呼びに参りました」
第一発見者は最も疑われやすい。
隣にいたそばかすの女官が眉を逆だてた。
「そんなこといって、あなたが殺したんじゃないの? 占い師の言葉に乗っかれば、娟様を殺しても疑われないとおもって。だから、占い師を呼びにいったんじゃないの」
「違います、小紡! それに占い師の話は他の女官たちも知っていたはずです! 小紡は……倉庫にいたから、知らなかったかもしれませんが……」
「言い争いはおやめ、みっともありませんよ」
年を経た蛙のような総白髪の女官がふたりを制す。
静かになってから、妙は気に掛かっていたことを尋ねる。
「ところで、なんで皆様揃って、占いのことをご存知なんですか」
老蛙のような女官がこたえる。
「娟小姐が帰ってすぐ、みなにお話しされていたからです。女官たちが占いの結果はどうだったかといっせいに尋ね、娟小姐は「噂どおりだった」と嬉しそうに教えてくださいました」
なるほど。だから妙がきた時に場が騒めいたのか。
「娟小姐はその後、房室に御戻りになられ、着替えをなさっておられました」
「着替えを補助する女官はいなかったのですか」
「娟小姐が補助はいらないと。想いかえせば、その時から御様子がおかしかったんだわ……ああ、なぜ気づかなかったのか……ほんとうに悔やまれます」
あの時にはすでに自害を考えていたのではないかと、女官は蛙のような顔をさらにつぶして、沈痛な面持ちになる。
「あの……たぶん、なんですが」
綾綾がおそるおそるといった調子で口を挿む。
「娟様は糖花を御召しあがりになりたかったのかと。夕餉の前に甘い物など食べては、ばあやに叱られてしまいますから、隠れてつまみ食いをするおつもりだったのかと」
「まあ……」
年老いた女官が瞳を見張る。
妙は綾綾の考察はあっているだろうとおもった。
「娟倢伃が房室にむかわれ、遺体となって発見されるまでのあいだ、皆様がなにをなさっていたのか、伺っても宜しいでしょうか」
妙にうながされ、綾綾から順番に喋りだす。
「私は娟様が房室に戻られた後、夕餉の支度をしておりました。そちらの女官ふたりも一緒にいたので、私を含めて彼女らに娟様を殺害することは無理だとおもいます。ね、ふたりとも」
「ええ、左様です」
「食事の準備でおおいそがしでした」
他の女官たちも現場にいなかったことを証明しようと「裏庭の掃除をしていた」「洗濯をしていた」というが、綾綾と一緒に夕餉の支度をしていたもの以外は持ち場が離れているため、証言としては些か頼りなかった。
(ほんとうに裏庭で掃除をしていたかなんて、誰かと一緒じゃないかぎり、証明できない。重要なのは彼女らが嘘をついていないかどうか、だ)
妙は喋っている女官たちの様子を観察する。声の調子はどうか。視線はどこにむけているか。女官たちは一様に緊張で声の端々がうわずり、微かに震えている。
視線はきまって、左だ。
(でも、彼女だけは、視線を右に振った)
様子が違ったのは先ほど綾綾を糾弾した女官――小紡だ。瞳は細く、鼻から頬にかけてそばかすが散って、夏の狐を想わせる。
彼女は昼から倉を掃除していたと証言した。女官たちの騒ぎを聞きつけて、庭にむかったら娟様はすでに命を絶っていたと。
証言そのものに問題はない。
「娟様が御亡くなりになられたなんて、とてもじゃないけど信じられない。ほんとうに優しい御方だったのに。殺されたのだとしたら、ぜったいに許せないわ」
小紡は喋りながら終始、鼻に触れていた。無意識なのだろうが、鼻の横を掻いたりつまんだり、ずいぶんと落ちつきがない。
(心はかならず、表にあらわれる――)
妙は小紡の瞳を覗きこんで、いった。
「貴方、嘘をつきましたね」
いよいよまもなく推理+謎解きです!