3‐10焼き鳥はたまた密輸疑惑!?
摂政という妙の策で星辰の支持者の離脱は避けられるかとおもったが、残念ながら、そう順調に事は運ばなかった。
気候は日を重ねるごとに暑くなり、庭ではいよいよ夏の花が盛りを迎えていた。
夏の花は咲いている時期が短い。芙蓉も百日紅も朝に咲いては夕に散る。女官たちは箒を握り締めて、庭掃除にかけまわっていた。妙もまた、朝から廻廊の掃き掃除にかりだされていた。
「でも、ほんとにいいのかしら。新たな皇帝もきまっておられないのに」
「いいのよ、崩御されてから一年は経ったんだから」
通りかかった妃妾たちが噂をしているのが聴こえ、妙は箒を動かす手をとめた。
「八年に一度のお祭りだもの」
「大陸諸国の商人が星の都に集まって、選りすぐりの希少な品を販売するんでしょう? ああ、私もいきたかったわぁ」
商いの祭典である夷祭りの開催がきまったのだ。
夷祭りは同盟が締結されたことを祝って催された祭りが恒例となったものだ。
国際交流を経て親睦をはかる祭典だが、現実には財力や技術力等を競い、顕示するという意味あいが強い。商幇が国の威信を賭けて希少な品々を揃えるのはもちろん、星の都に各国から観光客が押し寄せるため、商人は挙って商売に熱をいれる。
妙は無意識にやばいなとつぶやいていた。
今頃は累神のもとにも報せがきて、妙と同様に眉を曇らせているに違いなかった。
…………
「政にたいする商人の動きが完全に鈍化した」
その晩、妙に逢いにきた累神は開口一番に言った。妙は石段に腰掛けて屋台の焼き鳥を食べながら「でしょうね」とため息を洩らす。
「錦珠派の高官が開催をきめたそうだ。おおかた、これが狙いだったんだろう」
「商人たちが商いを優先するのはまあ、当然ですからねぇ」
だが、ほんとうにそれだけなのか。
皇帝不在の時期に国際規模の祭を開催するのは、通常ならば避けるべきことだ。これは喪に服す、という意味ではなく、国内外の統制の問題だ。現在は錦珠派にも星辰派にも属さない朋党により政界の秩序が保たれているが、空位期が長期化するほど内部から分裂する危険をともなう。特に出入国が盛んになる祭典の時期は、他国と密約を結んで利を得ようとする一部の官僚や密輸を画策する商幇等を取り締まり難くなる。
それを押して開催を進めたこということは、商人の気を逸らすばかりではなく、ほかの目論見があるはずだ。
「二兎を追うものは一兎をも得ず、と昔からいいますが、実際は一兎を得たものは二兎をも得るものです。それくらいの気概がなきゃ、一兎も取れません」
累神が狙いか、と考えこむ。
「経済、貿易……おおかた、そのあたりだろうが」
食べ終えた焼き鳥の串をかじりながら、妙が考えを廻らせる。
密輸の危険、か。
「案外、これが本命かも」
「わかったのか」
なんとなく、ですが、と妙がいった。
「都への輸入が相つぐなかで、大きな荷物が輸出されていたら、ご注意ください」
盛んになる物流に紛れこませて、なにかを秘密裏に動かそうとしている可能性がある。
「わかった。すぐに連絡して、監視させよう」
貨物の通関を管理する部署に知りあいがいるため、公の手順を踏まずに都から輸出入されるものがあればすぐにわかると累神はいった。
「さすがですね」
累神は後宮で暮らしているとは思えないほどに人脈が広い。それもまた、彼の努力の賜物だ。彼が候補であれば、どれくらいの支持があっただろうと妙は想像する。実際に今後宮廷占星師の予言が覆ったら、彼を皇帝に、と声をあげるものは大勢いるだろう。
「それにしても予言、かぁ。……都で聴いたあの予言、宮廷巫官の神託でまちがいなかったんですよね」
陽を統べ、随える者が新たな皇帝になる、というあの奇妙な予言は、すでに都にとどまらず後宮にも拡がっている。錦珠のことだというものもいれば、星辰だというものもいた。
「どうとでも捉えられる微妙な神託だからな」
「易占とは得てして、そういうものですから。恐怖の大王が降ってくる、とかね……わわっ、いいんですか、ごちそうさまです!」
「なんか物足らなそうだったからな」
串を弄ぶ姿が名残惜しげに感じられたのか、累神が焼き鳥を追加してきてくれた。焼きたての鶏ももをかじりながら、妙が続ける。
「ただ、ここまで宮廷巫官の神託が公にされるのはめずらしいですよね。累神様が禍の星に産まれついたことなんか、都の人達は知りませんもん」
「俺の星については宮廷外、後宮外では箝口令が敷かれたからな」
累神が苦々しく笑った。
「だが確かに噂の拡がりかたが尋常じゃない。そもそも都の町角で神託が広報されることはめったにない。新たな皇帝についてのことだから話題になっているかもしれないが」
「誰かが故意に噂を拡げようとしているような――どうにも、きな臭さを感じますね」
予言を拡散する狙いはなにか。考察しつつ、妙は黙して語らぬ夏の星を睨む。
やたらと真剣だが、焼き鳥をくわえているのでどうにも締まらない。そんな妙をみて、累神がくすりと笑い、頭をなでた。